大空へ
馬車に揺られること3日、イブーロに帰って来た。
ギルドに馬車を乗り付けて、持ち帰ったワイバーンの素材を買い取ってもらう。
鱗に骨、腱、そして肉。
野営地からイブーロまでの3日間、空属性魔法で冷蔵保存を続けてきたから、他のパーティーとは鮮度が段違いだ。
膨大な買い取り金にリクエストの報酬も加わり、チャリオットは半年ぐらい遊んでいられるほどの利益を得た。
となれば盛大に打ち上げだ。
拠点に戻って汗を流してから着替えて、チャリオット全員でギルドの酒場に戻って来たのだが……瞼が重い。
イブーロまでの道中、ずっと冷蔵用の魔道具とケースを維持してきたから疲れが溜まっているようだ。
ワイバーンを討伐している間も、自分では意識していなかったけど緊張の連続だったようで、そちらの疲労も蓄積していた感じだ。
またしてもレイラさんとジェシカさんに抱えられて、主役の座に座らされたものの、うみゃうみゃ鳴く元気も無く、打ち上げの間ずっと船を漕いでいた。
そのままレイラさんにお持ち帰りされ、半分眠った状態で丸洗いされ、ベッドに連れていかれ、朝まで寝ながら踏み踏みしてたとかいないとか、うにゃうにゃ……。
昼近くまで眠りこけた後、レイラさんとお昼ご飯食べてから拠点に戻った。
今回のワイバーン討伐でガッチリ儲けたチャリオットは、1週間の臨時休暇を取ることとなった。
その間は、のんびり休むも良し、個人で依頼を受けるのも良し、各々自由に過ごして構わないそうだ。
休暇の初日、俺は朝早く拠点を出て、北門を通って街の外に出た。
そのまま歩いて街から離れ、街道を外れて誰もいない草地へと入った。
街の外へと出掛けてきた理由は、新しい魔法の使い方を考えるためだ。
ワイバーンと戦っていて思ったのは、空を飛べる優位性。
討伐を困難にしていた最大の理由は、ワイバーンが空を飛ぶ魔物だからだ。
ジェット戦闘機を連想させるスピードで、自由自在に空を飛ぶ。
おかげで冒険者達の攻撃は、満足にワイバーンに命中すらしなかった。
つまり……俺も空を飛んでみたくなったのだ。
こちらの世界、猫人の身体に転生してから、空を飛んだ経験は一度きり、ゴブリンの心臓を食べてハイになって、空属性のハンググライダーで山の上から麓まで飛んだ時だけだ。
下手をすれば墜落死したかもしれない、今考えても背筋が冷たくなる暴挙だ。
今回は、冷静な精神状態で、安全に配慮して飛ぶつもりだし、目指すのは慣性飛行ではなく動力による飛行だ。
垂直離着陸、水平飛行、オスプレイのような感じをイメージしている。
動力は風の魔道具だが、ドライヤーや布団乾燥機などで毎日のように使っているので、オフロードバイクを作った頃よりも練熟度は増している。
「まずは、浮くことから始めるか……」
魔道具を入れるケースを2つ作って棒で繋ぎ、同じ大きさの風の魔道具を2つ作って設置した。
鉄棒をする時のように、棒の部分をお腹に当てて構える。
ヒュゥゥゥゥゥゥ……っと風が吹き出す音はすれども身体が浮き上がる感じはしない。
「弱すぎるか、もっと強く……にゃぁぁぁぁぁ!」
風の魔道具が小さすぎると思い、大きさを5倍にしてみたら空に打ち上げられてしまった。
慌てて魔道具を消してステップで身体を支えたから良かったが、3階くらいの高さまで一気に放り上げられた格好だ。
「うん、もっと慎重にやらないと駄目だ……」
トライ&エラーを繰り返して、ようやく身体が浮くか浮かないか、ギリギリの線が分かってきたのだが、1個の魔道具では上昇下降の制御が出来そうもない。
「そうか、オフロードバイクの動力みたいにすれば良いのか」
同じく風の魔道具を動力とするオフロードバイクでは、複数の魔道具を増減させて出力をコントロールしている。
あれと同じやり方をすれば、上昇下降が制御できるはずだ。
早速、風の魔道具を重ねる方式に変えたら、上昇速度を制御できるようになったのだが、今度は方向が安定しない。
2つの魔道具を入れたケースを棒で繋いでいるだけなので、ケースが傾くと上昇する方向が前後左右にブレてしまう。
「うーん……なかなか上手くいかないなぁ」
やはり揚力はハンググライダーのような翼に任せて、推進力だけ風の魔道具で作り出した方が楽なのだろうか。
その方が、スピードも出せそうだし、航続距離も伸ばせそうな気がする。
ただし、不安が無い訳ではない。
墜落した場合には死んでしまうかもしれないし、助かっても重篤な後遺症が残る可能性もある。
問題は、高さと速度だろう。
何十メートル、何百メートルの高さから落ちれば即死だし、何百キロの速度で叩き付けられれば即死だ。
