傷ついた幼馴染
ゴロージの街を早朝に出発した一行は、この日は襲撃を受けることもなく昼前にはカーヤ村へと到着した。
ケラピナル商会の仕入れ番頭ペデーラにカーヤ村はかなり物騒な状況にあると聞いていたが、その言葉通りに村の入り口で騎士団の検問を受けている最中に何やら周囲が騒がしくなった。
「反貴族派の襲撃だ!」
「街の北西だ、応援に向かえ!」
到着した途端に襲撃とか、どこかで見張っているのかと思ってしまう。
「ライオス、ちょっと空から偵察してくる」
「分かった、気を付けろよ」
「うん、基本的に騎士団に任せて、上から眺めて来るよ」
騒ぎが起こっているのは村にはいる街道の右手の方らしいので、ステップで十メートルほどの高さまで駆け上がり、そこから空属性で作ったボードに腹ばいになって移動した。
上から眺めていると、金属鎧に身を固めた騎士の一団が村の北西を目指して走って来るのが見えたが、襲撃を行っているらしい反貴族派の姿は見えない。
それならば、村の外からの襲撃なのかと思ったが、村の外周にもそれらしい姿は無かった。
「ん? あれは冒険者なのか?」
村の周囲の雑草は綺麗に刈り込まれていて、一定の距離から先には雑草が茫々と繁っている。
その境い目に、革鎧を身に着けているらしい人物が立っているのが見えた。
上から眺めていると、村の方角と雑草が生えている先を忙しなく見比べているようだ。
「あの先なのかな……?」
目を凝らしてみると生い茂っている雑草の一部が、複数の人間によって踏み倒されているように見える。
その痕跡は、葉を茂らせている木立へと続いているようだ。
踏みしめられた跡をたどっていくと、雑草の中に隠れるようにして南の方角に移動している影が見えた。
「ん? なんだろう……子供?」
反貴族派の襲撃があったらしい場所に、なんで子供がいるのか分からず、行方を目で追っていたら突然木立の方向から弓弦の音が聞こえた。
「あっちか!」
何やら悲鳴と怒号が聞えて、再び弓弦の音が響いてきた。
ボードを移動させて木立の方向へと向かうと、風属性の魔法が使われたらしく若木が薙ぎ倒されるのが見えた。
どうやら反貴族派とグロブラス騎士団が交戦しているようだ。
更に弓弦の音が響き、魔法の風が吹き抜ける。
雑草の草原から木立に向かって突っ込んでいく二人の騎士の姿が見えた。
どうやら弓を射かけている連中は木立の中に潜んでいるらしく、革鎧の騎士は矢を避けるために太い木の陰へと身を寄せたようだが、それは相手の思うツボだったらしい。
それまで雑草の中に身を潜めていた男達が、弓に矢を番えながら騎士達の後ろへと忍び寄っていく。
二人の騎士は、潜んでいた連中には全く気付いていないようだ。
援護するために高度を下げて近付いていくと、弓を引き絞った連中にようやく気付いたらしい騎士達が振り返った。
「放て!」
「オラシオ!」
二人の騎士を守るために素早くシールドを展開したが、もう一人の仲間を守るように身を挺した騎士の顔を確認した瞬間、驚きのあまりシールドを解除してしまうところだった。
だが、次の瞬間には、矢を放った五人に対して容赦なしの雷の魔法陣をぶつけていた。
「雷!」
「うぎぃ……」
矢を放った五人は倒れたが、オラシオが矢を受けているのを見て、頭の芯がカーっと熱くなった。
「よくも、俺の大事な友達を傷付けてくれたな! お前ら一人も逃がさないから覚悟しろ!」
俺が怒りに声を震わせると、木立の中から矢が飛んできたが、既に自分の周りにもシールドを展開しているから一本も届かない。
反撃しようと思ったが、こちらからでは繁った枝葉が邪魔で敵の姿が見えなかった。
「粉砕!」
オラシオとザカリアスをシールドで包んだ後、大規模な粉砕の魔法陣で木立を吹き飛ばした。
遮蔽物を失って姿を現した連中にも、雷の魔法陣をぶつけて制圧する。
木立の中にも五人の男が潜んでいたが、一人も残らず倒した後で、更に潜んでいる連中がいないか探知ビットをバラ撒いたが、逃亡していく者はいないようだった。
周囲の安全が確保出来たところで、急いでオラシオの所に向かった。
「オラシオ、大丈夫か、しっかりしろ!」
「ニャンゴ、どうして?」
「俺は、旧王都へ向かう途中で、襲われていたカーヤ村の馬車を助けてって……そんな話はどうでもいい、傷は?」
「右腕と左の腿……でも、僕よりもザカリアスが……」
