捗らない呪いとタイミングの魔物
昼過ぎ。
クリムは棚の上でうとうと、
ルゥは入口で番犬のフリをしながら寝ている。
俺はカウンターで帳簿を閉じていた。
そこへ――
カラン。
入ってきたのは、妙に疲れ切った顔の冒険者。
目の下にクマ、肩はガチガチ、声には覇気ゼロ。
彼はカウンターにたどり着くなり、深い溜息をついた。
「……捗らないんですよね……最近……なんていうか……」
俺は眉をひそめた。
「クエスト?」
「いや、そうじゃなくて……
“こなさなきゃならない案件”が迫ってる時に、必ず邪魔が入るんです!!」
「あー……タイミングか……」
冒険者はバッと身を乗り出した。
「できますよね!? なんかこう!
“邪魔が入らないようにするポーション”とか!
“集中できる時間だけ世界の雑音が止まるやつ”とか!!
“仕事したいのに仕事を阻止する魔物を消すやつ”とか!!!」
俺は思わず後ずさった。
「えっ!?
この流れで!?
ほぼ呪術か時間魔法じゃねぇか!!?」
クリムは「きゅっ!?」と驚き、
ルゥは“無茶振りきた…”と首を振る。
冒険者は泣きそうな顔で続けた。
「いやほんとなんです!
“さぁやるか!”って机に向かうと、
隣の部屋で鍋が爆発したり、
ギルドから急用が来たり、
謎の配達が来たり、
猫が机の上を滑走したり……
なんで集中する瞬間に限って全部くるんですか!?」
猫は関係ないだろ。
俺は少し考え、棚から数本を取り出した。
「いいか、
“邪魔を完全になくすポーション”なんて作れない。
世界を止める魔法じゃないからな。
だが、
“邪魔が入ったときに左右されにくくする”
“集中しやすい状態を保つ”
“気持ちが折れにくくなる”
こういうタイプなら作れる。」
冒険者が食い気味に前のめりになる。
「つまり!?
向こう側の世界が乱れても!
俺だけは静寂を保てるということですか!!?」
「そこまで強力じゃねえ。
“気になりづらくなる”程度だ。」
「十分です!!!」
クリムが肩で「きゅっ(過剰な期待だ)」と鳴き、
ルゥは「落ち着け」の意で鼻でつついた。
俺は三本の瓶を並べた。
⸻
◆一本目
【集中ゾーン誘導ポーション】
(集中の波に入りやすくなる)
「これを飲むと、頭の中の雑音が少しだけ遠くなる。
机に向かったときの“入りやすさ”が増す。
ただし強すぎると危ないので弱めだ。」
冒険者は震えた。
「……それ、ほしいです……!」
⸻
◆二本目
【邪魔耐性バフ(弱)】
(中断された時に、気持ちが折れにくい)
「邪魔が入るのは避けられない。
大事なのは“戻る力”だ。
これ飲むと、再開までの気持ちの立て直しが早くなる。」
冒険者は涙ぐんだ。
「中断されると、
“もう今日はいいかな……”ってなるのが悩みでした……!」
「知ってる。みんなそうだ。」
⸻
◆三本目
【タイミングの波整えるポーション】
(“やる気のピーク”と“環境の静けさ”が少しだけ合いやすくなる)
「これは運要素がデカいが、
“今やると捗るぞ”って瞬間が自然に増える。
タイミングを完全に操作するのは無理だから、
あくまで“ズレを減らす程度”。」
冒険者は感動で机を叩いた。
「店主……
あなた、もしかして……
人生変える系の錬金術師じゃないですか……?」
「いや、ただの生活改善ポーション屋だ。」
クリム:きゅ(でもちょっとカッコいい)
ルゥ:わふ(まぁまぁだな)
冒険者は瓶を両手で抱えながら言った。
「これで……
“捗る人生”が始まるわけですね……!」
「過度な期待はするな。
使うのはお前自身だ。」
冒険者は深く頭を下げて店を出た。
扉が閉まる。
俺は息をつきながら棚を整えた。
「……“集中できない呪い”って、実際モンスターより強いよな」
クリム:きゅ(現実こそ最大の敵)
ルゥ:わふ(睡魔に勝てるやつはいない)
さて次はどんな依頼か。
たぶん――
「やる気がありすぎて逆に困るんですが下げるポーションあります?」
とかだろうな。
絶対くる。




