襲撃が止んで……
結論から言うと、めちゃめちゃ悪目立ちしてしまった。
そもそも今回の『巣立ちの儀』は、エルメリーヌ姫のために開催されていると言っても過言ではない。
王族は勿論、殆どの貴族が顔を揃えているのは、『巣立ちの儀』が終わると本格的に縁談が行われるかららしい。
親同士の取り決めで幼い頃からの許嫁……みたいなものも無いわけではないが、『巣立ちの儀』まで成長を待って縁談を進めるのが王族や貴族の間でも一般的だそうだ。
日本のように医療が進んでいないし、病気で子供が亡くなることも珍しくない。
『巣立ちの儀』を受ける時に健康であれば、その後の成長も大丈夫ということなのだろう。
それに周辺国と緊張状態が続いている時代ならば、王女は他国との政略結婚の道具とされることが多いが、現在のシュレンドル王国は隣国とは良好な関係を保っている。
こうした時には、国内の貴族と縁組が行われるらしい。
王家と血筋が近い貴族を除けば、どの貴族も王家との繋がりを強めたい。
エルメリーヌ姫が『巣立ちの儀』を受けた瞬間から、嫁取りレースの幕が切って落とされるはずだったようだ。
『巣立ちの儀』が終わった後、王城ではお披露目の舞踏会が予定されていた。
そこでは多くの貴族の息子たちが、我こそはと名乗りを上げていたはずだ。
当然『巣立ちの儀』でのエルメリーヌ姫の姿を見ていないようでは、嫁取りレースで大きく出遅れることになる。
そんな嫁取りを目論む貴族達の注目が集まっている中で、エルメリーヌ姫は大混乱の会場に取り残されてしまったのだ。
降り注ぐ石礫、黒尽くめの男達による襲撃、目撃していた貴族達は何度も絶望に目を覆いそうになったそうだ。
ところが、エルメリーヌ姫は傷一つ負うことなく、襲撃した男達は返り討ちにされていく。
近くに居るのは、一緒に儀式を受けるはずだったアイーダとデリック、それに革鎧を身に着けた猫人のみ。
『巣立ちの儀』を受ける前の子供は魔法を使えないのだから、誰がエルメリーヌ姫を守り抜いたのかは一目瞭然だった。
会場の混乱がようやく収まり、エルメリーヌ姫を迎えに来た騎士達は、挨拶もそこそこに俺を握手攻めにした。
「ありがとう、よくぞ姫様を守り抜いてくれた」
「さすがはラガート子爵が選んだ者だ」
どの騎士も身体のデカいゴリゴリのマッチョマンで、それが感情に任せて握手をしてくるのだから、身体強化魔法を使っていなければ手を握り潰されていたかもしれない。
まったく、脳筋連中は加減というものを知らないから困る。
「ニャンゴさん、両親のところまで送って下さいますか?」
「はい、喜んで」
って、答えたのは良いけど、両親といったら国王様と王妃様だよね。
マズいよね、礼儀作法とか全然知らないんだけど、どうしよう……。
応援に来た騎士団によって会場は管理下に置かれ、観客の避難、怪我人の運び出しが行われている。
会場後方の階段の一つと中央を通る通路が、エルメリーヌ姫のために片付けられ、両側は警護の騎士によって固められていた。
避難途中の観客や石舞台に残っていた貴族達、それに警護の騎士達の視線を浴びながら、エルメリーヌ姫を先導する形で歩く。
姫様の後方にアイーダ、それにデリックも騎士に支えられながらも自分の足で歩いている。
階段の手前に差し掛かった辺りで、誰が始めたのか分からないが拍手が起こった。
最初はパラパラと疎らだったが、あっと言う間に広がって会場を包み込んでいく。
反貴族派の襲撃によって『巣立ちの儀』は中止を余儀なくされた。
その中にあって、エルメリーヌ姫の美しい姿こそは王家健在の象徴と捉えられているのだろう。
割れんばかりの拍手の中、階段を上りきって石舞台へと歩み寄る途中で騎士に制止された。
足早に近付いてくる獅子人の偉丈夫を見て、エルメリーヌ姫が俺を追い越していった。
「お父様……」
「おぉ、エルメリーヌ、よくぞ無事で戻った」
国王様の前で、どう振る舞って良いのか分からなかったので、とりあえず跪いて頭を下げておいた。
伏せた視界の中で、国王が歩み寄って来るのが見えた。
「よくぞエルメリーヌを守り通してくれた。顔を上げ、名を申せ」
「はっ、ニャンゴと申します」
「ふむ……なかなかの面構えだ。ニャンゴ、ありがとう。今はこの状態だ、改めて褒美を取らせる」
「はっ、ありがとうございます」
俺が頭を下げて礼を言うと、再び拍手が沸き起こった。
褒美って、何か凄い美味しい物でも食べさせてもらえるのだろうか……などと考えていたら、血相を変えた騎士が駆け込んで来た。
「も、申し上げます! アーネスト殿下の乗られた魔導車が攻撃され……殿下が亡くなられました」
「何だと! 間違いないのか!」
「はっ、確認に確認を重ねましてございます」
「治癒士は……治癒士は間に合わなかったのか!」
「殿下は……アーネスト殿下はバラバラに……」
どうやら第一王子のアーネストは、先に会場を離れていたようだ。
国王を残して、会場警備の責任者が先に逃げるってどうなんだ?
