禁断の神域から来た男
昼下がり。
クリムは棚の上でぬくぬく、
ルゥは入口でうとうと、
俺はカウンターで材料の仕分けをしていた。
そんな平和な時間をぶち壊すように、
勢いよく扉が開いた。
「て、店主ッ……!!」
入ってきたのは中年の冒険者。
髭は立派、眉は濃い……のに――
頭頂部だけ、やたら尊いくらいの光を放っている。
ルゥが思わず目をそらし、
クリムは反射のごとく影に隠れた。
眩しすぎたらしい。
「ど、どうしたんだそんな真剣な顔して」
男は息も絶え絶えに叫んだ。
「禁断の……神域にある……!
枯れ果てた大地に……森林が……
もりもり生い茂るような……!!
そんな奇跡の……ポーション……ありますか……!?」
……静寂。
俺はゆっくり、確実に、
聞き返すことにした。
「……え?
もう一回、分かるように言ってくれ」
男は胸ぐらをつかまれたような表情で叫んだ。
「毛生えポーションが欲しい!!!!」
クリムがビクッと跳ね、
ルゥが「やっぱりか……」とため息をつく。
俺はカウンターに手をつく。
「なぁ……最初の例え、必要だったか?」
「気持ちの問題だ!!
俺の頭頂部は今、禁断の地なんだ!!
乾き切っている!!
救いを求めている!!」
(※たぶんただの薄毛だ)
男は両肩を震わせながら続ける。
「頼む店主……
俺に……希望を……森を……!!」
「森はちょっと盛りすぎじゃねぇか?」
「お願いします!!」
あーこれは客の圧に負けるやつだ。
俺は棚から素材を見ながら、慎重に説明する。
「まずだ。
錬金術で“毛を生やす”系は、理論上は可能だ。
ただし――」
男が身を乗り出す。
「ただし!?」
「森みたいにもりもりは無理だ。
生命の神が怒る。」
ルゥが「絶対怒る」と尻尾で同意し、
クリムが“もりもり”の手振りで遊び始めた。
俺は咳払いして真面目に続ける。
「作れるのは“発毛を促す補助系”までだ。
強制的に毛根を作るような危険なポーションは扱わない。
副作用で背中に生えるとか嫌だろ?」
「背中の森はちょっと嫌だ……」
「だろ?」
俺は三本の瓶を取り出す。
◆ 一本目
【頭皮めぐり改善液】
(毛根に栄養が“届きやすくなる”タイプ)
「これを毎晩塗れ。
血行が良くなって、土壌が整う。
森は土台が大事だ。」
男は神妙にうなずく。
◆ 二本目
【発毛促進ポーション(弱)】
(毛根が生きてる部分をサポート)
「これは飲むタイプ。
ただし弱め。
急激に増えることは絶対にない。
ゆっくり、“草が芽吹く”くらいの気持ちで飲め。」
男の目が潤む。
「め……芽吹く……!!」
クリムが横で「ぽっ」と発芽するジェスチャーをする。
◆ 三本目
【ストレス軽減ポーション】
「最後は心の問題だ。
ストレスは毛を減らす。
気にすれば気にするほど減る。
だから、減らないようにまず心を整える。」
男は震える声で言った。
「……店主……
あなたは……光だ……」
「皮肉か?」
「違います!!
希望の光だ!!」
俺は苦笑しながら瓶を三本まとめて渡した。
「いいか。
これは“奇跡の森を生やす薬”じゃない。
ちゃんと手入れして、生活整えて、
そのうえで“味方になる”ポーションだ。」
男は目に涙をためて拳を握った。
「やってみます……!!
沙漠に……砂漠に水をまくつもりで……!!」
「そうだな、まずはオアシスからだ」
男は一歩ずつ希望を噛みしめながら店を出ていった。
扉が閉まると同時に、
クリムが「きゅ〜っ!」と笑い、
ルゥがベッドに沈むように倒れ込む。
俺はカウンターで腕を組んでつぶやいた。
「……“禁断の神域の森”と“毛”を同列に語るやつ、初めて見たな」
次はどんな客が来るんだ。
たぶん――
「髪が生えすぎたからどうにかしてくれ」だな。




