闇堕ちはポーションじゃ止まらない
店の扉がカランッと、
半分ぶつかるみたいな音を立てて開いた。
入ってきたのは、明らかに逃げてきた挙動の女性。
肩で息をして、背後を一度確認してから、
ようやくカウンターにすがりつく。
クリム「きゅ……?」
ルゥは無言で入口側を警戒。
あ、これ“追われてる系”だ。
女性は声を潜めて、真剣に言った。
「……闇堕ちしたヤンデレに効くポーション、ありますかね」
…………。
俺は一拍置いてから聞き返した。
「それ、“本人に飲ませる”前提の話か?」
女性は首を横に振る。
「無理です。
飲ませようとしたら、
“一緒に永遠になろう”って言われました」
「逃げろ」
即答だった。
「ですよね!?」
クリム「きゅ!(即答)」
ルゥ「わふ(正解)」
⸻
俺は腕を組み、女性を一通り観察する。
怪我はなし。
震えはあるが正気。
目は覚めてる。
「で、どこまで行ってる?」
「日記が三冊目です」
「重症だな」
「鍵も合鍵作られてて……」
「アウトだ」
女性は半泣きだ。
「だ、だって最初は優しかったんです!
重いくらい愛されてるって思ってて……
気づいたら“闇堕ち”してて……!」
「闇堕ちはな、
“愛が深すぎる”んじゃない。
不安が暴走してる状態だ」
ルゥが低く「わふ」と鳴く。
“ここから先は慎重にいけ”の合図。
⸻
女性は縋るように言った。
「落ち着かせるポーションとか……
正気に戻るやつとか……
ありますよね……?」
俺は、はっきり言った。
「本人を変えるポーションは出さない」
女性の肩が落ちる。
「……ですよね……」
「でもな」
俺は棚に手を伸ばした。
「**“お前が壊れないためのやつ”**ならある」
女性が、はっと顔を上げる。
⸻
俺は小瓶を二つ、静かに並べた。
一本目。
「これは、
恐怖と罪悪感を切り離すポーションだ」
女性が眉をひそめる。
「罪悪感……?」
「“私が見捨てたら悪化するかも”
“私がいなくなったら壊れるかも”
そういう思考を、一旦止める」
クリム「きゅ(それ大事)」
「闇堕ちヤンデレの一番の武器はな、
“相手の優しさ”だ」
女性の目に、涙がにじむ。
「……私……
置いていくのが怖かった……」
「置いていくんじゃない。
距離を取るんだ」
⸻
二本目。
「こっちは、
自分の輪郭を保つためのポーション」
「輪郭……?」
「相手の感情に飲み込まれないようにする。
“私は私”“あなたはあなた”を思い出させる」
ルゥが女性の足元に座り、
どっしりと体重を預ける。
「わふ(離れていい)」
女性は、ふっと力が抜けたように笑った。
「……ヤンデレに効く、じゃなくて……
“私に効く”んですね」
「そうだ。
闇堕ちは、
外から薬を投げても治らん」
俺は続けた。
「本人が自分で“戻る”って決めるまで、
他人ができるのは距離を保つことだけだ」
女性は深く息を吸い、
小さく頷いた。
⸻
「……逃げても、いいんですよね」
「ああ。
それは裏切りじゃない。
生存戦略だ」
クリム「きゅ(正解)」
ルゥ「わふ(生きろ)」
女性は瓶を握りしめ、
何度も頭を下げた。
「ありがとうございます……
……ちゃんと、自分を守ります」
「それでいい。
守れない優しさは、
優しさじゃないからな」
女性はフードを深くかぶり、
足早に店を出ていった。
⸻
扉が閉まったあと、
俺は深くため息をつく。
「……“闇堕ちした相手をどうにかしたい”って相談、
大体もう片方が限界なんだよな」
クリム「きゅ……」
ルゥ「わふ(助かった)」
次に来る客は、
どうかもう少し平和であってほしい。