俺達が会場を出るまで時間が掛かっていたが、その間に知らせが届かなかったのは、アーネストの遺体を確認していたのだろう。
それにしても、ここから王城へと戻る道は、粉砕の魔法陣が埋設されていないように調べたはずだ。
それとも、大砲の水平発射を食らったのだろうか。
反貴族派の襲撃によって落ち込んだ雰囲気を無事に戻ったエルメリーヌ姫が和ませた形だったのに、再び重たい空気が圧し掛かって来た。
「今宵の舞踏会は中止とする。『巣立ちの儀』を含め、今後のことは追って知らせる。皆、気をつけて屋敷に戻ってくれ」
国王は集まった貴族達に静かに告げると、エルメリーヌ姫を左腕で抱き寄せ、右手で顔を覆った。
貴族達が頭を下げて見送る中、国王とエルメリーヌ姫、それに王妃と思われる女性は会場を後にする。
「お父様……」
「アイーダ、どこも怪我は無いか」
話し声に気付いて振り向くと、ラガート子爵がアイーダを抱きしめていた。
平民であろうと、貴族であろうと、親子の情愛に違いなどないのだろう。
「ニャンゴ、良くやってくれた。まさかこれほど大規模な襲撃が行われるとは思ってもみなかった。よくぞ姫様と娘を守ってくれた。いくら礼を言っても足りないぐらいだ」
「ご期待に添えられて何よりです。いただいた魔力ポーションのおかげで、最後まで全力を発揮出来ました」
「そうか、念のために準備したのだが正解だったな」
俺と子爵が握手を交わしていると、立派な鎧に身を固めたジャガー人の騎士が歩み寄って来た。
「フレデリック、私からも彼に礼を言わせてくれ」
「あぁ、構わないぞ。ニャンゴ、彼はデリックの父親で、現在の騎士団長だ」
「アンブリス・エスカランテだ。よくぞ姫様とうちの息子を守ってくれた、心から感謝する」
「イブーロの冒険者ニャンゴと申します。申し訳ございません、最初の攻撃を防ぎきれずご子息に怪我を負わせてしまいました」
「何を言う、息子は自分よりも姫様を守らねばならなかったのだ、命が助かっただけでも幸運だ。それに、最初の攻撃の時に素早く姫様を守りに動けていたならば、君が守れていたのではないのか?」
「そうかもしれませんが……」
「気に病む必要など無い。あの状況で、会場にいた全員を守りきるなど誰にも出来なかった。それどころか、君がいなければ姫様も無事でいられたとは思えない。胸を張りたまえ、君は素晴らしい仕事を成し遂げたのだ」
「ありがとうございます」
現騎士団長のエスカランテ侯爵と握手を交わすと、また周囲の人々から拍手が起こった。
その後、何人もの貴族から称賛され握手を求められたが、人数が多すぎて覚えきれなかった。
貴族達の握手攻めから解放されて、子爵たちと屋敷に戻ることになった。
ラガート家の魔導車は、襲撃によって傷こそついたものの無事だった。
そして、御者台には手を振るナバックの姿があった。
「ナバックさん、大丈夫でしたか?」
「あぁ、最初の石礫が降ってきた直後に、こいつの下に潜り込んで震えてたぜ。王都に来る途中の襲撃に続いて、肝が冷えたなぁ……」
両腕で身体を抱えて震えてみせるが、その表情には余裕がありそうだ。
要領が良いし、意外に肝が据わっているので、ナバックみたいな人は今回の襲撃のような混乱した状況でも生き残るような気がする。
屋敷までの帰り道、魔導車の車内でブリジット夫人やカーティス、それにアイーダ本人から礼を言われた。
「それにしても、父上がニャンゴを連れて来てくれなかったら、どうなっていたか……」
「いいや、私の想像以上だった。ただ、道中の襲撃、それに今日の襲撃、我々が無事だったと喜んではいられぬぞ」
「はい、アーネスト殿下まで亡くなられていますから、王家も本腰を入れて反貴族派の対策を進めるでしょうね」
「それだけ、民衆の不満が蓄積しているという事だ。わがラガート領も、これまで以上の改革を進めねばなるまいな」
今日の襲撃を行っていた者達を見ても、人種云々ではなく貧富の格差が問題の根底のような気がする。
貧しくとも肩を寄せ合って平穏に暮らせているならまだしも、貧民街の住民のように虐げられて暮らしている者達は、裕福な者達への不満を募らせているだろう。
その富の象徴こそが王族や貴族の存在、仕組みだと認識された結果が今回のような襲撃に繋がっていると思われる。
俺の頭では良いアイデアが浮かばないし、以前ナバックに言われたように、これこそが王族や貴族が考えるべき問題なのだろう。
子爵達の話を聞いている途中で、エルメリーヌ姫からメダルを借りたままなのを思い出した。
「あの……お話の途中にすみません。姫様からお借りしたメダルを持って来てしまったのですが……」
どうすれば良いのか尋ねようとしたのだが、子爵もカーティスも揃って渋い表情を浮かべている。
「これ、持って来ちゃいけない物なんですか?」
「ニャンゴは知らなかったのだろうし、私も止めそこなってしまったのだが、女性王族がメダルを首に掛けるのは、近衛騎士を任命する方法なのだ」
「えぇぇぇぇ……で、ですが……」
「うむ、通常は『巣立ちの儀』を終えた後、正式な場を設けて任命を行うので、これは正式な任命とは言えないのだが……」
「父上、姫様にしてやられましたね」
「そんな……俺は冒険者には戻れないんですか?」
「国王は改めて褒美を取らせるとおっしゃっていたから、我が家に内示が来るはずだ。その時に私から聞いておくが……まぁ、覚悟はしておけ」
「そんなぁ……」
首から下がったメダルが、急にズシリと重さを増したような気がした。





