遭遇
チャリオットの馬車はキルマヤの街を通り過ぎ、旧王都を目指して順調に南下を続けている。
俺は幌の上に陣取り、はぐれオークの捜索を続けているのだが、影も形も見当たらない。
出会わなくても良い時にはノコノコ出てきたりするくせに、出会わないかと探している時には本当に出会わない。
まぁ、依頼のときのように痕跡を辿っている訳ではないから、仕方ないといえばしかたないのだ。
今は暑い時期なので、オークは日の高い時間は林の涼しい場所で過ごしているのと、食料となる動物なども活発に動き回っているから街道に出て馬車を襲う必要も無いのだろう。
オークなどの魔物が現れないということは、街道は何事も無く安全に通行出来ているということだ。
チャリオットの馬車も順調だし、道の前後には、同じように街道を南に向かって進んでいる馬車がいる。
馬車は互いに敵意は無いと示すために、十分な距離を取って進んでいる。
前方を進むのは、うちの馬車と同じような大型の幌馬車で、荷台の後ろに二人の見張りが目を光らせているので、何か荷物を積んでいるのだろう。
後方にいるのは小型の荷馬車で、こちらは殆ど荷を積んでいないようだ。
農作物かなにかを積んでキルマヤに行き、降ろして帰る途中なのだろう。
「どうだ、ニャンゴ」
「全然……影も形も見えないよ」
馬車の後ろを警戒しているセルージョが声を掛けてきたが、成果無しと答えるしかない。
街道の両脇は、見通しが利くように切り開かれ、畑や草地になっている。
そんな所を呑気に歩いている間抜けなオークがいればすぐ目につくし、少し離れた林や森の中は日陰になっていて見通しが利かない。
たまに見掛けるのは、せいぜいゴブリンかコボルトぐらいで、こちらも群れではなく単独でうろついているだけだ。
「どうせ今日もハズレだぜ、そろそろ下りて来て中で涼んだらどうだ?」
「うん、そうだねぇ……」
既に日が高く昇っているので、チャリオットの馬車には冷房を入れてある。
馬車の後方は透明な壁で仕切ってあるので、セルージョは涼みながらでも後方の警戒が出来るのだ。
当然、自分の周りも囲って冷房を入れてあるから大丈夫なのだが、あまりにも手応えがないので馬車の中に入ろうかと思ったら、左前方の林の中に動く影が見えた。
それも、一体だけではないようだ。
「ライオス、左前方の林に何かいる!」
「分かった、ガド、いつでも止められるように……」
ドガァァァァァ……
ライオスの言葉を遮るように前方で爆発音が響き、前を走っていた馬車が大きく右に傾いて横倒しになった。
「盗賊だ。ニャンゴ、食い止めろ!」
「了解!」
左前方の林から飛び出して来たのは、オークでもゴブリンでもなく剣や槍、それに銀色の筒を振りかざした人間だった。
腰ぐらいの高さまで伸びた雑草の海を掻き分けるようにして馬車へと駆け寄って行く。
「うらぁぁぁ! 皆殺しにして荷を奪え!」
「うぉぉぉぉぉ!」
ドンッ! ドパァァァァァ……
威力高めに設定した魔銃の魔法陣と盗賊達が走る前方の地面が、一瞬にして火線で結ばれて雑草が地面ごと薙ぎ払われる。
奇声をあげながら走っていた盗賊どもが、慌てて足を止めてこちらへ振り向いた。
「ファランクス!」
ズダダダダダダ……
魔銃の連射で盗賊どもの手前の草地を薙ぎ払う、音と炎は派手だけど貫通力は見た目ほどは無い。
「やべぇぞ、撤収ぅぅぅ!」
リーダーらしき男が叫び、盗賊どもは林を目指して走り始めたが、勿論逃がすつもりは無い。
「雷!」
「ぎひぃ!」
逃走経路に雷の魔法陣を幾つも並べて設置しておくと、盗賊共は見えない魔法陣に突っ込んで次々に感電して倒れた。
「セルージョ、シューレ、ロープを持って一緒に来てくれ。ニャンゴはそのまま警戒を続けてくれ」
ライオス、セルージョ、シューレの三人が盗賊どもに駆け寄って行く。
俺は幌の上から警戒しながら、盗賊どもが飛び出してきた林の中を探知ビットを使って探ってみたが、人間らしき反応は無かった。
前方に目を向けると、馬車が横倒しになった辺りの路肩がクレーター状に抉れている。
馬車を路肩に寄せてブレーキを掛け、ガドが御者台を降りて倒れた馬車へ歩み寄って行った。
ガドが下りた御者台を見ると、兄貴が前方を見据えて手綱を握っていた。
兄貴なりに役目を果たすつもりのようだが、馬が大人しくしていてくれるように祈るばかりだ。
