協力要請
反貴族派のテロリスト、カバジェロの取り調べに加わった時は、こちらから頼み込んで参加させてもらったが何も成果を残せなかった。
今回は騎士団からの依頼だし、あの時とは自分の地位や周りからの印象も変わっている。
周囲からの評価が変わったからといって、急に自分の中身が変わる訳ではないが、変わらなければいけないのだろう。
それも、良い方向への変化でなければならない。
捕えた反貴族派の三人は、グロブラス騎士団と官憲が合同で使用している建物で取り調べを受けていた。
既に取り調べが始まっているらしく、廊下の先の部屋からは怒鳴り声が聞こえてきた。
「うるせぇ! 手前ら貴族の手先に話す事なんか何もねぇよ! 俺達が汗水垂らして必死に働いてもロクに食えねぇのに……」
怒鳴り声を上げているのは騎士団の人なのかと思っていたが、扉の外にまで聞えて来たのは反貴族派の声だった。
取り調べを行っているのはグロブラス騎士団の騎士らしいし、伯爵の配下ということで反発も強いのだろう。
俺を連れて来た王国騎士団の騎士マルコ・エーベントがドアをノックして声を掛けた。
「エルメール卿に来ていただいた」
「どうぞ、お入りください」
部屋の中から返事があったと同時に、それまで喚き続けていた反貴族派の怒鳴り声がピタリと止んだ。
エーベントに続いてドアを潜ると、八畳ぐらいの広さの部屋には小振りのテーブルに向かって腰を下ろした取り調べ官と見張りらしい二人の騎士、それに薄汚れたイヌ人の男が部屋の奥の椅子に座らされていた。
言うまでもなくイヌ人の男が反貴族派なのだが、騎士の後ろから部屋に入った俺の姿を目を見開いて見詰めていた。
いつもなら、ヘコヘコと頭を下げて挨拶をするところだが、今日の俺に求められている役割はそういう感じの人物ではないはずだ。
それに、こいつはオラシオを殺そうとした奴らの一人だと思い出したら、胸の中に怒りの火が点って自然と睨みつけていた。
「エルメール卿、わざわざ御足労いただき、ありがとうございます」
「どうも……どうぞ、続けてください」
「はっ、かしこまりました。どうぞ、そちらの椅子に腰掛けてください」
貴族としての身分を持たないグロブラス騎士団の騎士が、椅子から立って俺に挨拶をしている間も反貴族派の男は沈黙したまま俺を見詰めていた。
俺とエーベントが勧められた椅子に座る間も、じっと視線を向けている。
おそらく、俺がどんな人物なのか聞かされているのだろうし、昨日の戦闘で自分達を倒した相手だと分かっているのだろう。
その視線には、当然仲間を殺した相手という怒りと同時に、怯えのようなものが混じっているように感じられる。
俺を見詰め続けている反貴族派の男に、取り調べ官が声を掛けた。
「よく考えてから答えろよ。改めて聞く、お前らのアジトはどこだ?」
反貴族派の男は、俺と取り調べ官を交互に見ながら返事を迷っているようだった。
やがて大きく息を吸い込んでから、覚悟を決めたように言い放った。
「仲間は売れねぇ……こ、殺すなら殺しやがれ、この悪魔め!」
返事の前半は取り調べ官に、後半は俺に向けられていた。
エーベントからは同席するだけで良いと言われていたのだが、思わず言葉が口をついて出た。
「お前らは、俺の大切な幼馴染とその仲間を殺そうとしたんだぞ、他人を殺そうとしておいて自分たちは殺されないとでも思っていたのか?」
「う、うるさい、お前ら貴族は……ぎひぃ!」
また喚き散らそうとする男に、威力をセーブした雷の魔法陣を押し当てる。
感電死したり、昏倒するほどの威力は無いが、感電する痛みは昨日の恐怖を思い出させたはずだ。
「黙れ! 伯爵と遠縁というだけの商会の馬車を襲ったり、領地の主要産業である穀物倉庫を襲ったり、お前たちのやっている事は、お前たちと同じ庶民を苦しめているだけだ。その上、お前らが襲った王国騎士団は、グロブラス領の治安を回復させるだけでなく、不正が行われていないかの調査も行っている。その邪魔をすれば誰が喜ぶのか良く考えろ!」
「お、俺は……ただ言われた通りにやっただけで……ぐおぉ!」
しどろもどろに話し始めた男に、もう一度雷の魔法陣を押し当てる。
「下らない言い訳なんか聞きたくない、アジトはどこだ? 襲撃を行う前なら投降を呼びかける機会があるが、襲撃が始まってしまえば、騎士団だって自分たちの命を守るために手加減なんか出来なくなるぞ。仲間の命を救う機会を失わせたいのか? 昨日の粉砕の魔法を仲間に直接ぶつけられたいか?」
