出口解放クエスト達成してた
治療を終えたあと、俺たちは焚き火を囲んで簡単な情報交換をした。
ガイルとミーナは、元々四人パーティでこの初心者ダンジョンに来ていたらしい。
新人の同行訓練、みたいな感じだ。
「いや、名前は初心者ダンジョンなんだけどな……内部は全然初心者向けじゃないんだよ……」
俺がそう言うと、ガイルも苦笑した。
「同感だ。
で、その途中で、妙な魔法陣を踏んでしまった。
次の瞬間、視界が歪んで――気づけばここだ」
「他のメンバーは?」
「……分からない」
ガイルは拳を握りしめる。
「同じ場所に飛ばされた気配はなかった。みんな、無事だといいが……」
ミーナが小さくうなずき、目を伏せる。
その肩に、クリムがちょこんと乗って慰めるようにふわふわする。
「……で、お前はずっとここで生活してたのか?」
「まぁ、な。
出口探しながら素材集めて、ポーション作って、魔物に懐かれて、飯食って寝て。
気づいたら“変な森のポーション屋”みたいになってた」
ガイルは感心したように口を開いた。
「すごいな……普通の冒険者なら、とっくに心折れてるぞ」
「折れかけたけど、たぶん俺、根が雑なんだと思う。
『生きてるし、飯うまいし、とりあえず今日もポーション作るか』で誤魔化してたら、そのまま」
ミーナがくすりと笑う。
「ふふ……でも、そのおかげで……私たちは助かったんですね……。
“疲れた身体には、やっぱりこれ”って感じです……」
そう言って、ミーナは俺が渡した温めポーションを、少しずつ大事そうに飲んだ。
まさか自分の口癖が、人の口から返ってくるとは思わなかった。
なんだろう。ちょっと気恥ずかしい。
「……まぁ、そういうことだ。
ここにいる間くらい、うちの“疲れた身体にはやっぱりこれシリーズ”を好きに試してくれていいぞ」
「シリーズ化してたのか……」
ガイルが呆れたように笑い、それから真顔になった。
「なぁ。出口を探すなら――一緒に行かないか?」
その提案は、予想していたようで、していなかった。
俺は一瞬だけ迷った。
ここでの生活は、思ったより悪くない。
クリムやルゥとのんびり過ごす日々も嫌いじゃない。
でも、やっぱり、いつかは外に出なきゃいけない。
街に戻って、ギルドに報告して、この階層の情報を共有して。
そして、ちゃんとしたベッドで寝てみたい。
「……そうだな。
そろそろ、俺も“ポーション作りは自分のためだけ”って言ってられなくなってきたし」
「?」
「出口を見つけたら、街でポーション屋をやろうと思う。
そのためにも、ここで培ったレシピを誰かに役立ててもらわないとな」
そう言うと、ガイルが嬉しそうに笑った。
「お前みたいな錬金術師が街にいたら、冒険者たち、大喜びだぞ。
疲れた身体を引きずってギルドに戻るたびに、『あいつのポーション、まだ在庫あるか?』って聞く奴が絶対出る」
「……悪くないな、それ」
ミーナも、にこりと微笑んだ。
「私も……きっと通います。
“雨の日だるいポーション”とか、“眠れない夜用ポーション”とか……」
「名前のセンスはさておき、効果は保証する」
そんなふうに笑い合っていると、入口のほうからルゥの低い唸り声がした。
俺たちは一斉にそちらを向いた。
「魔物か?」
「いや、違う」
俺は立ち上がり、雨上がりの外に一歩踏み出した。
空は少しだけ明るくなり、雲の切れ間から淡い光が差し込んでいる。
草にはまだ水滴が残り、きらきらと光を反射していた。
少し離れたところに、石碑のようなものが立っていた。
昨日までは、なかったはずだ。
「……あれだな。たぶん、出口の鍵」
石碑の表面には、ぼんやりと魔法陣のような紋様が浮かんでいる。
そして、その中心には、見覚えのある形――
俺が最初に踏んだ転送トラップの紋様と、どこか似ていた。
ガイルが息をのむ。
「これ……俺たちが来る前にはなかった。
ひょっとして、お前が……」
「え、俺?」
「お前がこの階層で倒した魔物とか、ダンジョンに吸収された素材とか……それが一定量たまって、ようやく“出口条件”が満たされたとか、そういう……」
「……マジか。
俺、知らないうちに“出口解放クエスト”クリアしてたの?」
ゲームだったら、画面の端っこにちっちゃく“実績解除”って出てるタイプのやつだ。
クリムが俺の肩にぴょんと飛び乗り、ルゥが足元に寄り添う。
二匹とも、不安そうというより、どこか分かっているような顔をしている。
「お前らも、もしかして、ここから出られるのか?」
問いかけても、返ってくるのは「きゅぅ」と「わふ」の二重奏だけだ。
それでも、ルゥの尻尾はゆっくりと左右に揺れ、クリムは俺の頬にふわっと頬ずりしてきた。
「……一緒に行こう。
出口の向こうが街じゃなくて、また別の変な階層でも、そのときはそのときだ」
ガイルとミーナも立ち上がる。
ミーナの足はまだ完全ではないが、歩ける程度には回復している。
「行こう。
今度こそ、元のダンジョンに戻って、ここから脱出する」
俺たちは四人と二匹で、石碑の前に立った。
表面の紋様に、手をかざす。
――ぽう、と光が広がる。
空が震え、足元がじんと痺れる。
視界が少しずつ白く塗りつぶされていく。
その瞬間、俺はふと、拠点のほうを振り返った。
岩場の庇、焚き火の跡、草で作った簡易マット。
素材置き場だった岩棚。
ここで何十回も作ったポーションの空き瓶たち。
「……意外と、悪くない日々だったな」
クリムが肩で小さく鳴き、ルゥが足に顔を押し付けてくる。
俺は笑った。
「よし、帰ったら忙しくなるぞ。
今まで“自分のためだけ”に作ってたポーション、これからは他人のためにも作らないといけない」
そして何より。
疲れた身体を引きずって店に来る冒険者たちに、胸を張って言ってやるのだ。
――“疲れた身体には、やっぱりこれ”って。
白い光が、すべてを包み込んだ。




