疲れ目と事案の境界線
「最近、目が霞むんですよね」
カラン、と扉。入ってきたのは町の傭兵の兄ちゃん。
いつもより半オフのテンションで、でも眉間だけしっかり死んでる。
「疲れ目か?」
「この月に入ってから特に酷くて…」
うんうん、よくある。季節の変わり目で光量が変わると、
冒険者は一気に眼精疲労が来る。あるある。
「で、目に効くポーションありますか? できたら——」
ちょっと身を乗り出してくる。
「可愛い子のあれも透けて見えるくらいの…」
「事案じゃねぇか」
クリム「きゅッ!?」
ルゥ「…………わふ(呆れ)」
店内の空気、秒速で重犯罪未遂。
「いや違うんですよ店主さん! いや本当に! そういう意味じゃなくて!」
「いや“そういう意味”以外の解釈が難しいワード選んだの自覚してるか?」
「う゛っ……」
俺はため息をつきつつカウンターを軽く叩く。
「まず前提を直すぞ。透けて見える系ポーションはこの世に存在しねぇ」
「ですよね……」
「あと作らねぇ。倫理的にも魔術的にも完全アウトだ」
「すみませんでした……!」
クリムが彼の肩をぺちぺち叩く。慰めか呆れか判別不能。
「で、真面目な話、霞むってどんな感じだ?」
「光がぼやけるのと、近くの文字が急につらくなって…」
「遠くは?」
「遠くはまだ……でも早朝の城壁見張りで、的が二重になったり……」
おい、それ普通に職務影響出てるレベルじゃねぇか。
「睡眠は?」
「少し……減ってます。依頼が続いてて、資料読むのが夜中に……」
「食事は?」
「カロリーポーションだけで……」
「お前、死ぬ気か」
「すみません……」
ルゥがその足元でため息をついた。重い。犬なのに。
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◆本質
→ 目の問題の半分は疲労と生活習慣の破綻
→ 視線の酷使と睡眠不足
→ “透けて見える”はストレスによる逃避ファンタジー
要するに、真面目に疲れてる。
可愛い子がどうこう言ったのは“現実逃避の軽口”だな。
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◆調合するポーション
俺は棚から材料を取りつつ説明する。
「まずはこれだ」
◆眼精クリア滴(弱)
・目の周りの筋肉を軽く緩める
・ピント調整の負担を減らす
・即効だが、過信すると逆にぼやける
「一日二回。寝る前と朝だ」
「ありがとうございます……!」
「で、こっち」
◆光量バランサー香(卓上用)
・部屋の“光の色温度”を整えて疲れを軽減
・魔術光じゃなく自然光系
「夜中に書き物するならこれ焚け。目の奥の痛みが軽くなる」
「助かります……!」
「最後に、生活改善セット」
◆微睡み誘導ポーション(弱)
・依存性なし
・眠る準備を身体に思い出させるだけ
「寝る前に一滴だけ。寝不足が続くと、どんな魔法使っても目は死ぬ」
兄ちゃん、目の下のクマが消えそうな勢いで感動してる。
クリム「きゅぅ~(よかった)」
ルゥ「わふ(寝ろ)」
「店主さん……その……透けるやつは本当に……」
「ない」
「……ですよね」
「まあ、疲れてる時は変な方向に思考ぶっ飛ぶのは分かる。
けど、現実逃避するよりまず寝ろ」
「はい……! 今日から寝ます……!」
「生きてりゃ誰だって霞む。
でも、前に進むぶんには、視界がちょっとクリアになれば十分だ」
兄ちゃんは深々と頭を下げて帰っていった。
扉が閉まると同時に、俺は小声でぼそり。
「……可愛い子の…が透けるとか、何十年ぶりに聞いたワードだな」
クリム「きゅ(呆れ)」
ルゥ「わふ(お疲れ)」
さあ、次はどんな悩みが飛んでくるかね。