昨日の粉砕の魔法陣は、木立の繁った枝葉を吹き飛ばすように、地面から三メートル上ぐらいを狙って発動させた。
地表まで巻き込むようにして発動させていれば、目の前の男も粉々に吹き飛んでいただろう。
反貴族派の男は、真夏だというのにガタガタと震え始めていた。
「は、話す! 話すから、もう仲間は殺さないでくれ!」
まるで殺戮マシーンみたいに見られるのは心外だけど、反貴族派の活動を阻止するのに一役買えるなら、甘んじて受け入れよう。
イヌ人の男によれば、反貴族派の連中はカーヤ村の西にある山に放置されたままになっていた焼き物の窯元跡をアジトに使っているらしい。
取り調べ官によれば、カーヤ村からは半日も掛からない距離だそうだ。
正確な人数はイヌ人の男も知らないそうだが、アジトには五十人ぐらいの人間が出入りし、寝泊りをしているらしい。
窯元が潰れた後、周囲には住む人も無く、格好の隠れ家になっているようだ。
魔銃や、弓、剣、槍、それに粉砕の魔道具などが、いずこからか運び込まれているらしい。
弓や魔銃の取り扱いなどの訓練も行われているそうで、イヌ人の男もそこで初めて弓を握ったのだそうだ。
すっかり大人しくなったイヌ人の男から、取り調べ官が更に詳しい状況を聞き取る中、俺はエーベントに促されて別室へと移動した。
「いやはや、鮮やかなお手並み、感服いたしました」
「いいえ、たぶん事前の脅しが効果的だったんじゃないんですか?」
「申し訳ございません。昨日のエルメール卿の戦闘が凄まじかったので、ちょっと脚色を加えて脅しの材料とさせていただきました」
反貴族派の男の反応から推測したのだが、エーベントは悪びれずにあっさりと認めた。
彼らからすれば、使えるものは何でも使って早期の解決を図りたいのだろう。
多数の死傷者を出した騒動の中でエルメリーヌ姫を傷一つ付けずに守り通し、国王様から『不落』と称された鉄壁の守り。
強固な鱗を持つワイバーンの胸板に一撃で風穴を開け、前王国騎士団長から『魔砲使い』と称された攻撃力。
幼馴染のオラシオを殺されかけて、エルメール卿は怒り心頭だった。
お前らが生き残ったのは、運が良かったからにすぎない……などと吹き込んだらしい。
その俺が騎士団の野営地を訪れていれば、利用したくなるのは当然だろう。
そして、その先の利用を考えるのも当然だろう。
「エルメール卿、もしお時間が許すならば、反貴族派のアジトの制圧に同行していただきたいのですが……」
「そうですね……今、自分が所属しているパーティーはカーヤ村にあるケラピナル商会の護衛を請け負っています。依頼の内容には、反貴族派の摘発が含まれていたはずなので大丈夫だとは思いますが、一応確認を取ってからお返事したいと思います」
「分かりました、でしたらば私も同行いたしましょう。五十人ほどの反貴族派が出入りしているとなれば、相応の戦力を揃えて対応せねばなりません。かと言って、戦力を集めるのに時間を取られてしまえば、奴らを逃がす恐れがあります」
「アジトの規模としては、かなり大きなもののようですし、奴らがこちらが気付いたと知る前に叩いておきたいですね」
「おっしゃる通りです。ですから、情報は極力外に漏らさず、時間を掛けずに制圧してしまいたい。どうか力を貸していただきたい」
この後、エーベントと一緒にケラピナル商会へと戻り、騎士団への協力を許可してもらった。
このまま騎士団の野営地で二日ほど過ごすと言うと、セルージョが不満を漏らした。
「マジか……ニャンゴがいなくなったら、俺達の快適な眠りはどうなっちまうんだよ」
「便利なものに頼り過ぎると、しっぺ返しを食らうってことだから諦めて」
まったく、俺は冷房器具じゃないつーの……。
意味が分からないエーベントが不思議そうな顔をしていたけど、今夜はオラシオ達を快適に眠らせてやるとしよう。
ケラピナル商会から許可を取り付けたら、取り調べが行われていた建物へと戻った。
早速、反貴族派のアジトを制圧する計画を立案するらしい。
エーベントとしては、明日の夜明け前にカーヤ村を出立し、反貴族派が迎撃態勢を整える前に、しかも夜の闇に紛れて逃亡する者を出さないように制圧したいようだ。
反貴族派のアジトの制圧に加わると聞けば、オラシオ達は不満を抱くかもしれないが、ゆっくり静養に専念出来るように俺が代わりに働いてやろう。





