恋のランクアップに禁術は必要ない
店の扉がカラン、と軽やかに鳴いた。
入ってきたのは顔が真っ赤な若い冒険者。
歩き方がぎこちなく、クリムが「恋だ」とでも言いたげに首をかしげ、
ルゥは“面倒くさそうなのが来たな”という顔をした。
青年はカウンターに手をつき、震える声で切り出した。
「か、彼女が……
『この旅が終わったら、私と“人生のクエスト”しない?』って……!」
俺は静かに指をさし示した。
「惚気なら出口はそちら」
「ま、ま、待ってください!?違うんです!!
いや違わないけど違うんです!!」
クリム「きゅ(どっちだよ)」
ルゥが“説明を整理してから来い”みたいな目をしている。
青年は両手をバタつかせた。
「今が……今がランクアップの大事な気がして!!
こう……ああーーーどうしよう!!
と、とにかく待って欲しいんです!
時を止めたり、忘却のポーションを彼女に飲ませようかなって!!」
「犯罪じゃねぇか」
店内の空気が一瞬で凍った。
クリムは耳をぺたんと倒し、
ルゥは本気で吠える寸前の顔で青年を睨む。
青年は慌てふためき、土下座しそうな勢いだ。
「ち、違っ……違……あの、悪気はなく!
ただ……覚悟ができてなくて……
彼女があまりにも可愛くて……
幸せすぎて……
“このまま進んでいいのか”って……
不安で……!」
あー、はいはい。
出たよ、幸せが怖い族。
俺は椅子を引き寄せながら、ため息まじりに言った。
「まず確認しとくが、
“時を止める”も“忘れさせる”も——
倫理的にも魔術的にも完全アウトだ。」
「ですよね……!!」
青年は頭を抱え、膝を揺らし続け、
完全に挙動不審。
クリムが肩に乗って“落ち着け”とぺちぺち叩くと、
青年は泣きそうな声を漏らした。
「怖いんです……ふられるとかじゃなくて……
あいつが俺を選んでくれた理由が、分からない……」
ルゥが鼻先で青年を押した。
“理由なんてあってもなくても選ばれてんだよ”の圧だ。
・好きすぎて怖い
・自分のランクに自信がない
・幸せを前にすると逃げ出したくなる
・相手を操作しようとするのは不安の裏返し
・必要なのは魔法じゃなく「心の準備」
つまり青年が欲しいのは
“時間を止める魔法”じゃなくて
心が前に進むための余裕
だ。
⸻
俺は棚から三本の瓶を取り出し、並べる。
◆一本目
【覚悟の深呼吸ポーション】
(焦りを落として、“いまの自分でいい”と思える)
「まずこれ。
自分の価値を見失ってると、
選ばれてる事実すら信じられなくなるからな。」
青年は早速瓶に手を伸ばそうとして、
クリムにぺちっと止められた。
「きゅ!(説明聞け)」
お前ほんと有能だな。
⸻
◆二本目
【気持ちの言語化補助】
(伝えたいことを言いやすくする・強制なし)
「これは“告白がうまく言えるようにする”補助だ。
強制じゃない。
言葉が詰まりにくくなるだけ。」
青年は涙目でうなずく。
「それ……めちゃくちゃ欲しいです……」
「だろうな」
⸻
◆三本目
【幸せ受容バフ・弱】
(幸せに慣れてない人向け。“逃げずに受け取る勇気”が出る)
「これが一番大事だ。
幸せが来たとき逃げる癖、あんたあるだろ。」
青年は胸を押さえて、うめく。
「な、なんで分かるんですか……!」
「経験だよ。あと顔に書いてある。」
ルゥ「わふ(図星)」
クリム「きゅ(図星)」
青年「図星」
三連コンボで青年が沈んだ。
俺は瓶を渡しながら言った。
「いいか?
時間を止める必要も、忘れさせる必要もない。
“そのままのあんた”で話せばいい。
相手は、それで選んでんだよ。」
青年の目に、ようやく少し光が戻る。
「……俺……話してみます。
逃げずに、ちゃんと。」
「おう。
大事なのはランクじゃない。
“ふたりが同じ方向見られるか”だ。」
青年は何度も何度も頭を下げ、
走るように店を出ていった。
扉が閉まった瞬間、俺は天井を仰いだ。
「……時止めと忘却を恋愛に使おうとするな。
心臓に悪いわ」
クリム「きゅっ(本当にな)」
ルゥ「わふ……(疲れた)」
さて、次はどんな“恋愛トラブル未遂”が来ることやら。




