新しいカード
シュっとした美人の受付嬢に案内された応接室で待っていたのは、40代後半ぐらいに見える灰色狼人の男性だった。
まとっている雰囲気や身のこなしからして、只者ではないと分かる。
「王都の冒険者ギルドへようこそ、エルメール卿。ギルドマスターを務めているベートルスと申します」
ベートルスは芝居掛かった動きで、優雅に右腕を回してから胸にあてて頭を下げたが、上目遣いの鋭い視線は俺を捉えたままだった。
「初めまして、イブーロギルド所属のニャンゴと申します」
こちらもキッチリと頭を下げながら、視線はベートルスから離さない。
一見すると友好的な挨拶を交わしているようだが、ヒゲのビリビリが止まらない。
「さすがは第五王女様お気に入りの名誉騎士様、四人も護衛を連れておいでですか」
「えっ? 違いますよ、オラシオはアツーカ村で共に育った幼馴染で、『巣立ちの儀』でスカウトされて王国騎士の見習い中です。今日は久しぶりに会って、この後は王都の街で遊ぼうと思ってます。他の三人はオラシオと同室の騎士見習いですよ」
「護衛ではないのですか」
「はい、守りに関しては、この四人に頼るまでもないです」
「ほぅ……さすがは200人以上の死者を出した戦場で、第五王女に毛筋ほどの怪我も負わせなかった『不落』のエルメール卿、たいした自信ですな」
「そうですね、でも過度の謙遜は時には失礼でしょう」
ベートルスは、俺の瞳をジッと覗き込んだ後、ふっと表情を緩めてみせた。
「試すような真似をして失礼いたしました。どうぞお掛けになって下さい」
「ふぅ……あまりイジメないでもらえますか。最近は王族や貴族の方々にオモチャにされて大変なんですから」
「はっはっはっ、さすがは国王様が目を付けるだけのことはある。どうです、王都のギルドに移籍しませんか?」
「大変ありがたいお誘いですが、今はまだイブーロから動く気はありませんよ」
「今は……ということは、いずれは考える……かもしれない?」
「そうですね、先のことまでは分かりません」
ベートルスは、オラシオ達にも席を勧め、受付嬢にお茶を淹れるように指示した。
四人ともガチガチに緊張していて、操り人形みたいな動きになっている。
「さて、エルメール卿。本日ご足労頂いたのは、こちらのカードをお渡しして、それに関わる説明をいたすためです」
一度席を立ったベートルスが、銀のトレイに載せて持って来たのは、翼を持つ獅子の紋章が刻まれたギルドカードだった。
「これは……王家の紋章では?」
「そうです。こちらは名誉騎士のための特別なギルドカードとなります。こちらに改めてエルメール卿の魔力パターンと血液を登録させていただきます」
そう言うと、ベートルスは再び席を立って、こんどは水晶球の魔道具をテーブルの上に置いた。
イブーロのギルドでも見た、属性と魔力指数を測る魔道具だろう。
二年前に測った時には、確か魔力指数は32しかなかった。
あれからゴブリンの心臓を食べ、オークの心臓を食べ、魔法を使いまくってきた今、どこまで魔力指数が上がったのか興味がある。
ベートルスに促されて右手を載せると、水晶球は強い水色の光を放った。
「空属性……魔力指数は957ですか」
しまった……こんなに数値が上がっていたら、魔物の心臓を食べたのがバレバレだ。
ベートルスが浮かべた意味深な笑みは、気付いているぞと言われているかのようだ。
「では、こちらに針を使って血を一滴お願いいたします」
登録のやり方は、通常のギルドカードと同様で、魔道具に情報を読み取らせれば完了だ。
「こちらのカードは、くれぐれも紛失しないようにお願いいたします……と言っても、ここに来ていただければ再発行いたしますし、イブーロのギルドでも通常のカードならば再発行可能なので、あまり心配しないで結構です」
「でも、さすがに王家の紋章入りのカードは無くせませんよね」
「まぁ、そうですが、もし拾った者が悪用すれば、捕まれば死罪です」
「えっ、俺もですか?」
「いえいえ、悪用した者が……です」
「ふぅ……でも、無くさないように気をつけます」
ドキっとさせられたので、少し冷めたお茶で喉を潤した。
「説明は、それだけでしょうか?」
「いえ、まだありますよ。エルメール卿の口座には、王家から今回の働きに対する褒賞金として大金貨10枚、更に毎年大金貨10枚が下賜されます」
「はっ? 大金貨……?」
「褒賞金に10枚と毎年10枚ですが、ご不満ですか?」
「と、とんでもない。小遣い程度って子爵様からは伺っていたので、そんなにとは思っていませんでした」
「なるほど……でも子爵様からすると、年に大金貨10枚は小遣い程度の感覚なのでしょう」
大金貨1枚は、日本の金銭感覚だと100万円ぐらいの価値がある。
それが10枚だから、1000万円ぐらいの感覚だ。
「それって、ギルドで依頼を受けなくても貰えるってことですか?」
「そうです。エルメール卿が亡くなられるまでは下賜されます」
「はぁ……なんだか駄目猫人になりそうです」
