商会の護衛
ケラピナル商会では、カーヤ村で使われる布地の大半を扱っているそうだ。
服や鞄、敷布、テーブルクロス、馬車の幌など、使う場所によって布地は多岐にわたる。
店も大きく、多くの従業員を抱えているそうだが、その一部は休暇を貰って実家に戻っているらしい。
理由は、言うまでもなく反貴族派による襲撃だ。
商会にいれば自分の身にも危険が及ぶのではないかと考えて、不安を感じる従業員は無理に引き止めず家に帰らせているようだ。
それでは商売に影響が出るだろうと思ったが、襲撃を恐れて客足も遠のいているので、なんとか業務は続けられているらしい。
チャリオットのメンバーは、布地の取引に訪れる客のための宿舎に、既に雇われている冒険者達と一緒に滞在する事になった。
先に雇われていた冒険者は六人、チャリオットは八人だが、猫人が三人含まれているので全体のボリューム的には同じぐらいだろう。
仕入れ番頭のペデーラが、宿舎にいた三人の冒険者達にチャリオットを紹介したのだが、一部の連中は露骨に顔を顰めてみせた。
追加の冒険者を雇うという事は、お前らだけじゃ頼りないと言われているようなものだから当然の反応だろう。
「ちっ……ペット連れとは呑気なもんだな」
「その役立たずどもにも金払うんじゃねぇだろうな?」
三人のうち、二十代前半に見える二人の冒険者が嫌味をぶつけてきた途端、シューレが眉を吊り上げてみせたが、俺がレイラに、ミリアムがシューレに抱えられている状態では、この反応も仕方ないとは思う。
だが、二人が更に何かを言う前に、もう一人のベテランが止めに入った。
「やめとけ……あいつは『魔砲使い』だぞ」
「えっ……?」
ベテラン冒険者の言葉を聞いて、若い冒険者達が顔色を変えた。
「なぁ、あんたが名誉騎士のエルメール卿なんだよな?」
「そうですよ。何か問題でもありますか?」
「いいや、味方に火力の高い術士がいてくれるのは有難い。こいつらが気分を害しちまったかもしれねぇが、まだ若造だから勘弁してやってくれ」
「慣れてますから気にしませんよ」
ベテランに頭を下げられれば、こちらから事を荒立てる訳にはいかないだろう。
そもそも、チャリオットが雇われたからと言って、先に雇われていた連中の報酬が引き下げられる訳ではない。
それどころか、人員が増えれば一人当たりの負担が減るのだから文句を言う必要など無いのだが、そこは冒険者としての面子が邪魔をするのだろう。
変に敵意を向けられるのも面倒なので、ペデーラに部屋へと案内してもらっている間、三人の所へ空属性魔法で作った集音マイクを残しておいた。
「ボドマンさん、あのニャンコロが名誉騎士ってマジっすか?」
「疑うなら絡んでみればいい、あんな見た目だがワイバーンの胸板に一撃で風穴開ける奴だぞ」
「ワイバーンを一撃って……どんだけなんすか」
「噂じゃ王都で起こった反貴族派の襲撃から王族を守り切った褒美に名誉騎士に叙任されたって話だ。つまり、あいつは攻撃だけでなく守りでも一流ってことだ」
「そんな風には見えなかったっすけど……」
「見た目に騙されて相手の力量を見誤れば、冒険者稼業では簡単に命を失う事になる。馬鹿話ばかりしてないで、周囲の情報には常に耳を澄ませておけ」
「うっす……分かりました」
どうやら外の連中にはイキっている二人だが、身内のベテランの話には素直に従うようだ。
「ボドマンさん、あの白猫とブチ猫も只者じゃないんですかね?」
「分からん……分からんが『魔砲使い』の身内だ、余計なちょっかい出すんじゃねぇぞ」
「うっす……」
「了解っす……」
どうやらボドマンというベテラン冒険者が手綱を引いてくれるようなので、余計な揉め事は起こらないで済みそうだ。
この後、ライオスとボドマンが話し合い、夜間の警備は夜半までをチャリオットが担当し、夜半過ぎからは先に雇われていた六人が担当することになった。
話し合いの前に言うのを忘れていたのだが、オラシオの同僚ルベーロの話によると、夜間の襲撃の殆どは夜半までに行われているらしい。
勿論、襲撃はケラピナル商会に限らず、穀物倉庫などへも行われているので、夜半前だから必ず襲撃があるという訳でもない。
実際、この日の晩は襲撃は行われなかった。
おそらくだが、昼間に大規模な襲撃を行って、十人ものメンバーを失っているからだろう。
ケラピナル商会で無事に一夜を過ごし、朝食を済ませた後で騎士団の野営地を訪れた。
名目としては、幼馴染のオラシオの見舞いだが、同時に情報収集も行う予定だ。
騎士団の野営地を訪ねると、あっさりと中へ入れてくれた。
見習いとはいえ仲間を守り、反貴族派を捕えたのが評価されているようだ。
オラシオとザカリアスは床払いこそしていたが、まだ任務に復帰は出来ないようだ。
衛生兵に頑張ってもらって、体の表面に近い部分は治癒したようだが、深い部分が回復しきれず、安静にしている分には大丈夫だが動くと痛みが走るらしい。
「あれっ? ルベーロとトーレは?」
「二人は、僕らに助けを求めてきた男の子の行方を捜してる」
「大丈夫か? 反貴族派の罠にはまったりしないか?」
