もっと早く教えてほしかった…
近づくにつれて、状況がはっきりしてきた。
一人は背の高い男、もう一人は小柄な女性。
女性の足には深い傷があり、血が広がっている。
男は彼女を支えながら歩いているが、こちらもボロボロで、肩に矢が刺さっていた。
「おーい! そこの二人!」
俺が叫ぶと、男がビクリと肩を震わせた。
ぎろり、とこちらを振り向く。
「ま、魔物か……?」
「失礼な。人間だ」
俺は両手を上げて見せながら近づいた。
「怪しい者じゃない。いや、こういう時に名乗らないやつのほうが怪しいって聞いたことあるな。えーと、俺はただの錬金術師で、今は訳あってここで半自給自足生活してるんだ」
「……は?」
男の顔に「何言ってんだこいつ」という文字が浮かぶ。
説明は後だ。
「とりあえず、彼女の足を見せてくれ。止血と治療、手伝う」
「た、助けてくれるのか?」
男の表情に、かすかな希望が灯る。
俺は頷いた。
「そっちの状態もな。肩の矢はこのままだとまずい」
二人をくぼ地の拠点に案内すると、ルゥが警戒の唸り声をあげた。
クリムは男の背中から滴る血に目を丸くしている。
「大丈夫だ。味方だ。たぶん」
「たぶん、で言うな……」
男がうめくが、足元はふらついている。
俺は彼を岩場の中へ座らせ、女のほうを横たえた。
「まずは彼女からだな。名前は?」
「ミーナだ……俺はガイル。中級パーティ“風切りの刃”の……いや、今は二人しか残っていないが……」
「事情はあとで聞く。ミーナさん、意識は?」
「……う、ん……」
ミーナと呼ばれた女性は、薄く目を開けた。
顔色は悪いが、意識はまだあるようだ。
「ごめんね、今からちょっと痛いことするけど、悪く思うなよ」
俺は傷口を確認し、汚れを水で流してから、止血用のポーションを傷に直接垂らした。
じゅわっと淡い光が広がり、血の流れがゆるくなっていく。
次に、回復ポーションを薄めたものを傷口全体にかけていく。
ミーナの身体がびくんと震えた。
だが、数秒後には呼吸が楽になったのか、顔から強張りが消えていく。
「すごい……ポーションを直接……?」
ガイルが驚いたように呟く。
「本当は包帯とかもあったほうがいいけど、ここじゃ贅沢言ってられないからな。あとで布を裂いて巻いとく」
応急処置を終え、次はガイルの番だ。
肩に刺さった矢を見て、俺は小さくため息をついた。
「……けっこう深いな。抜くぞ。叫んでもいいから動くな」
「……あぁ、頼む」
矢の周囲を消毒用ポーションで濡らし、一気に引き抜く。
ガイルが短く悲鳴をあげた。
すぐさま止血ポーションをかけ、回復ポーションを飲ませる。
数分後、ガイルは荒い息をつきながらも、なんとか笑みを浮かべた。
「助かった……本当に助かった……」
「礼は、あとで。こっちも久しぶりの人間相手だからな。興奮してる」
「久しぶりの……?」
ガイルが首をかしげる。
「お前、ここでどれだけ過ごしてるんだ?」
「えーと、日数? 正直、覚えてない」
最初のころは数えていたが、四季がぐるぐる巡るせいで感覚がおかしくなって、途中で諦めた。
「初心者ダンジョンでソロ挑戦してたら、変な転送トラップ踏んで、ここに飛ばされてな。
気づいたら外みたいな場所で、空はあるし、草原はあるし、魔物はいるし、ついでに飯も素材もそこそこ手にはいるし……」
ガイルは目を丸くした。
「お前も……“あのトラップ”か」
「あのトラップ?」
「ギルドで噂程度に聞いていた。ごく低確率で発動する“転送バグ階層”だとかなんとか……。
初心者ダンジョンのくせに、一部だけ狂った仕様があるらしいって話だったが、本当に……」
「おい、それ、もっと早く教えてほしかったな」
「俺も初めてだ……」
二人でため息をついていると、ミーナが薄く笑った。
「でも……あなたが、いてくれて……よかったです……。クリムちゃんたちも……」
いつのまにか、クリムはミーナの横に寄り添い、ルゥは入口付近で外の様子を窺いながらも、ちらちらとこちらを気にしている。
ミーナがそっと手を伸ばすと、クリムは少しビクッとしたあと、おそるおそる手のひらに頬をすり寄せた。
「……かわいい……」
「だろ?」
俺はちょっとだけ誇らしく胸を張った。
別に俺が産んだわけではないが。