横倒しになった馬車からは、冒険者らしき男達が降りて来ていた。
荷物を積んでいたので、さほどスピードも出ていなかったようだし、爆破は荷台の中央付近だったらしく、直撃を食らった人はいなかったようだ。
それでも、雇い主なのか商人風の男性が肩を押さえて道端に座り込んでいるのが見える。
向かい側を走ってきた馬車も少し離れた所で止まって、冒険者らしき男が御者台を下りて歩み寄って来る。
その後にも馬車が止まっているし、その更に後方にも馬車が見える。
チャリオットの馬車の後方にも数台馬車が並び始めているし、こちらの世界でもアクシデントが起これば渋滞が発生するようだ。
倒れた馬車に乗っていた冒険者が、片側交互通行するように交通整理を始めて、ようやく止まって待っていた馬車が動きだした。
ガドは横倒しになった馬車の左の前輪辺りで、乗っていた冒険者と何やら話し込んでいる。
良く見ると、左の前輪が傾いて歪んでいるように見える。
どうやら、爆発の衝撃で車輪が壊れてしまっているようだ。
冒険者とガドが力を合わせて、車軸から車輪を外し始めた。
ガドは、車軸から外した壊れた車輪を持って移動すると、道路脇の土を掘り始めた。
ガドが掘り出した土を両手で持って捏ね始めると、土から小石や草の根などがボロボロと落ち始めた。
たぶん、土属性の魔法を使って捏ね、土の中から不純物を取り除いているのだろう。
暫く土を捏ねていたガドは車輪を手に取り、壊れた部分を鉈のような短剣で削って取り外した。
続いて、捏ねていた土を使って、車輪の壊れた部分を補い始めたのだが、他の部分に比べると太すぎる気がする。
ガドは、更に微調整を加えた後で、車輪に両手をかざして土属性魔法を発動した。
土で作った部分から湯気が立ち昇り、みるみるうちに縮み始める。
三分ほどして湯気が収まると、スポークが何本か折れて歪んでいた車輪は元の姿を取り戻した。
御者台から眺めていた兄貴は、近くで見たい……でも手綱は持っていなくちゃいけない……と、だいぶ葛藤していたようだ。
ガドが車輪を直している間、倒れた馬車に乗っていた冒険者たちは積み荷を路肩に下ろしていた。
馬車を引いていた馬は、倒れた時に傷を負ったようだが、幸い足は故障しなかったようで、馬車さえ起こせば移動が出来そうだ。
襲撃された馬車から視線を外して周囲の警戒に戻ると、戻ってきたライオスが声を掛けて来た。
「ニャンゴ、残党はいそうか?」
「ううん、林の中も探ってみたけど、人と思えるような反応は無かった」
「そうか……あいつら、ただの盗賊じゃなくて反貴族派のようだぞ」
「えぇぇぇ!」
ラガート子爵からグロブラス領での活動が活発化していると聞いていたが、まさかエスカランテ領内で遭遇するとは思っていなかった。
言われてみれば、粉砕の魔法陣に粗悪な魔銃は、いかにも反貴族派という組み合わせだ。
ただし、粉砕の魔法陣は魔導線を使って発動させたらしく、誰も自爆で犠牲になっていないようだ。
林から飛び出して来た連中も、どうやら感電して倒れたものの、誰も命を落とさずに済んだらしい。
襲撃犯は全部で十一人で、全員が男性だった。
セルージョとシューレの手によって、全員が数珠つなぎにされて歩いてきた。
俺を敵意の剥き出しの視線で睨みつけてくる者がいれば、この後の処遇に怯えている者もいる。
十一人の中には猫人はおらず、半数以上がウマ人やウシ人などの体の大きな人種だったが、全員が薄汚れた格好でやせ細っていた。
「ライオス、こいつらはどうするの?」
「暫く待っていれば、騎士団が巡回してくるだろうから、事情を説明して引き渡す」
「ふざけるな! よくも邪魔してくれたな、この貴族の手先共め!」
俺とライオスの話に割り込むように、犬人の男が喚き散らした。
「あいつらはグロブラス伯爵の親戚の店の者だ。俺達小作人から絞り上げた金を元手にして儲けていやがるんだぞ!」
「だから何だ。ここはエスカランテ侯爵領で、お前らには馬車を襲う権利なんか無い。自分達に罪が無いと言うなら、それを騎士達に主張してみろ。まさか、本気でそんな勝手な言い分が通ると思ってるんじゃないだろうな。言っておくが、エスカランテの騎士団は甘くないぞ」
声を荒げる訳でもなく淡々と告げるライオスの言葉に、襲撃犯の男達は沈黙した。





