里帰り
12月の上旬、俺はアツーカ村に向かう馬車の御者台に座っていた。
いや正確に言うと、座っているのはシューレの膝の上だ。
チャリオットのみんなに里帰りの相談をすると、予定しているオークの討伐依頼が終わった後なら構わないと、馬車も貸してもらえた。
御者はガドに頼んだのだが、私がやるとシューレが名乗り出て現在に至っている。
「ニャンゴはポカポカだし、お尻の下にはクッション、風除けまで付いて至れり尽くせりだわ」
御者をやってもらうのだから、空属性魔法で出来るだけ快適な道中になるように配慮しているし、俺を独り占め出来るからシューレはご機嫌だ。
馬車の荷台には、カリサ婆ちゃん、ゼオルさん、家族へのお土産、それと兄貴が乗っている。
最初、兄貴はアツーカ行きを渋っていたが、元気な姿を見せておけばお袋も安心すると説得して連れて来た。
その兄貴だが、馬車の荷台で土を捏ねている。
陶器工房の職人達が、見事な手際で土を円盤状に固めて積み込んでいたのを見て、兄貴も造形技術を磨けば職種に幅が広がるのではと考えた。
そこで、土を使って魔法陣を作れないか試させたのだが、結果から言うと兄貴はかなり不器用だった。
魔法陣どころか、円盤を作ることすら上手くいかず、外周はガタガタで厚さも不揃いという状態だ。
元々が不器用なのか、それとも巣立ちの儀が終わった後、5年以上も殆ど魔法を使わなかったせいなのかは分からない。
同じ土属性のガドに円盤を作ってもらったら、お世辞にも良い出来ではなかったので、やはり造形に関する慣れや習熟度の影響は大きい気がする。
そこで兄貴は、拠点の前庭の地均しと並行して、造形の練習を始めた。
全ての魔法陣は、円が基本となっているので、まずは綺麗な円盤を作ることから始めて、それが出来るようになったら円盤の中に同心円を刻むようにする。
模様を作れるようになるまで、どの程度の時間が掛かるか分からないし、土で魔法陣を形作っても刻印魔法は発動しない。
魔法を発動させる魔素は、空気中には多く含まれているが、土の中にはあまり含まれていないらしい。
魔石を粉にして混ぜれば、もしかしたら刻印魔法が発動するかもしれないが、コスト的にはメリットがない。
他の活用方法としては、魔物の牙や角、骨など魔力を通しやすい素材を粉にして土と混ぜ、魔法陣の形に固めれば魔道具として活用出来る……かもしれない。
現在、一般的に使われている魔道具は、石版などに魔法陣を刻み、そこに魔力を通しやすい素材の粉を詰めて固めた物が一般的だ。
土を混ぜてしまうと、魔道具としての効率が落ちそうな気がするし、素材の粉だけだと土属性の魔法で形作れるのか、形作れたとして固められるのかなど色々と未知数でもある。
まぁ、当面はネズミの穴塞ぎをメインにして仕事をしながら、色々と試してもらうしかなさそうだ。
馬車は、軽快に北の街道を進んで行く。
普段は、ここに身体の大きな男が3人と大盾や鎧などの装備、そして討伐の帰りにはオークを積んでいたりするが、今日は人数も荷物も少ないから馬車自体が軽いのだ。
昼前にはキダイ村を通過して、日が傾き始める頃にはアツーカ村に辿り着いた。
帰りたくないなんて言っていた兄貴だったが、村の近くまで来ると御者台の後ろに立って、ずーっと道の先を眺めていた。
村に入った後、本当なら村長の家を最初に訊ねて挨拶すべきだろうけど、先に寄り道をしてもらった。
「婆ちゃん、いる?」
「ニャンゴ、ニャンゴなのかい!」
裏口から声を掛けると、奥からカリサ婆ちゃんが飛び出して来た。
「婆ちゃん、ただいま」
「あぁ、ニャンゴ、ニャンゴ……」
カリサ婆ちゃんは、俺を抱きしめたまま声を詰まらせた。
「立派になった、立派になったよぉ……」
「何言ってんだよ、婆ちゃん。まだ村を出てから2ヶ月しか経ってないんだ、そんなに急に立派になったりするもんか」
「いいや、そんなことない。そんなことないさ、私には分かるよ。ちゃんとイブーロで居場所を築いて、胸を張って戻って来たんだろう」
確かにカリサ婆ちゃんの言う通り、家族が冬を楽に越せるように仕送りを持って来るのが目的だけど、今の俺を見て欲しいという気持ちもある。
兄貴が村に戻りたがらなかったのは、その逆の気持ちがあるからなのだろう。
「ニャンゴ、そちらの人は?」
「ニャンゴの嫁、シューレです……」
「ほぇぇぇ、あんた嫁まで見つけてきたのかい!」
「婆ちゃん、冗談に決まってるだろう。シューレはパーティーの同僚だよ」
