通信魔道具依存症(末期)
昼下がり。
クリムは棚の上で毛玉になり、
ルゥは入口で昼寝し、
俺はポーション棚の補充をしていた。
そこへバンッ!! と扉が開く。
「て、店主さん!!! 助けてください!!」
振り返ると、焦りと絶望の狭間みたいな顔した魔法使いが立っていた。
ローブはきっちり、杖も高級品、なのに目の下にクマ。
俺は軽く手を振る。
「どうした、調子でも悪いん――」
「魔道具が手放せないんです!!」
「魔法使いならそりゃそうだろ」
「ダメなんです!!!」
「え? なにが?」
魔法使いは髪をわしゃわしゃとかきむしり、
「通信魔道具依存性みたいに手放せないんです!!!
気づいたら触ってる!! 着信ないか確認してしまう!!
魔力残量なくてもいじってる!!!
寝る前に魔道具見て寝落ちしてる!!!」
俺は無言でうなずいた。
「あー末期ね。末期まできちゃったやつね」
クリムが「きゅ……」と戦慄し、
ルゥは“また厄介なの来た”という目を向けた。
魔法使いは必死だ。
「仕事中も……気が散るんです……
依頼中も……ログみたいなの確認したくなるんです……
パーティ仲間に怒られるし……
会話も減ってるし……
なんなら依存しすぎて“幻の通知音”が聞こえ始めて……!!」
それは本格的だな。
俺はカウンター越しにため息をつき、腕を組んだ。
「で、通信魔道具を手放せない主な理由は?」
魔法使いは胸に手を当て、苦しそうに言う。
「……ひとりになったとき、落ち着かないんです……
誰かとつながってないと、不安になるというか……
“今すぐ返事したい”って気持ちが止まらなくて……
魔力充電する時間すら惜しいんです……」
俺は棚を見やりながら、ゆっくり説明する。
「まず、依存症ってのは“魔道具”が原因じゃない。
“魔道具を使って埋めてる不安や孤独”が原因だ」
魔法使いがびくっと震える。
「やっぱり……!?」
「だから、魔道具そのものを禁止する薬じゃなく、
“不安を落ち着かせる”“集中を回復する”“距離を取れる余裕を作る”
そういうタイプで対応する」
クリムが「きゅ……(まとも…)」と納得し、
ルゥも「それが正解」と言う顔で伏せる。
俺は三本の瓶を出した。
⸻
◆一本目
【“心のざわつき静めるポーション”】
「これが最重要。
通信魔道具を手放せないやつの多くは、
“見なきゃ不安”が先に来てる。
それを落ち着かせる。」
魔法使いは涙目で見つめる。
⸻
◆二本目
【集中力リセットポーション】
「頭のモヤモヤを一回クリアするやつだ。
これ飲んだ後は“魔道具を見る前にやるべきこと”が思い出しやすくなる。」
「……そんな薬が……!」
⸻
◆三本目
【睡眠導入・魔道具遮断ポーション(弱)】
「寝る前に通信魔道具を見るの、最悪だぞ。
こいつを少量飲めば、
“眠気>魔道具”
の状態になって自然に手放せる。」
魔法使いはポーション三本を見て、震える声で言った。
「店主さん……
これ……治るんでしょうか……?」
俺は肩をすくめた。
「治る治らないじゃなくて、
“距離の取り方を思い出す”ための補助だ。
本来、魔道具に人生支配される必要なんてないんだよ」
魔法使いの目が少しだけ晴れた。
「……そうですよね……
魔道具は便利な道具であって……
人生じゃない……」
「そういうこと。
道具との距離は“自分で決めるもんだ”。」
クリムが魔法使いの袖をちょんとつまんで励まし、
ルゥが「やれやれだぜ」と言いながらも尻尾で背中を押した。
魔法使いは深く頭を下げる。
「店主さん……ありがとうございます……
今日から、この三本と……
“自分の時間”を作る努力をしてみます!」
「おう。
依存は一日で治らないから、焦らずやれよ」
魔法使いは涙ぐみながら店を出て行く。
扉が閉まると、俺は大きく息を吐いた。
「……ついに来たか“魔道具依存”。
次は“魔道具のない生活の方法教えてください”とか来るんだろうな……」
クリムは「きゅ〜(絶対来る)」、
ルゥは「わふ(もう覚悟しとけ)」と返した。
本当にこの店、何でも屋になってきた気がする。




