帰還
屋敷を出る魔導車の屋根に、ラガート家の紋章が入った革鎧に身を固めて陣取る。
王都の中で襲撃される可能性は殆ど無いが、警備を固めているとアピールすると共に、王都の景色を目に焼き付けておきたいと思ったのだ。
昨日、オラシオとの別れは済ませた。
丸々二年振りに再会して、お互いの成長を確かめ合えた。
次に再会できるのは何年先になるか分からないが、その時にも互いの無事と成長を喜び合えるはずだ。
だから、寂しいなんて思っている暇は無い。
これから急成長を遂げるであろうオラシオに負けないように、俺も更に成長するつもりだ。
第二街区へ抜ける門、第三街区へ抜ける門、そして王都の外へと出る門でも、兵士達が敬礼で見送ってくれた。
俺も精一杯格好つけた敬礼を返すが、どうも決まっていない気がする。
やはり、ちょっと猫背なのがいけないのだろうか。
イブーロに向けて街道を進む間、魔導車の側面と路面との間にシールドを展開しておく。
アーネスト殿下は、魔導車に仕掛けられた粉砕の魔法陣によって暗殺されたようだが、ラガート家の魔導車が狙われるとすれば、道に埋設された魔道具が使われる可能性があるからだ。
一見すると、革鎧を着た猫が乗ってるだけだが、守りの固さは王国一と言っても過言ではないはずだ。
フロス村で俺達を襲撃した連中は、王都の騎士団で取り調べを受け、最初からラガート家の魔導車を狙う計画だったと白状したらしい。
目的はグロブラス伯爵の悪政を訴えるためだったようだが、ラガート家からしてみればとばっちりも良いところだ。
襲撃には加わっていなかったが、ラガート家の旅程などを伝えていた人物がいたらしいので、帰路でも襲われる可能性は十分に考えられる。
ラガート家の魔導車は、一見するとこれまでと同じように街道を進んでいるように見えるが、周囲だけでなく先行して街道の様子を確かめる人員を増やしている。
魔導車自体のペースも、これまでよりも早めていて、走るのは日中の明るい時間に限り、日が落ちる前に宿泊場所へ辿り着くようにした。
道中立ち寄ったレトバーネス公爵家やエスカランテ侯爵家では、俺も歓待された。
第一王子アーネスト殿下だけでなく、多くの死者を出した襲撃だったので、すでに知らせが届けられているようだ。
知らせには、俺が名誉騎士に叙任されたことも含まれていたようで、ナバックとは別の大きな部屋に案内されて落ち着かない夜を過ごす羽目になった。
猫人の俺が使うにはベッドとか大きすぎで、兄貴にミリアム、アツーカ村にいる俺の家族全員が一緒でも余裕で眠れるサイズだった。
そういえば、俺が留守の間に兄貴は屋根裏部屋で一人で……眠れるはずがないな。
きっとシューレに捕まって、ミリアムと一緒に抱き枕を務めさせられているのだろう。
そして、問題のグロブラス伯爵家でも、気持ちの悪いほどの歓待を受けた。
王都に向かう時には、別れ際に俺に向かって劣等種なんて差別用語を吐き捨てた領主のアンドレアスは、そんな事など無かったように揉み手でもしそうな低姿勢で接してきた。
ラガート子爵からは事前に予告されていたのだが、まさか本当にそんな行動に出るとは思っていなかった。
俺が国王陛下や王族達のお気に入りだという話が、襲撃の知らせと共に流れているのが理由のようだ。
グロブラス家での騎士やナバック達への待遇を知っているので、自分だけ良い待遇を受けることにも抵抗があったが、将来の事も考えて気に食わない相手と如才なく付き合うための練習台にさせてもらった。
騎士団長の実家、エスカランテ侯爵家では、それこそ下にも置かない歓待だった。
魔導車が屋敷に到着した途端、先代当主であるアルバロスに抱え上げられ、夕食が済んで部屋に戻るまで下ろしてもらえない……物理的に下に置かない歓待だった。
そして、約一か月振りに、ようやくイブーロに戻って来られた。
前世の日本なら、新幹線で日帰りが出来るぐらいの距離なのだろうが、こちらの世界では移動するだけでも時間が掛かる。
お土産に買い込んだ米があるので、子爵の好意で拠点まで魔導車で送ってもらえた。
「ニャンゴ、荷物はここで良いのか?」
「はい、後で運びますから大丈夫です」
「ニャンゴには、本当に世話になったよ。また会う機会もあると思うが、元気でな」
「こちらこそ、色々とお世話になりました。また花見に行きましょう」
「そうだな、イブーロでニャンゴと一緒なら綺麗どころも集まりそうだからな」
「冒険者の恨みを買っても構わないなら……」
「うぉぉ、そいつは遠慮させてもらうぜ」
まぁ、ナバックの場合にはマニアックな話題以外でも話を盛り上げられるようにならないとだね。
拠点に戻って来たものの、チャリオットのメンバーは留守だった。