「なんだい、驚かさないでおくれよ。短い寿命が縮まっちまうよ」
「別に本当でも良いのに……」
「はいはい、冗談はそのくらいにして、お土産を降ろすの手伝って」
「むぅ、ニャンゴのいけず……」
ふかふかの布団、厚手のセーター、小麦粉、塩、砂糖、ハチミツ、ドライソーセージ、チーズ、茶葉、イブーロで流行っている焼き菓子……婆ちゃんが春まで困らないように、お土産をどっさり降ろした。
「こんなにいっぱい貰えないよ」
「いいの、いいの、次は雪が解ける頃まで戻って来られないからさ」
「まったく、こんな婆のためにお金を使わず、自分のために使いなよ」
「いいの、いいの、俺が使いたいように使ってるんだから、これでいいの」
呆れるカリサ婆ちゃんに、2、3日村に泊まるから、またゆっくり顔を出すからと言って、村長の家に向かった。
村長に挨拶をして、焼き菓子と茶葉を渡して、滞在する間馬車と馬を置かせてもらうことにした。
「おぅ、帰ってきたな……」
「ご無沙汰してます、ゼオルさん」
「そっちは、チャリオットのメンバーか?」
「私は、ニャンゴの嫁……」
「嫁だとぉ!」
シューレの冗談にゼオルさんは目を剥いて驚いていた。
俺とシューレじゃ、どうやったって釣り合わないのに、みんな簡単に信じるもんだねぇ。
「ゼオルさん、冗談に決まってるでしょう。驚き過ぎですよ」
「お、おぅ、そうか……かなりの腕利きみたいだな」
「試してみる……?」
シューレもゼオルさんの身のこなしを見て取ったのか、少しやる気になっている。
「そうしたいところだが、明日はゴブリンのねぐらを叩きに行くからな、また今度だ」
「ゼオルさん、俺も行きますよ」
「日当は払えねぇぞ……」
「要りませんよ。それに試してみたいこともありますから」
「ほほぉ……それじゃあ、お手並み拝見といくか」
ゼオルさんには、茶葉3種類と新しい旅行記を2冊プレゼントした。
一番最後になったが、実家に馬車で乗り着ける。
約2ヶ月ぶりの我が家だけど、何と言うかみすぼらしい。
良く考えたら、シューレが今夜寝る場所があるだろうか。
「ただいま」
「ニャンゴ、お前何しに帰って来やがった」
「はぁ……親父、冬越し用の仕送りは要らないのか?」
「何だと、お前、それを早く言え。どこだ、どこに……」
不機嫌そのものといった顔で出迎えたくせに、仕送りと聞いた途端に媚びるような表情になる。
自分の親父ながら情けなくなるな。
その上、玄関から入ってきたシューレに見下ろされると、ビクっと身体を震わせて固まっていやがる。
「ニャ、ニャンゴ……こちらの方は?」
「ニャンゴのよ……」
「パーティーの同僚のシューレだよ。御者をやってくれたんだ」
「そ、そうなのか……どうも、ニャンゴの父です」
基本的にうちの親父は、自分よりも体格の良い人には弱いのだが、初対面となるとそれに拍車が掛かる。
更に、シューレが持つ武芸者としての雰囲気に気圧されているのだろう。
ちなみに一番上の兄貴は、部屋の隅から様子を窺っていて、俺が家に入ってから一言も口を利いていない。
チラチラと俺とシューレを見比べているだけで、人見知りにも程があるだろう。
「ニャンゴなのかい、おかえり……」
内職をしていた奥の部屋から出て来たお袋も、シューレの姿を見て固まっている。
うん、俺の家族は駄目すぎるな。
「ただいま、シューレは同じパーティーのメンバーでBランクの冒険者だよ」
「シューレです。不束者ですが、どうぞよろしく……」
「は、はい……ニャンゴの母です、よろしくお願いします」
シューレが、私が御者をやると言い出した時には、どうしようかと思ったのだが、この場にガドが来ていたら更にカオスな状況になっていただろう。
ある意味、これでも正解だったのかもしれない。
「た、ただいま……」
「フォークス、お前、これまで手紙の一つもよこさないで、今まで何やってやがった」
「うるさいな……色々あったんだよ……」
「色々って、お前……」
「親父、仕送りの品物が一杯あるから、降ろすの手伝ってくれよ。小麦粉も、塩も、砂糖も、新しい布団もあるぞ」
「な、何ぃ……布団だと」
まったく、現金過ぎて我が親ながら嫌になる。
というか、布団を馬車から降ろしたら、俺やシューレをほったらかしにして、家族全員が布団に夢中とか情けない。
布団にゴロゴロと転がって、うっとりしているお袋や姉貴を見て、シューレが両手をワキワキしているけど、見なかったことにしよう。