「俺は大丈夫だ。肩口の矢が厄介な所に刺さったみたいだが、出血は酷くないから大丈夫だろう」
「そうだ、ニャンゴ、子供が……」
「あぁ、子供なら雑草の間を逃げて行くのを見掛けたぞ」
「えっ……いや、そうじゃなくて、反貴族派に捕まった子供がいるはず」
「いや、そんな子供は見てないぞ。木立の中には弓を持った男が五人いただけだ」
「オラシオ、一杯食わされたようだぜ」
「そんな……」
ザカリアスが苦々し気な表情を浮かべ、オラシオはショックを受けているようだ。
そこへ、大勢の足音が近づいて来た。
「貴様、そこを動くな! よくも俺の……エ、エルメール卿?」
振り向くと、オラシオと同じく革鎧に身を固めたルベーロの姿があった。
「見ての通り、オラシオとザカリアスが矢を受けている。手当を急いでくれ」
「はっ! かしこまりました。オラシオ、ザカリアス、大丈夫か?」
オラシオとザカリアスはルベーロに任せて、駆けつけて来た金属鎧姿の騎士にギルドカードを示して名乗った。
「名誉騎士のニャンゴ・エルメールです。通りかかりに騒動を聞きつけて、先回りしてオラシオ達を援護しました」
カーヤ村に到着してからの状況を説明すると、周囲の状況を確かめた騎士は納得してくれたようだった。
「ご協力感謝いたします、エルメール卿。それにしても、噂以上ですね……」
「いや、幼馴染のオラシオを殺されかけて、ちょっと冷静さを欠いていたようです」
終わった後になって見てみると、粉砕の魔法陣を発動させたところだけ、木立の上部が吹き飛ばされて、ゴッソリと無くなっている。
加減が出来なくなっていたようで、最初に雷の魔法陣をぶつけた五人は全員死亡していたし、後の五人のうちの二人も心臓が止まっていた。
残る三人も身動き出来ない状態で、オラシオ達の同期らしい騎士見習いに縛り上げられ、引きずられて行った。
オラシオ達も村まで運ばないといけないので、俺が空属性のボードを作り、二人を乗せて村まで移動させた。
「ニャンゴ、ありがとう。もう駄目かと思った……」
「ホントにギリギリだったぞ。待ち伏せしていた連中にも気付いていなかったみたいだし、考え無しに突っ込みすぎだ」
「エルメール卿、申し訳ございませんでした。自分が判断を誤ったせいでオラシオを危険に晒してしまいました」
オラシオへの小言は、当人よりもルベーロに刺さったらしい。
「違うよルベーロ、僕も止めなきゃいけなかったんだ」
「それを言うなら、突っ走った俺だって同罪だ」
話を聞くと、オラシオ達は怪しい男達に妹を攫われたという男の子に助けを求められて、慌てて突っ込んでいって罠にはまったらしい。
状況を考えると、雑草の中を隠れるように逃げていた子供も襲撃犯の一味と見るべきだろう。
「あのガキ……俺とトーレで探し出して、とっちめてやる!」
同室の仲間を傷つけられたルベーロとトーレは、誘い出した子供を探し出すと息巻いているが、逆に罠にはまらないかと心配になってくる。
オラシオとザカリアスを運んで村の端まで戻って来た辺りで、今度は村の中から怒号が響いてきた。
騒ぎの感じからして、村の中心から先、南側の方角に感じられる。
「あっちには、何があるの?」
「たぶん、穀物倉庫です。俺達を囮にして、本命の倉庫を襲う計画なのかと……」
地図を手にしたルベーロの推測は、おそらく当たっていそうな気がするが、俺は現場に駆け付ける気は全く無い。
現状、オラシオの安全を確保する以上に大切な仕事なんて無いだろう。
「ニャンゴは、仲間と一緒じゃないの?」
「一緒だけど、うちのパーティーは凄腕揃いだから、反貴族派の連中なんかに遅れは取らないよ」
「そっか……僕らはまだまだだね」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないけど……まぁ、まだまだなのは確かだな」
取り繕って慰めようかと思ったが、それはかえって失礼な気がしたので、率直に言わせてもらった。
「でも、俺達だって完璧って訳じゃないよ。失敗する事だって、思うように事が運ばないことだってある。でも、それが経験だし、失敗は次への糧にするだけだよ」
「そっか……次は、僕がニャンゴを守れるように頑張るよ」
「そうだな、でもその前に、自分と自分の仲間を守れるようになれ」
「うん、約束するよ」
オラシオと話しながら村に入った頃には、騒動の物音は止んでいた。
どうやら、反貴族派の襲撃は失敗に終わったらしい。