「とりあえず、安全策を思い付くまでは、高さも速度もセーブしよう」
とにかく、飛ぶという動作に慣れるまでは、宙に浮かぶ程度で止めておこう。
2個で安定しないならと、魔道具を4個に増やしたら安定感が格段に増した。
空属性魔法で作ってあるから普通の人の目には見えないけど、イメージとしてはクワッドローターのドローンのような感じだ。
ただし、一度に4個の魔道具を増減させなきゃいけないし、合計12個もの魔道具を維持するのはなかなか大変だ。
それと、まだ仮の座席なので、乗っている格好は赤ちゃん用の歩行器のように見えなくもない。
このままドローンスタイルでいくかは未定だが、正式版の座席はバイクスタイルにしよう。
練習を重ねて、安定した上昇と下降は出来るようになったが、ホバリングが難しい。
現状、浮力の調整を魔道具の増減で行っているので、微調整が効かないのだ。
ギリギリ浮かばないレベル、浮き上がるレベル、早く浮き上がるレベルの3段階でしか調整できていない。
「というか、浮くだけで進まないし……改良の余地がありすぎだな」
浮くだけならば、なにも風の魔道具に頼らなくても別の方法がある。
空属性魔法で飛行船を作ってみた。
長さは約6メートル、太さは2メートル弱の胴体の下にバスタブを小さくしたような座席を付けた。
胴体の左右には風の魔道具を納めるケースを取り付けて、推進力と舵の役目を果たさせる。
バスタブ状の座席に座ったら、温度調節の魔道具を使って胴体内部の空気を暖めると、フワフワと浮き上がり始めた。
「おぉぉ、これの方が浮くのに気を使わなくても良いから楽ちんだ」
徐々に高度が上がると、座席が透明だから恐怖感が増していくが、風に流されていくだけでスピードは出ていないので、最悪全部を解除してステップで立てば良い。
緩やかな西風に乗って、飛行船はフワフワと東へ向って飛んで行く。
イブーロの東側には、多くの牧場が点在するカバーネの村がある。
チャリオットのメンバーとしてオークの討伐で訪れているが、空の上から見ると違った景色に見えた。
今はまだ、牧草地は冬枯れの茶色だが、春になれば一面が緑の絨毯になるはずだ。
更に高度を上げていくと、風が南向きに変わった。
飛行船の機首が南を向くと、遠くにブーレ山が見えた。
「おぉ、ワイバーンが見ていた景色はこんな感じなのかな」
空に上がった直後の恐怖感が消えて、フワフワと漂う空の散歩が楽しくなってきた。
高度が上がり過ぎないように、温度調整の魔道具を消して水平飛行に移る。
風に乗って南に進みながら、風の魔道具を使って西に向かって進んでいく。
イブーロから南に向かう街道の上空を横切り、更に西へと進んでいくと湖が見えてきた。
湖の畔に立つ大きな城が、ラガート子爵の居城だそうだ。
お城を見下ろすなんて、不敬だって言われそうだけど、かなり高い所を飛んでいるので気付かれないだろう。
湖の上で舵を切って機首を北へ向ける。
この辺りには、大小いくつもの池が点在していて、魚の養殖などが行われているそうだ。
「マルールが獲れるのは、どこの池だろう……マルール食べたいにゃ」
温度調整の魔道具を消したので、飛行船はゆっくり高度を下げていた。
また緩い西風に乗って東の方向へと流されていく。
このまま飛んでいけば、出発した辺りに戻れそうな気がする。
今日はたまたま風向きに恵まれたのだろうが、飛行船による空の散歩は思っていた以上に楽しかった。
「にゃ? にゃにゃにゃ? 思った以上に速い?」
空の高い所を飛んでいる時には気付かなかったが、思った以上にスピードが出ているようで、眼下の景色がかなりの速度で流れていく。
それに、降下速度も速すぎる気がする。
「バ、バーナー! それに、逆噴射!」
バーナーで胴体の空気を急激に暖め、風の魔道具を前方に向けて逆噴射して速度を落とすが、ぐんぐん地面が迫って来る。
「みゃみゃぁ! 落ちるぅ……脱出!」
このままでは地面に叩き付けられそうなので、高さ30メートルぐらいで飛行船を解除して、風の魔道具のドローンに乗り換えて急速上昇を試みる。
「上がれ、上がれぇぇぇぇぇ! 駄目にゃ、エアバッグ!」
フルアーマーを着込んでエアバックに突っ込むと、ボフっという音と共に衝撃が和らげられたが、それでもコロコロと草地を転がる羽目になった。
ブロンズウルフの一撃を受け止めるために作ったエアバッグが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
やっぱり、空の散歩を楽しむためには、パラシュートを用意した方が良いかもしれない。