馬車も出払っているようなので、たぶん討伐の依頼に出ているのだろう。
米がギッシリ詰まった木箱は、カートとスロープを作って、天窓から屋根裏部屋へと運び入れた。
革鎧とか名誉騎士の騎士服などを片付けて、シャワーを浴びながら洗濯も済ませると夕方になってしまった。
早速、米を炊いて夕食にしようかと思ったが、米を炊く釜が無い。
それに、折角だから茶碗と箸、それにご飯に合うオカズを用意してからにしよう。
どこかで夕食を食べるついでに、ギルドに行ってリクエスト完了の報告をしておこう。
カーゴパンツにボタンダウン、リュックを背負ったいつもの姿でギルドを目指す。
夕方のギルドは、依頼を終えた冒険者達が集まって混雑していた。
ボヤボヤしてると出入口のドアで跳ね飛ばされて……。
「ふみゃ! レイラさん?」
「捕まえた……んー、ニャンゴ太った?」
ドアを潜るタイミングを計っていたら、後ろから抱え上げられてしまった。
雑踏の中だったけど、相変わらず気配が分からないんだよなぁ。
「みゃみゃっ……にゃんと言いましょうか、王都には美味しい料理やケーキが……」
「ふふーん、大丈夫よ、ポヨポヨのニャンゴも好き……えっ、ニャンゴ、左目が……」
「王都でちょっと手柄を立てたら、治療してもらえました」
「うん、ますます男前になったけど……」
レイラさんは、俺の左目をジーっと見詰めて小首を傾げています。
「えっ、何か変ですか? ちゃんと見えてますけど……」
「変ではないわ。変ではないけど、左目の方が輝きが強いというか、何か力を感じるわね」
「治癒魔法で再生してもらったからでしょうか?」
「うん、たぶんそうだと思うけど、悪いものではないと思うわ」
エルメリーヌ姫のモフらせろという情念とか籠ってないと良いのですが……。
「王都では色々あったみたいねぇ……ゆっくりと話を聞かせてもらおうかしら」
「あっ、その前にリクエストの報告に行かないといけないので……」
「あら、私よりもジェシカが良いの?」
「そ、そういうことではなくて、やはり報告はしないといけないので……」
「仕方ないわねぇ……」
というか、下ろしてくれるのかと思いきや、レイラさんは俺を抱えたままギルドのカウンターへと歩いていく。
拠点で汗を流してサッパリして、フワフワの洗い上がりの状態で酒場のマドンナに抱えられてリクエスト完了の報告に出向く。
一日の労働、依頼を終えて、疲労を抱えつつ今日の稼ぎに思いを寄せている冒険者達に喧嘩売ってるような状態だよね。
「野郎、暫く姿が見えないと思ったら……」
「久々に現れたと思ったらレイラさんを……」
「くっそう、俺と代わりやがれ……」
いやいや、ごっつい熊人のおっさんなんて、レイラさんが抱えられる訳ないだろう……ないよね。
それにしてもレイラさん効果は絶大で、自分の後ろに並んでいると気付いた冒険者は全員順番を譲ってくれる。
おかげで待つこともなくジェシカさんの前まで到着できた。
「どうも……」
「おかえりなさいませ、ニャンゴ・エルメール卿、ご用件をお伺いいたします」
リクエストの報告をしようと思ったら、すっと立ち上がったジェシカさんが、腰を折ってお辞儀した後でニッコリと微笑みました。
うん、なんだか目が笑っていない気がする。
「嘘っ、ニャンゴ貴族様になったの?」
「貴族といっても名前だけの名誉騎士ですよ」
ジェシカさんやレイラさんの言葉を聞いて、ギルドの中にどよめきが広がっていく。
「リクエストで受けたラガート子爵家の護衛、完了しましたので報告に来ました」
「はい、承りました。これが名誉騎士様のカードなんですね。初めて見ました」
「ジェシカさんでも初めてなんですか?」
「名誉騎士の冒険者は、もう十年以上いらっしゃらなかったと聞いています。それとも私はそんな昔から働いているように見えますか?」
「い、いえ、そんな事はないですよ」
というか、やっぱり何だか言葉に棘がある気がする。
「はい、リクエスト完了の手続きをいたしました。他に御用はございますか?」
「えっと、王都のお土産があるので、お仕事が終わった後で酒場にいらしてもらえませんか? たぶん、俺は連行されてしまうと思うので……」
「あら、仕方ありませんねぇ……名誉騎士様に誘われたら断れませんよねぇ……」
「で、では、後ほど……」
「はい、承りました」
ジェシカさんは、今度こそニッコリと微笑んでくれた。
「あら、エルメール卿、私にはお土産は無いの?」
「も、勿論忘れてませんよ。大丈夫です」
「それは楽しみねぇ……」
レイラさんは、ジェシカさんに何やら目で合図をすると、俺を抱えたまま酒場に向かって歩きだした。
ナバックさん、すごい綺麗どころがいますけど、もれなく殺意の籠った視線が付いてきますよ。





