歓楽街の騒ぎ
仕留めたオーク二頭を馬車に積み込んでイブーロへと戻って来ると、ギルドへと向かう通りが何やら騒がしく渋滞していた。
建物の向こう側からは、黒い煙が上がっているのが見える。
「ちっ、またゴロツキ共が騒いでいやがるのか?」
「そうみたいじゃのぉ……」
外を眺めて愚痴を漏らしたセルージョに、ガドも呆れた様子で同意している。
「また……って?」
「ちょうどニャンゴが王都に出掛けた頃からだな、裏社会の連中が何やら勢力争いを始めたみてぇだ」
セルージョの話では、煙が上がっている方向は歓楽街がある地区で、その辺りを仕切っている組織の事務所や幹部の家が襲撃されているらしい。
前世日本で例えるならば、暴力団どうしの抗争といったところだろう。
「歓楽街を仕切っている昔からの組織に対して、貧民街を根城にしている若い連中が仕掛けているらしい」
「もしかして、例の魔銃が使われているんですか?」
「その通りだ、問答無用でバカスカ魔銃を撃ち込んだり、脅して店の売り上げを巻き上げたり、やりたい放題みたいだぜ」
街の犯罪を取り締まっている官憲も巡回を強化しているそうだが、警備の薄い場所を突いて襲撃が繰り返されているようだ。
「襲撃の頻度が上がってからは、歓楽街に足を運ぶ人も減って、売り上げに大きな影響が出ているらしい」
「歓楽街を仕切っている連中は、報復はしないんですか?」
「勿論、報復もしてるさ。貧民街の方でも度々火災が起こっているようだが、規模は限定的みたいだな」
「なにか理由があるんですか?」
「隣接している倉庫だ。もし倉庫街に飛び火して燃え広がったりすれば、当然倉庫の所有者たちから苦情が出る。倉庫を所有している金持ち連中こそが、歓楽街の上客だからな」
それに、貧民街のバラックと歓楽街の店では、燃やされた時のダメージが違いすぎる。
結果的に、現状は古い組織が防戦一方という状態らしい。
ガドとライオスが、迂回する道を検討しはじめた時、通りの先から怒号が響いてきた。
「止まれ! 止まれぇ!」
通りの端を歩いていた人達が、慌てた様子で壁際に身を寄せると、見覚えのある銀色の筒を持った男が二人走って来た。
「シールド」
「どわぁぁぁ……」
足下に小さなシールドを展開してやると、男達は脛を打ち付けて前のめりに転がった。
「この野郎、手間掛けさせんな!」
「観念しろ!」
追い付いてきた三人の官憲は、警棒を使って二人の男を滅多打ちにし始めた。
前世日本なら、警察官による暴力だ……とかニュースになって叩かれること間違い無しな状況だが、こちらの世界では官憲の権力が強いので許されてしまうのだ。
三人の官憲が襲撃犯と思われる二人を取り押さえた頃、上官らしき官憲が小走りに近付いてきた。
「確保したか?」
「はい、転んだところを捕まえました」
「魔銃は?」
「こちらに押さえてあります」
「よし、連れていって背後関係とかを全部吐かせろ」
「はっ!」
「けっ、手前らなんぞに喋ることなんかねぇ……ぐふぅ」
後から来た上官は、後ろ手に縛り上げ立たされた襲撃犯の鳩尾に、腰に下げた剣の柄を突き入れた。
「粋がっていられるのも今のうちだ、すぐに喋らせて下さいって言わせてやる……連れて行け!」
二人の官憲が男達を連行し、残った一人が上官に逮捕した時の状況を説明し始めた時、ようやく止まっていた前の馬車が動き始めた。
野次馬が解散させられたのか、それとも火災が鎮火したのか分からないが、これでギルドに向かえそうだ。
ギルドの裏手で仕留めてきたオークを降ろして買い取ってもらったのだが、若いオークとはいえ二頭で黒オーク一頭分ぐらいの値段しか付かなかった。
というのも、アツーカ村から大量に持ち込まれたオークによって、在庫がダブついているらしい。
故郷の村の復興資金を稼ぐために持ち込んだオークが安値の理由とあっては、俺が不満を口にする訳にはいかない。
馬車を片付けるガドと、帰り道でも魔法の訓練に励んでいたミリアム、それにシューレは先に拠点に戻り、俺とライオス、セルージョは次の依頼を探しにギルドに入った。
昼過ぎの時間で、依頼の貼り出された掲示板の前は空いていて、ゆっくりと内容を見較べられる。
「ライオス、やけに依頼が多くねぇか?」
「そうだな、この時間にオークの討伐依頼が残っているのは、新たに張り出されたものなのか……それとも余った依頼なのか……」
冒険者への依頼額は、魔物の種類によって決められている。
