異世界調味料は錬金術の範囲外(たぶん)
店の扉がカラン、と明るい鐘の音を鳴らした。
入ってきたのは、陽光みたいな笑顔の美人異国女性。
その後ろには、なぜか若干影を落としながらも、
女性を過保護に見張るように立つ魔術師。
クリムは「きゅ?」と首をかしげ、
ルゥは“警戒モード:やや強”という尻尾を揺らしている。
エマがきゃぴっと笑った。
「ここが噂の、錬金術師さんのポーション屋さん!!」
リュカは少し前に出て、不満そうに言う。
「俺も調合ならできる」
「きたかったの!!」
「塔に戻って“エマ色”のポーションを作ろう」
「ヤンデレ魔術師!……でも好き!」
おいおい、店先で完成してんじゃねぇか恋愛劇場。
俺はカウンターを拭きながら、無感情で指をさす。
「おっぱじめるなら扉を出て東に行けば宿屋が並んでるぞ」
「ぎゃあああ!? 違うんです!!」
エマが真っ赤になって両腕をぶんぶん振る。
リュカは淡々と俺を睨んでくるが、
その目に“否定はしないが許しはしない”みたいな色がある。
めんどくせぇ。
エマは深呼吸して、改めて言った。
「あの……異世界の料理で使う調味料を、
ポーションで再現できるかなって……
……できませんか?」
俺はカウンターに肘をつき、短く返す。
「詳しく」
エマは嬉しそうに説明を始めた。
「塩、砂糖はあるから……
お醤油、お味噌は大豆という豆から作ります。
それから、“お米”……わかります?“穀物”なんですけど、
それを発酵させて出来た“お酢”というものです」
………………。
俺「…………」
クリム「きゅ(情報量……)」
ルゥ「わふ(たぶん無理だぞ)」
異世界出身者の説明は毎回容赦ねぇな。
・醤油=大豆+発酵
・味噌=大豆+発酵
・酢=米+発酵
・全部、“発酵”がメイン
・発酵は魔法じゃねぇ、時間と菌の仕事
……いや、錬金術の範囲超えてるっつーか、
これはもうほぼ食品加工だろ。
しかし、完全再現は無理でも——
“味の輪郭”を補助する方向ならなんとかできる。
リュカが横からぼそっと言う。
「エマの味であれば、それでいい」
「私の味ってなに!?」
リュカの視線が俺に突き刺さる。
“お前、どうにかしろ”という無言の圧。
いやお前が原因の半分だろ。
⸻
◆調合案
俺は三つの瓶を並べた。
◆一本目
【旨味の基礎エキス】
(大豆っぽい風味の“旨味の影”だけを作る)
「醤油や味噌みたいな “深い旨味の土台” を、
完全じゃないが“それっぽく”再現できる。
発酵ほど複雑じゃないが、料理に入れるとコクが増す。」
エマの目がキラーンと輝く。
「すごい! まるで魔法!!」
「魔法じゃねぇ。錬金術だ。」
⸻
◆二本目
【甘塩バランス調整ポーション】
(砂糖+塩の“相性”だけ最適化する)
「醤油がない世界で、甘塩バランスを近づけるための補助。
煮物とか、味がぼやける料理に合う。」
「便利すぎません!?」
「まぁ“代替品”だ。過度な期待はするな。」
リュカが横で小さく「……エマに便利ならいい」と呟く。
はいはい、保護欲モンスターね。
⸻
◆三本目
【酸味穏やか化エッセンス】
(酢の風味に近い“酸味の角”だけ整える)
「米酢そのままは再現できねぇ。
菌の仕事だからな。
ただし“刺すような酸味”を丸めて、
料理を引き締める程度ならいける。」
エマは両手を胸の前でぎゅっと握った。
「……これだけで、あの味に近づけるんですね……!」
「“近づく”だけだ。
完全再現は無理だが、
異世界の料理っぽさは戻るはずだ。」
リュカがエマの肩にそっと手を置く。
「エマが笑う味なら、それで十分」
「リュカ……
……すき!!」
「……塔に帰るか?」
見つめ合う二人……。
クリム「きゅうう(あつい)」
ルゥ「わふ(外でやれ)」
俺は瓶をまとめて渡しながら言った。
「覚えとけ。
ポーションは“万能食材”じゃない。
ただ、料理の背中を押すくらいならできる。」
エマは嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます!
これで……懐かしい味に挑戦してみます!」
リュカも俺に短く頭を下げた。
「……借りる」
「返さなくていいぞ、もう」
扉が閉まると、俺は深く息を吐いた。
「……発酵もの要求される日が来るとはな」
クリム「きゅ」
ルゥ「わふ……(次は絶対チーズだぞ)」
……ほんとに来そうだからやめろ。
二人は幸せそうですね




