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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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笑い茸は最後の手段

店の扉がカラン、と鳴いた。


入ってきたのは、

ちゃんと身だしなみも整ってるのに、

どこか“置いてきたもの”がありそうな女性だった。


クリムが「きゅ?」と首を傾げ、

ルゥは静かに距離を詰めて、様子を見る。


女性はカウンターの前で立ち止まり、少し迷ってから言った。


「最近、心から笑ってないんですよ……

笑えるポーション、ください」


俺は一瞬だけ考えて、棚の奥を指した。


「ちょうど笑い茸あるけど、食べる?」


「わぁ。実力行使!!」


即ツッコミ。

よし、反射は生きてる。


クリム「きゅ(まだ大丈夫)」

ルゥ「わふ(今のは笑った)」


「冗談だ。

あれは“勝手に笑う”だけで、

笑ったあと虚無が来る」


女性は苦笑した。


「……それ、余計つらそう」


「だろ。

笑えてない時に、無理やり笑うと

“自分だけ取り残された感じ”になる」


女性はカウンターに指を置いたまま、ぽつりと言う。


「前は、もっとどうでもいいことで笑ってたんです。

誰かの言い間違いとか、

道で転びそうになった人見て慌てたり……

最近は、何も引っかからなくて」


「忙しい?」

「はい」

「気を張ってる?」

「……ずっと」


はい、本質出た。


「笑えない原因はな、

感情じゃなくて余裕不足だ」


女性は目を伏せた。


「笑う元気がない、ってことですね」


「近い。

正確には“笑っていい状態じゃない”と

身体が判断してる」


俺は棚から小瓶を三つ出して、並べた。


「笑わせる薬は出さねぇ。

代わりに、順番にいくぞ」


最初の一本を指で軽く叩く。


「これは“表情のこわばり”を取るやつだ。

作り笑いを上手くするためじゃない。

笑わなくても、顔が楽になる」


女性は小さく頷いた。


「顔、固まってる自覚あります……」


「あるだろうな」


次の瓶を並べる。


「二本目は、

頭の中でずっと回ってる“ちゃんとしなきゃ”を

少しだけ静かにする」


女性は思わず息を吐いた。


「……それ、ずっと鳴ってます」


「だろ。

笑いはな、

監視役がうるさいと出てこねぇ」


クリムが女性の手をちょんと叩く。

「きゅ」

“監視役うるさい”がツボだったらしい。


最後の一本。


「これは、

日常で“引っかかり”が戻りやすくなるやつだ」


「引っかかり……?」


「面白い、までは行かなくていい。

“あ、今ちょっと良かったな”って

引っかかる余白を作る」


ルゥが低く「わふ」と鳴く。

“それで十分”の合図だ。


女性は三本を見比べて、少し考えてから言った。


「……笑えなくても、いいんですね」


「いい。

笑えない時期ってのはな、

心が壊れないよう踏ん張ってる期間だ」


女性の目が、わずかに揺れた。


「……じゃあ私、

ちゃんと踏ん張れてたんですね」


「ああ。

笑えない自分を責めてたなら、

それは二重で消耗してる」


女性は小さく、でも確かに息を緩めた。


「……今日、

ここ来てよかったです」


「それは何よりだ」


瓶を渡しながら、俺は付け足す。


「笑い茸はな、

“もう大丈夫になってから”食え。

その時は、ちゃんと笑える」


女性は、ほんの少しだけ口角を上げた。


「……その時、

また来ます」


「おう。

笑えなくても営業妨害じゃねぇからな」


扉が閉まる。


俺は棚を整えながら、ぼそっと言った。


「……人が笑う前って、

大体一回、力抜くんだよな」


クリム「きゅ(そうそう)」

ルゥ「わふ(急がなくていい)」


この店でクスッと笑えたなら、

それで今日は十分だ。


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