そして今日も扉は開く(性別相談編)
カラン、と扉が開く音がした。
昼下がり、棚の整理をしていた俺は顔を上げた。
クリムはコルク瓶の上で丸まり、
ルゥは地面で腹を出して寝ている。
平和な午後……だった。
入ってきたのは、長身でスッとした顔つきの青年。
ただし、雰囲気がどこか切迫している。
「……あの……店主さん……」
「どうした。
傷か? 疲労か? 病気なら軽いのは対応するぞ」
青年はきゅっと拳を握り、真剣に言った。
「女になりたいんですよね」
俺は反射で言った。
「女装したいなら、うちの店の3件先に専門の衣装店が――」
「そんっな単純な話じゃないんです!!」
……店内がピタッと静まり返った。
クリムは肩の上から目をまん丸にし、
ルゥは一瞬だけ起きて状況を確認し、
“あ、これ深いやつだ”という顔でまた寝た。
俺は咳払いして、慎重に向き合うことにした。
「お……おぅ。
じゃあ、単純じゃないってのは?」
青年は少し俯きながら言った。
「女装したいとかじゃなくて……
“自分の内側がずっと女性なんです”。
子どもの頃から違和感があって……
でも冒険者としてやっていくうちに無視できなくなって……
最近は、“本来の自分じゃない体”を動かしてる気がして……
どうにも苦しくて……」
……これは、本気だ。
俺は真剣にうなずいた。
「いいか、まず一つ確認する。
“本人の意志で、自分のためだけに”そうなりたいんだな?」
「はい」
「誰かに強制されたわけでも、誰かのために性別を変えたいわけでもなく?」
「もちろんです。
……自分が、自分らしく生きたいだけなんです」
クリムが肩でそっと鳴く。
“それは大事だよ”の音だ。
ルゥも静かに起きて、足元に寄り添った。
こういうときだけ妙に空気を読む。
俺は深く息を吸い、棚を開けた。
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■結論から言う
「“完全な性別転換ポーション”は、倫理的に作らないし、作れない。
身体の根本を書き換える魔法は危険だからな」
青年の表情が曇る。
だが俺は続けて言った。
「だけど、
“なりたい自分で生きるための補助ポーション”
なら作れる。
“心の性と表の行動を一致させるためのもの”や、
“声や所作を整えやすくする後押し”なら、錬金術の範囲だ。」
青年の目が少しだけ光を取り戻した。
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俺は3本の瓶を並べた。
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◆一本目
【内なる自分を整えるポーション】
(自己像のぶれを落ち着かせる)
「性別どうこう以前に、
“自分を否定する苦しさ”で心の魔力が荒れる。
まずこれで、心の中がスッと静かになる。
誰かの声に惑わされにくくなる。」
青年は瓶をそっと撫でるように見つめた。
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◆二本目
【声と仕草を自然に導く微調整ポーション】
「声色が“望む方向”に出やすくなる。
魔法で無理に変えるわけじゃなく、
普段の緊張を和らげて自然体を出しやすくするタイプだ。」
青年は唇を震わせながら聞いていた。
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◆三本目
【自己表現ブースト(安全版)】
(服装・振る舞いの迷いを取る)
「周りの視線に怯えて動けなくなるやつだな。
これを飲むと“自分の意思で選んだ格好や行動を肯定しやすくなる”。
女装でも、女性的なしぐさでも、
“自分がそれでいい”と思える手助けになる。」
青年の肩が震えた。
「店主さん……
ちゃんと……本気で向き合ってくれるとは……」
「当たり前だろ。
“なりたい自分になる”ってのは、
惚れ薬や痩せ薬よりずっと大事な相談だ。」
クリムが青年の腕にちょこんと乗り、
ルゥは足元に鼻先を押し当てた。
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青年は涙をこぼしながら深く頭を下げる。
「……ありがとう……ございます……
初めて……真面目に話を聞いてもらえました……!」
「おう。
ただしこれは“魔法で全部解決”じゃなくて、
“自分で選ぶ人生の後押し”だ。
その点だけは勘違いするなよ」
青年は力強く頷いた。
「はい……!
自分の道は、自分で歩いていきます……!」
瓶を抱え、青年は晴れた顔で店を出ていった。
扉が閉まったあと。
クリムが肩で「きゅ……(いいこと言った)」と褒めてきて、
ルゥが尻尾で俺の膝を軽く叩いた。
俺は照れながら呟く。
「……いや、今日はなんか店主っぽいこと言っちまったな……
でもまぁ、ポーション屋ってのは、
“その人が本来の力を出せるようにする”のが仕事だからな」
さて次はどんな悩みが来るんだか。
おそらく――
「人格三つあるんですが、同時に働けるポーションあります?」
とかいうカオスなやつだ。




