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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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31/36

忘れていく人を、ひとりにしない

店の扉が**カラン!**と乱暴に鳴った。


転がり込むように入ってきたのは、

息を切らした女性。髪も服も少し乱れていて、

目だけが切羽詰まっている。


「助けてくださいッ」


俺は顔を上げて、即答する。


「内容による」


女性は一瞬だけ言葉に詰まり、

それから、震える声で吐き出した。


「……母が……痴呆はじめたんです……」


「漫才?」


反射だった。

ほんとに反射。


「だったらよかったんですけど……」


声が、落ちた。


その瞬間、

クリムの「きゅ……」が小さくなり、

ルゥは尻尾を下げて、女性の足元に静かに座った。


……あ、これは、

軽く扱っちゃいけないやつだ。


俺は椅子を引いて、女性に座るよう顎で示す。


「……悪い。

ちゃんと聞く。座れ」


女性は礼を言う余裕もなく、

椅子に沈み込んだ。



「最近、同じ話を何度もして……

鍵を閉めたか忘れて……

私のことも、たまに……」


言葉が続かない。

喉の奥で引っかかってる。


「……怖いんですよ」

「うん」


「怒っちゃいけないって分かってるのに……

でも、同じ質問を何回もされると……」


拳が、ぎゅっと握られる。


「……私が、先に壊れそうで……」


クリムが、そっと彼女の膝に前足を乗せた。

「きゅ」

“ここにいる”って言うみたいに。


ルゥも、ぴたりと寄り添う。


俺は棚に目を向けたまま、静かに言う。


「まず言っとく。

忘れる人を元に戻すポーションは作らない」


女性の肩がびくっと揺れる。


「……やっぱり……」


「でもな」


俺は振り返った。


「“忘れていく人を支える側が、壊れないようにする”

それなら、できる」


女性の目が、わずかに上がる。



「痴呆ってのはな、

“愛情が消える”病気じゃねぇ」


俺は言葉を選びながら続ける。


「記憶の道が、少しずつ崩れてくだけだ。

だから同じ場所に迷い戻る。

同じ質問をする。

悪意じゃない」


女性は、ぽろっと涙を落とした。


「……分かってるんです……

頭では……」


「頭で分かってりゃ十分だ。

心が追いつかないだけだ」


俺は小瓶を二つ、カウンターに置いた。



一つ目。


「これは、心の摩耗を抑えるやつだ。

怒りや自己嫌悪が、爆発する一歩手前で

“踏みとどまれる余白”を作る」


女性は瓶を見つめ、そっと触れる。


「……怒らないため、じゃなくて……」

「怒ってしまった自分を、責めすぎないためだ」


クリム「きゅ(大事)」

ルゥ「わふ……(ほんとに)」



二つ目。


「こっちは、一緒にいる時間を穏やかに保つ香だ。

相手を変えるんじゃない。

“場の空気”を整えるだけ」


「母に、飲ませなくていいんですか……?」


「いい。

飲ませると“してあげてる感”が重くなる。

あんたが楽になるほうが先だ」


女性は、しばらく黙ってから、小さく笑った。


「……ずっと、“娘としてちゃんとしなきゃ”って……

思ってました」


「娘はな、

“ちゃんと”じゃなくて“生きてる”で十分だ」



女性は深く息を吸って、

ようやく少しだけ肩の力を抜いた。


「……忘れられても……

私が覚えてれば、いいんですよね」


「ああ。

記憶は片方が持ってりゃ、関係は残る」


クリムが「きゅ」と鳴き、

ルゥが彼女の足に頭を預けた。


女性は二匹を撫でながら、

静かに泣いた。



帰り際、彼女は振り返る。


「……“治らない”って言われるのが、

一番怖かったです」


「治らなくても、

“ひとりじゃない”って状態にはできる」


扉が閉まる。


俺はしばらく、動けずにいた。


「……漫才って言って悪かったな」


クリム「きゅ(でも必要だった)」

ルゥ「わふ……(ちゃんと向き合った)」


……ああ。

こういう日もある。



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