聖女はポーションで量産できない
店の扉がカラン、とやけに軽い音を立てた。
入ってきたのは、
目を真っ赤に腫らした若い女性。
入った瞬間から感情が決壊していて、
クリムが「きゅ!?」と慌てて肩にしがみつき、
ルゥは状況を察してそっと距離を詰めた。
女性はカウンターに突っ伏し、叫ぶ。
「召喚された聖女を愛してしまった!とか言って!
いきなり!婚約破棄されたんです!!」
……。
俺は一瞬、言葉を探してから、正直に言った。
「……それは、キツいな」
「でしょ!?
三年ですよ!? 三年!!
幼い頃から将来の話して!
家族にも挨拶して!
なのに突然“使命に目覚めた”とか言って!!」
声が裏返る。
「うぇーん……!
私も性女! 違う!!
聖女になるー!!
ください!!
なれるポーション!!」
店内が一瞬、静まり返った。
クリム「きゅ……」
ルゥ「わふ……(落ち着け)」
俺は額を押さえた。
「まず一つ訂正だ。
性女と聖女はだいぶ違う。
あと、聖女は“なろうとしてなる職業”じゃねぇ」
女性は顔を上げ、涙目で睨む。
「でも!!
あの人、“聖女だから仕方ない”って!!
だったら私も聖女になれば、
捨てられなかったってことですよね!?」
……ああ。
これは“肩書き”に負けたんじゃない。
理不尽に置いていかれた痛みだ。
俺は椅子を引いて、座るよう促す。
「いいか。
まずは落ち着け。
聖女になるポーションは——」
一拍置いて、はっきり言う。
「存在しない」
女性の顔が歪む。
「……やっぱり……」
「でもな」
俺は続けた。
「“捨てられた自分を、価値なしだと思わなくなる補助”
それなら、作れる」
クリムが「きゅ」と小さく鳴き、
ルゥが女性の足元に寄り添う。
女性は嗚咽をこらえながら言った。
「……私……
何が足りなかったんですか……」
俺は首を振った。
「足りなかったんじゃない。
向こうが逃げただけだ」
女性が目を見開く。
「使命だの聖女だのは、
“決断の責任を自分で背負いたくない時”に使う言葉だ」
クリム「きゅ(重い)」
ルゥ「わふ(でも真実)」
俺は棚から小瓶を二つ取り出し、並べた。
「これはな、
比較地獄から抜けるためのやつだ」
女性は鼻をすすりながら瓶を見る。
「……比較……」
「“あの子は聖女”“私は普通”
この思考を続けると、
どんな肩書き持ってても自分を殴り続ける羽目になる」
女性は静かに頷いた。
「もう一つ」
二本目を差し出す。
「自分の価値を、他人の選択と切り離すポーション」
「……そんなの、あるんですね」
「ある。
需要が多すぎてな」
女性は、思わず小さく笑った。
「……聖女にならなくても……
いいんでしょうか」
「当たり前だ」
俺はカウンター越しに、まっすぐ言った。
「聖女は世界を救う役目だ。
でもな、
誰かにちゃんと愛されて生きることは、
肩書きじゃ決まらん」
女性の目から、また涙が落ちる。
でもさっきとは少し違う涙だ。
「……私……
あの人に選ばれなかっただけで……
消えたみたいな気がして……」
「消えてねぇ」
即答だった。
「捨てたのは向こうだ。
お前の価値を連れてったわけじゃない」
クリムが「きゅ」と鳴き、
ルゥが“よく言った”みたいに尻尾を振る。
女性は瓶を胸に抱き、深く息を吐いた。
「……じゃあ……
まずは……
私として、生きます」
「それでいい。
聖女になるより、
自分の人生の主役に戻れ」
女性は立ち上がり、
少しだけ背筋を伸ばした。
「……ありがとうございました。
……性女は……やめときます」
「それは本当にやめとけ」
扉が閉まる。
俺は一人、ため息をついた。
「……聖女より難しいんだよな。
自分を大事にするってのは」
クリム「きゅ(ほんと)」
ルゥ「わふ(がんばれ人類)」
次の客は、
どうか“肩書き”じゃなく
自分自身の話をしに来てくれ。