なので、条件の良い依頼から先に受注されていく。
例えば、今回チャリオットが受けた依頼は、牧場近くに姿を現すオークの討伐だった。
こうしたケースでは、オークは牧場で飼育されている家畜を狙って姿を現す。
実際、オークは殆ど索敵をする必要も無く、自分達から姿を現してくれた。
これが、街道からオークの姿を見掛けた……といった依頼になると、付近の探索から始めて、場合によっては森の奥まで踏み込む必要がある。
仕留めるまでの労力も掛かるし、仕留めた後、オークを街道まで運び出すのも手間が掛かる。
そうした討伐前後の状況まで考慮して、楽な仕事を選択出来るか否かも冒険者としての才覚を問われるのだ。
「こっちが街道、こっちが牧場なら、こっちだろう」
「そうだな、街道の方はこちらの依頼に向かう途中だし、見つけたら仕留める程度で声をかけておくか」
ライオスとセルージョが依頼を吟味する様子を見守っていたら、後ろから声を掛けられた。
「ちょっと失礼。先程、魔銃を使った襲撃犯を捕らえた時、近くにいらしたと思いますが話を聞かせてもらえませんか?」
声を掛けて来たのは、先程の現場にいた上官と思われる官憲で、その視線は俺に向けられている。
「私は、巡視隊のフェッセルと申します。ニャンゴ・エルメール卿でいらっしゃいますね?」
「はい、そうですが……」
「先程は、魔銃を持った犯人の逮捕にご協力いただき、ありがとうございます」
「いえ、街の平穏を乱す連中ですし、協力するのは当たり前ですから、お気になさらず」
「やはり、エルメール卿が手伝って下さったのですね。突然二人が何も無い場所で転倒したと聞き、チャリオットのリーダーの姿が見えましたので、もしかしたらと思って声を掛けさせていただきました」
おっと、確証が無いのにカマを掛けていたみたいですね。
「この後、何か予定はございますか?」
「いえ、帰って一休みしてから打ち上げぐらいなので大丈夫ですが」
「では、少し話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
俺が話をしている間に、ライオス達は依頼の受注を済ませてしまおうとしたのだが、フェッセルは二人にも同席を求めてきた。
「それは、近頃歓楽街を騒がしている連中に絡んだ話なのかい?」
「えぇ、詳しい内容はここではお話できませんが、そう思っていただいて結構です」
「どうする、ライオス」
「まぁ、まずは話を聞いてみてだ」
「では、こちらへ……」
ライオスが会談を承諾すると、フェッセルは俺達を先導して階段を上っていった。
もしやと思ったが、フェッセルがノックしたのはギルドマスターの執務室のドアだった。
「開いている、入ってくれ」
「失礼する……」
机に向かったまま、こちらを眺めていたコルドバスは、フェッセルに続いて入ったライオスの姿を見て意外そうな表情を浮かべたが、俺の姿を見るとニヤリと笑ってみせた。
伝声管を使ってお茶を頼んだ後、コルドバスは応接ソファーに座るように促してきた。
コルドバスとフェッセルが並んで座り、テーブルを挟んでチャリオットの三人が並んで座った。
話を切り出したのは、フェッセルからだった。
「まず、これから話す内容は、まだ他へは洩らさないでいただきたい」
「ここに居ないパーティーのメンバーにもかい?」
セルージョの問いに、フェッセルは軽く首を振ってみせた。
「いや、チャリオットの内部なら構わないが、それ以外の者には知らせないでほしい」
「了解だ」
「まず、近頃歓楽街や貧民街で騒ぎが頻発しているのは知っていると思うが、旧勢力と新興勢力の争いは、もはや看過できないレベルになってきている」
当初は裏社会同士のゴタゴタは、裏社会の中で解決させようという姿勢だった官憲も、争いの頻度や規模が上がってきて、放置出来ないレベルになってきているそうだ。
「今日の騒動でも、全く関係のない店や通行人が巻き込まれて被害が出ている。このままの状況が続く、あるいは更に騒ぎが大きくなれば、歓楽街のみならずイブーロの商業活動に悪影響を及ぼしかねない」
ここで、ギルドの職員がお茶を運んできたので、フェッセルは一旦襲撃に関する話を止めて世間話をした後、お茶で喉を湿らせた後で続きを話し始めた。
それは、官憲のみならず、ラガート騎士団やイブーロ所属の冒険者も巻き込んだ、大規模な貧民街解体計画だった。





