……人、か?
そんなある日のことだ。
朝からしとしと雨が降っていた。
青空は雲に隠れ、世界はわずかに白く滲んでいる。
土の匂いが濃くなり、草はしっとりと濡れて、足跡が付きやすい。
雨音は、岩場の庇を叩いてぽつぽつとリズムを奏でている。
「……これは、出歩くのちょっと面倒だな」
拠点の奥で、クリムが丸まり、もふもふの毛をふくらませている。
ルゥは入口付近で番犬モードだが、たまに足を振って水滴を飛ばしているあたり、やっぱり濡れるのは嫌らしい。
こたつが欲しい。
いや、ここにはこたつどころか布団もないが。
「まぁ、雨の日は雨の日で、室内作業日だな」
俺は集めておいた素材を広げ、せっせと調合を始める。
今日作るのは、“雨の日のだるさ対策ポーション”。
気圧の変化(ダンジョンの中に気圧があるのかは謎だが)、気温の低さ、身体の冷え。
そういうものに効くように、温め系のハーブを多めに入れる。
湯気の立つ小さな鍋の中で、薬草が踊る。
立ち上る香りはスパイスっぽくて、どこか懐かしい。
「よし、試作品一号完成」
小瓶に注ぎ、自分でひと口。
舌にピリッと刺激が走り、喉が温かくなる。
それがゆっくりと胃へ落ちていき、そこから全身にじわじわと広がっていく。
「……おお、これも悪くない」
身体の芯が温まる感覚は、雨の日特有のかったるさを吹き飛ばしてくれる。
これも“疲れた身体にはやっぱりこれ”リストに入れておこう。
「クリム、お前も少し飲むか? 体小さいから一滴だけな」
スプーンにほんの一滴だけ垂らして差し出すと、クリムは慎重にぺろり。
そのあと、ほわーっとした顔になって、ルゥの背中にべちゃっと倒れ込んだ。
ルゥは「またか」という顔をしながらも、器用にクリムを背中に乗せて動かないようにしてやっている。
この二匹、思っていたより仲がいい。
「……平和だなぁ」
雨音を聞きながら、俺は湯気の立つポーションを片手に、岩場の外を眺めた。
しとしと降る雨の中、遠くを何かが動くのが見えた。
最初はまた別の魔物かと思った。
だが、よく目を凝らすと、そこに見えたのは――
「……人、か?」
草原の中を、二つの人影がふらふらと歩いている。
片方はもう片方を支えるようにしていて、まっすぐ歩けていない。
「おいおい、マジか……!」
俺は慌ててポーション棚(と言っても岩の出っ張りに並べているだけだが)から、基本回復ポーションと止血系ポーションを掴み取った。
「クリム、ルゥ、留守番! 変なの来たら吠えとけ!」
そう叫んで、雨の中へ飛び出した。




