夜泣きという最強モンスター
深夜直前の店。
クリムは棚の上で丸くなり、
ルゥは入口で「そろそろ閉店だろ…?」という顔をしている。
そこへ――
ガラッ!
疲れ切った、魂の抜けかけた親御さんがふらふら入ってきた。
目の下、真っ黒。
姿勢、限界。
ただただ、切実な声でこう言った。
「子供の夜泣きが酷くて…
毎日毎日毎日……2時間寝れたら良いところなんです……
助けてください……」
俺は、心の底から察した。
「……今日の客、いちばん強敵に挑んでるな」
クリムが思わず「きゅ……」と涙目になり、
ルゥは“これはヤバい案件だ…”と言わんばかりに背中の毛を立てた。
俺はカウンターから立ち上がり、真剣に聞く。
「子どもの年齢は?」
「一歳半です……
寝たと思ったらギャン泣き、抱っこしても寝ない、
やっと寝たと思って置いた瞬間また泣く……
無限ループです……」
「あー……夜泣き界のエリートだな」
親御さん、泣きそう。
俺は深呼吸して棚から数本取り出した。
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◆1本目
【親用:微睡み支援ポーション(安全・弱)】
「まずはこれ。
“寝るタイミングで一瞬だけ深く落ちやすくなる”タイプ。
赤ん坊が起きても、短時間で回復する体力残量を残すように調合してある。」
親御さんの目が見開かれる。
「寝たいです……本当に……」
「分かる。
徹夜明け冒険者より、お前のほうがしんどい。」
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◆2本目
【子ども用:安心香(無害・弱)】
「これは子どもに飲ませるんじゃない。
寝室に“ほんの少し香らせる”だけ。
魔力は極弱。
不安感が落ち着いて泣きの“初動”が減る。」
親御さんが震える声で言う。
「そんな……夢のような……」
「もちろん魔法じゃないから、泣くときは泣く。
でも“泣き出しの頻度”が落ちるだけで、
親の体力は別世界だ。」
⸻
◆3本目
【親子同調・眠気の波整えるポーション(微)】
「これは親が飲むタイプで、
親の眠気のリズムを“子どもが落ち着きやすい波”に合わせる。
親が落ち着くと、子どもも少し落ち着きやすくなる。」
親御さんはぽろぽろ涙を流し始めた。
「……店主……あなたは……天使……」
「いや、錬金術師だ」
クリムがそっと親の手に鼻先をあて、
ルゥは足元に寄り添ってしっぽを振る。
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■最後に店主として大事なことを言う
俺はカウンター越しに少し前へ出た。
「いいか?
夜泣きは“誰が悪い”とかじゃない。
子どもも戦ってるし、親はもっと戦ってる。
これらのポーションは、
“戦いをちょっとラクにする”だけだ。」
親御さんは何度も頷く。
「……助かります……
本当に……限界だったので……」
「分かる。
夜泣きってな、“魔物より強い”。
討伐難度:Sランク。
勇者の装備より、睡眠のほうが大事だ。」
親御さんが少しだけ笑った。
その笑顔で、今日の仕事の価値が決まったようなものだ。
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■帰り際
親御さんは3本の瓶を胸に抱えながら深く頭を下げた。
「この夜を……乗り越えられそうです……」
「おう。
一番大事なのは“親が倒れないこと”だからな。
泣いてもいい。
手抜きしてもいい。
生きてれば勝ちだ。」
親御さんは涙と笑顔を混ぜた顔で店を出ていった。
扉が閉まる。
静かになった店で、俺はコトリと棚の瓶を整えながら呟く。
「……夜泣きの親御さんには、どんな魔物より強い称号をやりたいな」
クリム:きゅ(称号:不眠の勇者)
ルゥ:わふ(最強だな)
さて、次はどんな“切実な依頼”が来るか。
このポーション屋、本当に何でも屋になってきたな……。