「大丈夫だよ、ルベーロもトーレも大丈夫。今度は騙されたりしないよ」
俺としては大いに心配なんだが、オラシオだけでなくザカリアスも頷いているから大丈夫なのだろう。
きっと俺には分からない、仲間同士の絆があるのだと感じて、ちょっと羨ましく思ってしまった。
俺だってチャリオットのメンバーと絆を結んでいるけど、同い年の同じ位のレベルの仲間と切磋琢磨するような関係を築いてみたい。
「昨日捕えた三人は?」
「官憲の事務所で取り調べてるはず」
オラシオが指差す方向にある石造りの建物は、官憲と騎士団の合同の詰所らしい。
そこで王国騎士団立会いの下、グロブラス騎士団が取り調べを行っているそうだ。
「王国騎士団主導じゃないんだ」
「うん、アジトの場所とかの話になった時には、グロブラス騎士団の方が地理に詳しいでしょ」
「なるほど……王国騎士だとどこそこにアジトがありますって言われても、すぐに場所が思い浮かばないか」
オラシオとザカリアスは、完全に任務からは外されて待機という形になっているらしいのだが、二人とも体を持て余しているように見える。
アツーカ村にいた頃のオラシオは、体は大きかったけど大人しかったのだが、やはり王都に行って変わったようだ。
王都の訓練所では、ザカリアスとは連日のように手合せをしていたそうで、最近は盾を構えての突進に磨きを掛けていたらしい。
「でも、実際の戦いになったら頭が真っ白になっちゃって、持っていた盾も剣も上手く使えなかったよ」
「それは、想定外の事態への備えが足りなかったんだな」
「うん、正騎士からも同じ事を言われた。僕らは、助けを求めて来た男の子の話を信じ切ってしまって、反貴族派の連中が待ち伏せしているなんて考えてもいなかった。それに、使う武器は魔銃だと思っていたから、弓矢への備えも出来てなかった」
オラシオの話に、頷いた後でザカリアスが続ける。
「それに、俺達は油断していました。カーヤ村に着いた時には、何とも言えない緊張感みたいなものが漂っていたんですが、俺達が来てからは変な空気が薄れていたんです。だから、反貴族派の連中は恐れをなしている……みたいな思い込みが生まれてたと思います」
「村の中に反貴族派か協力者がいるんだろうね」
「えっ……どうして、そう思うんですか?」
「二人が狙われたのは、配置された場所が関係しているんだろうけど、どんな人物か確かめずに仕掛けたりはしないでしょ。巡回している姿を見て、この見習い騎士ならば引っ掛かると思われたんじゃない?」
「あぁ、そうか……そうですよね。オラシオ、やっぱり、もっと厳しい態度で巡回してれば良かったんじゃね?」
「僕が優しく接しすぎたのか……」
「いや、そうじゃないだろう。見た目で舐められても、実力で覆せばいいんだよ。騎士は、普通の人には優しく接するべきだと思うぞ」
「そうか……やっぱり実力不足か……」
「ねぇ、ニャンゴ。ニャンゴだったら、どう対処していた?」
「俺か、そうだな……」
昨日、オラシオ達から聞いた状況を元にして、自分なりの対処法を考えてみる。
「まず、探知魔法で相手の所在を確認するだろうな」
「えっ、ニャンゴ探知魔法も使えるの?」
「おぅ、使えるぞ。壊れやすく小さな空気の粒を撒いて、接触した物の形を探るんだ。てか、オラシオは風属性なのに探知出来ないのか?」
「魔法は攻撃を鍛えるのが精一杯で、探知は出来ない……」
「チャリオットのメンバーのシューレが風属性だけど、精度の高い探知をするよ。今はケラピナル商会の護衛をやってるけど、時間が出来たら連れて来るから話を聞いてみたら?」
「うん、聞きたい。そうか、探知で相手の場所や人数とかが分かっていたら、もっと慎重に対応出来たかも」
「オラシオ、訓練所に戻ったら教官に探知の仕方を聞いてみろよ」
「そうだね、攻撃することばかり考えてたけど、まだまだ覚える事があるね」
ちょっとした事だとは思うけど、オラシオ達に気付く切っ掛けを与えられたみたいだ。
そろそろケラピナル商会に戻ろうかと考えていたら、王国騎士団の騎士が話し掛けてきた。
「エルメール卿、少しお時間よろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
「もしよろしければ、昨日捕えた反貴族派の取り調べに立ち会っていただきたいのですが……」
「俺は取り調べに関しては素人ですから、あまりお役には立たないと思いますが……」
「いえ、エルメール卿に尋問をお願いする訳ではなく、昨日やつらを制圧した凄腕の名誉騎士として睨みを利かせていただきたいのです」
「つまり、見ているだけで構わないんですか?」
「はい、尋問はこちらで行います」
「分かりました、お役に立てるならば協力させていただきます」
「ありがとうございます。では、こちらへ……」
ケラピナル商会の護衛は人員的には足りているはずなので、情報収集を兼ねて取り調べに同席する事にした。
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