無法地帯
ラガート領からエスカランテ領へ入る時の検問は、以前来た時と同じだったが、グロブラス領へ入る検問所はピリピリした雰囲気に包まれていた。
先に検問を受けたケラピナル商会の馬車は荷物まで入念に調べられていたし、チャリオットの馬車を迎えた検査官は険しい表情を浮かべていた。
「次……お前らは、どこへ行く馬車だ?」
「俺達は元ラガート領イブーロギルド所属だった冒険者パーティー、チャリオットの一行だ。ダンジョン攻略に挑むために旧王都を目指している。馬車に乗っているのは、ライオス、ガド、セルージョ、シューレ、レイラ、ミリアム、フォークス、それとニャンゴ・エルメール卿の八人だ」
「ニャ、ニャンゴ・エルメール卿……不落の魔砲使いなのか?」
「そうだ、前にいるケラピナル商会の馬車がエスカランテ領で襲撃された時も、襲ってきた連中を捕えたのはエルメール卿の魔法だ」
「い、一応規則なので馬車の中を改めされてもらいたいのですが……」
「勿論かまわない、咎められるような人も物も積んでいないから自由に確かめてくれ」
王家の紋章入りのギルドカードは、こうした場所では効果絶大だ。
検査官達はグロブラス伯爵の権力下にあるので一般人よりも上の立場にあるが、俺は位こそ低いが貴族と同列に扱われる存在なので検査官よりも上の立場になるのだ。
日本では身分差というものを感じる機会は少なかったが、こちらの世界には明確な身分の違いが存在し、立場が上の者の機嫌を損ねると面倒な事になる。
例えば、この検問所での扱いが気に入らないと俺がグロブラス伯爵に抗議をするような事態になれば、検査官は伯爵の顔に泥を塗ったことになり、処刑される恐れさえあるのだ。
ラガート子爵の護衛として通った時などは、検問というよりも検査官が子爵に挨拶をして終わりだった。
まぁ、あの時は子爵家の紋章が入った魔導車だったし、護衛の騎士が同行していたから当然と言えば当然なのだろう。
チャリオットの馬車も中に乗っている人数を数えただけで、荷物の確認も外から眺めただけで終わりだった。
馬車の内部を確認した検査官が、恐る恐ると言った様子で俺に話し掛けてきた。
「失礼ですが、エルメール卿でいらっしゃいますか?」
「はいそうです。検問お疲れさまです」
「はひぃ、ありがとうございます。あの……エルメール卿がいらっしゃれば大丈夫かと思いますが、女性の方々は外から姿を見られないようにされた方がよろしいかと存じます」
「えっ……それって狙われるということですか?」
「はい、お恥ずかしい話ですが、領内の治安が不安定になっておりまして、特に若くて美しい女性は狙われているそうです」
「そんなに治安が悪化しているのですか?」
「はい……ですが、王国騎士団に派遣を要請したそうですので、それもじきに収まるかと思われます」
「そうですか……分かりました。無用な争いは避けたいので、気を付けるようにします。ご配慮ありがとうございます」
「い、いえ、お役に立てたならばなによりです」
検査官が何度も頭を下げて帰っていくと、ニヤニヤと笑みを浮かべたセルージョが冷やかしてきた。
「なんだよニャンゴ、もっと偉そうにすればいいんじゃねぇのか? 我がエルメール卿であーる……みたいな?」
「そんなの柄じゃないよ。それに、偉そうな貴族ってロクな奴がいないしね」
「ははっ、ちげぇねぇ」
「それにしても、馬車に乗ってる女性が狙われるって、殆ど無法地帯じゃないの?」
「だな……けど、うちの馬車を狙ったら後悔すること請け合いだぜ」
「なぁに? あたしやシューレがジャジャ馬だって言いたいの?」
「失礼極まりない……」
「そ、そういう意味じゃねぇよ。俺やライオス、ニャンゴまでいるんだぜ、手酷い返り討ちを食らうって話だよ」
レイラとシューレにジト目で睨まれて、慌ててセルージョが言い訳を始めたが、慌てるほどに疑惑が深まるような気がするけどねぇ……。
検問所を通り過ぎてグロブラス領を進み始めると、春に訪れた時とは街道脇の風景が一変していた。
「前は、一面に青々と麦が茂っていたんだけど……」
「もう小麦は刈り取りが終わったんだろう? 別に畑が荒らされた訳じゃねぇだろう」
「そっか……もう刈り取ったのか」
確かに畑には刈り取られた後の麦の株が残されているし、落穂目当てなのか鳥の群れが地面を突っついている。
それでも、この暑い時期に地面が剥き出しの様子を見ると、先程の検問所の話とリンクして土地が荒らされているような錯覚に陥ってしまう。