「いえいえ、その心配は要りませんよ。世間がエルメール卿を放っておきませんよ」
「はぁぁ……それはそれで、遠慮させてもらいたいですね」
「それは無理というものです。最後のお知らせは……Aランクへの昇格おめでとうございます」
「はぁ? この前Bランクに上がったばかりですけど……」
「あれだけの働きをなさったのですから、昇格されても不思議ではありませんよ」
確かに、カードには王家の紋章の他に、Aランクを示す刻印、それにニャンゴ・エルメールと刻まれてある。
このカード、情報量が多すぎじゃないかなぁ……。
カードを用意してもらうついでに、お金を少々下ろし、王都の店についての情報を教えてもらった。
「女性に喜ばれるお土産が買える店と、安くて、美味くて、量がある店ですね。それでしたら……」
さすがギルドマスター、すらすらと候補を3店ずつピックアップして、地図まで書いてくれた。
「ありがとうございます。王都は初めて来たので、右も左も分からないので助かります」
「いいえ、この程度はお安い御用ですよ。阿鼻叫喚の戦場で襲撃者の前に立ちはだかり、姫殿下や貴族の子息を守ったのが冒険者であるエルメール卿だったという話は、このギルドに所属する冒険者にも伝わっています。同じ冒険者、しかも申し上げにくいが猫人の冒険者が騎士達にも出来ない活躍をしてみせた。どれほどの刺激になっていることか。エルメール卿、あなたは澱んでいた王都のギルドに鮮烈な風を吹き込んでくれた。本当に感謝しています、ありがとうございました。益々の活躍をお祈りしております」
「ありがとうございます」
ベートルスとガッチリ握手を交わして応接室を後にする。
イブーロのギルドマスター、コルドバスとは全く違う冷静沈着なタイプだったが、やはり王都のギルドを仕切るだけの懐の深さを感じる人物だった。
応接室を出て、また目線に合わせるようにステップを使って歩くと、オラシオにジーっと無言で見つめられた。
「どうかしたのか?」
「ニャンゴが凄く大人になっていて、置いていかれてるような気がする」
「ふふーん、これでも結構苦労してきたんだぞ。昨日の夜まで、こっちの目は潰れて見えなくなってたんだぜ」
「えっ、嘘っ……何ともなってないよ」
「そりゃそうさ。エルメリーヌ姫が、光属性の治癒魔法で治してくれたんだ」
「えー……ニャンゴ、さすがにそれは嘘でしょう」
「馬鹿、嘘なんかじゃないぞ。まぁ、すぐに分かるよ。姫様の治癒魔法の凄さは、王都どころか国中に知られるようになるはずだ」
「はぁ……やっぱりニャンゴが、遠くに行っちゃった気がするよ」
「なに言ってんだよ、わざわざ遠くから近くに来たんだぞ。ほれ、ほれほれ、手が届く距離だぞ」
オラシオが、いじけたような顔をしているから、頬っぺたをウリウリと突いてやった。
「もう、やめてよ、ニャンゴ」
「やめて欲しけりゃ、湿気た顔してんな。よし、オラシオ、お土産買ったら、美味い飯を食いに行くぞ!」
「うん、行こう」
ロビーを抜けて出口に向かおうとしたら、虎人とヒョウ人の二人組が行く手を遮るように立ち塞がった。
まったく、王都でもこんな奴がいるんだね。
というか『巣立ちの儀』の騒動で名前を売ってしまったから、ある意味当然なのかな。
先に口を開いたのは虎人の男だった。
年齢は俺達よりも五歳ぐらい上だろうか、なかなか鍛えていそうだが、オラシオ達の方が二段も三段も引き締まっている感じだ。
「あんたが、例の襲撃を退けた冒険者なのか?」
「そうですけど、何か?」
「俺とこいつ、どっちでも構わないから手合わせしてくれよ」
「やりませんよ」
「よーし、訓練場はこっち……って、やらねぇのかよ!」
「ぶふっ……」
あまりに自然なノリツッコミに、思わず吹き出してしまった。
「手前、何がおかしい……馬鹿にしてんのか?」
「いや、馬鹿にはしてないけど、俺はこれから王都見物に出掛けるから、手合わせとかしないから」
「手前、恐れをなして逃げる気かよ」
「別に恐れてなんかいないけど、面倒なだけ……じゃあ」
「手前……うぇっ、なんだこれ、何しやがった!」
「うぉい、出られないぞ、どうなってんだ!」
面倒なので、二人とも空属性魔法の壁で囲って動けないようにした。
ジゼルの一撃を完封した時のような、全力のシールドではないが、それなりの厚さで撓るように作ってあるから素手で割るのは無理だろう。
「ニャンゴ、ニャンゴ、どうなってるの?」
「見えない壁で囲ってあるだけだ、後で解除するから大丈夫だよ」
「凄いね、ニャンゴ。あれで姫様達を守ったの?」
「姫様を守ったシールドは、材質も変えて、厚さも変えて、もっと頑丈に作ったやつだ。あの程度の壁を壊せないなら、俺とは勝負にならないよ」
オラシオの友達が、虎人の冒険者を取り囲んで、空属性魔法で作った壁をゴンゴン叩いて確かめている。
年齢こそ自分よりも下でも、体格で上回る騎士見習いに取り囲まれて、虎人の冒険者は顔を引き攣らせていた。
まぁ、俺の王都見物を邪魔しようとした罰だ。
暫く、そこで大人しくしていなさい。





