朝の挨拶と反省は同時に来る
店の扉がカラン、と軽やかに鳴った。
「店主! おはよう!」
入ってきたのは、やけに元気な顔の常連冒険者。
声はでかい、姿勢もいい。
ただし——目の奥が死んでいる。
「おぅ! おはようさん」
挨拶を返しつつ、俺はもう察していた。
このテンションで朝に来るやつは、だいたい一種類だ。
「二日酔いに効くポーション頼むわ」
「だろうな」
クリムが「きゅ(やっぱり)」と鳴き、
ルゥは“飲む前に学べ”という顔で鼻を鳴らす。
「昨夜は?」
「祝勝会!」
「何杯?」
「覚えてない!」
「はい解散」
冒険者は苦笑いしながら、こめかみを押さえた。
「いやぁ……頭がな……
中で小人がハンマー振ってる……」
「まだ小人で済んでるなら軽症だ」
俺は棚から小瓶を取り出しつつ、ちらっと様子を見る。
「吐き気は?」
「波が来る」
「光は?」
「敵」
「音は?」
「全部敵」
クリムがその場でぺたんと伏せた。
ルゥは“この人もう寝ろ”という目で見ている。
「よし。重症寄りだな」
俺は三本の瓶を並べた。
「まずこれ。
胃を落ち着かせる。
アルコールの残骸を“今すぐどうにかする”やつだ」
冒険者は瓶を見ただけで、ありがたそうに拝む。
「命の水……!」
「まだだ。
次は頭。
血の巡りを少し整えて、
ハンマーを木槌くらいにする」
「小人、失職しますか!?」
「一時的にな」
クリム「きゅ(よかったね)」
ルゥ「わふ(反省しろ)」
「最後は予防だ」
俺は最後の一本を指で弾いた。
「今日の夜用。
“もう飲まなくていい”って思えるラインで止めやすくする。
酒を不味くはしない。
判断力だけ戻す」
冒険者は一瞬黙り、それから真剣に頷いた。
「……それ、めちゃくちゃ大事だわ」
「だろ。
二日酔いはな、酒のせいじゃない。
“止まれなかった自分”のせいだ」
冒険者は苦笑しつつ、瓶を受け取った。
「店主、毎回思うけどさ……
説教じゃないのが、逆に効くんだよな」
「説教は酒より残るからな」
クリムが「きゅ」と笑い、
ルゥが“名言出ました”みたいな顔をする。
冒険者はふらつきながらも、扉に向かった。
「助かった……
今日は大人しくしてる……」
「“今日は”な」
「……はい」
扉が閉まる。
俺は棚を整えながら、ぼそっと言った。
「……次に来るのは、
“迎え酒で悪化した”やつだな」
クリム「きゅ(確実)」
ルゥ「わふ(学ばない)」
朝はまだ始まったばかりだ。