街道の両脇が広々とした休耕地になってしまっているので、農作業をする人の姿が見えないのも、余計に荒廃しているような印象を強くする原因なのだろう。
それに、あの疑惑まみれのグロブラス伯爵が王国騎士団の派遣を要請したとなると、よほどに切羽詰まった状況なのだろう。
「王国騎士団が派遣されるなんて、あんまり無いことだよね?」
「そうだな、国同士の戦争とか、ワイバーンが数頭一度に現れるとか、余程の状況じゃなきゃ自分の所の騎士で対応するからな……って、もうかよ!」
検問所を通り過ぎてから、まだ三十分程度しか進んでいないのに、ガドが手綱を引いて馬車は急激に速度を落とした。
街道の前方から、人が争うような声も聞こえてくる。
「襲撃だ、気をつけろ!」
ライオスの言葉を聞きながら、馬車の後部から飛び出して幌の屋根へ上がると、ケラピナル商会の馬車の周囲に動く人の姿があった。
刈り取りを終えた麦畑の中を街道に向かって走りながら、何人かの男が銀色の筒から火球を発射している。
「シールド!」
行く手を塞ぐように反らしシールドを展開すると、ぶつかった火球は弾けて消滅した。
シールドは、物理攻撃に対しては工夫をこらさないと限界があるが、魔法によって生み出された攻撃に対する耐性は非常に高い。
粗悪な魔銃から撃ち出された火球などは、うすっぺらなシールドでも防げてしまう。
「粉砕!」
続いて、馬車に走り寄ろうとしている男達に向けて粉砕の魔法陣を発動させるが、これは威力よりも音の大きさを重視してある。
ドパァァァァァ……ドパァァァァァ……。
二連発で粉砕の魔法陣を発動させると、突然の爆発音に襲って来た男達だけでなく、ケラピナル商会に雇われた冒険者まで動きを止めてしまったようだ。
「雷!」
動きさえ止めてしまえば、あとは雷の魔法陣で痺れさせて終わりだ。
また縛り上げて騎士団の到着を待たなきゃいけないのかと思いきや、ケラピナル商会に雇われた冒険者が大声で呼び掛けてきた。
「追撃があるかもしれないから先へ進む! ついて来てくれ!」
「分かった! セルージョ、シューレ、捕縛は中止だ」
ライオスが襲撃犯の捕縛に向かおうとしていたセルージョとシューレを呼び戻し、チャリオットの馬車も後へ続く。
「ちっ、報奨金も放り出して進むとは、いよいよヤベぇ状態らしいな」
「ホント、ニャンゴのお手柄がもったいない……」
今回襲って来た連中が単なる盗賊なのか、それとも反貴族派の連中なのかは分からないが、通常こうした輩を捕えて騎士団に付き出せば報奨金が支払われる。
エスカランテ領で捕えた十一人についても、ギルド経由でチャリオットに報奨金が振り込まれる手筈となっている。
雷の魔法陣で昏倒させた連中は、殆どが気絶しているだけとは思うが、中には心臓が止まっている者もいるかもしれない。
今なら蘇生出来ると思うが、申し訳ないが放置させてもらう。
恨むなら、考えなしに馬車を襲った自分と、言葉巧みに手先として使い捨てた反貴族派の扇動者を恨んでくれ。
「それにしても、こんな短い時間に二度も襲われるなんて、よほど恨みを買ってるみたいね」
レイラの言う通り、この襲撃頻度はあまりにも異常だ。
「反貴族派の連中が、宣伝材料に使おうとしてんじゃねぇのか? 領主の親戚で甘い汁を吸ってる連中をやっつけた……みたいな感じにしようと思ってるんだろう」
ケラピナル商会が、実際にどんな商売をしているのかは、仕入れ番頭ペデーラの話だけでは分からないが、反貴族派の標的になっているのは確かなのだろう。
「こりゃぁ、礼なんて貰おうとせずに、素通りした方が良いんじゃねぇの?」
「私もセルージョの意見に賛成だけど、真っ当な商売をしているならば、見殺しにするのは気分が良くないわね」
単純にパーティーの安全を考えるならば、ケラピナル商会とは距離を取るべきだろう。
なにしろ、襲撃犯を倒しても放置してきたので、現状では全く稼ぎになっていないのだ。
「ライオス、どうすんだ?」
「取り合えず、商会まではフォローしよう。その後については、カーヤ村の状況を確かめて考えよう」
「分かった」
ケラピナル商会の馬車は、エスカランテ領内を走っていた時よりも、明らかに速度を上げているが、今日中にカーヤ村に到着するのは無理だろう。
宿に泊まるのか、それともどこかで野営か、いずれにしても蜂蜜たっぷりのスコーンはおあずけの可能性が高そうだにゃ……。





