痒いんですよね
店の昼下がり。
客足もひと段落し、俺はカウンターで瓶のラベル貼りをしていた。
クリムは棚の上で丸まり、ルゥは入口で昼寝している。
そんなとき――
カラン、と控えめな音がして扉が開いた。
入ってきたのは、見るからに気まずそうな、もじもじした冒険者の青年だ。
「あの……店主さん……」
「ん? どうした」
俺が顔を上げると、青年は耳まで真っ赤にしながら近づいてきた。
「……痒いんですよね」
「どこが?」
即答すると、青年はうつむき、
小声で答えた。
「……ブーツ履いてると」
「あー」
もう全部分かった。
クリムが“あ〜あ”みたいな顔で耳を倒し、
ルゥも「またか」みたいに深い息をつく。
冒険者の“足の痒み問題”――
これはもう、飲むポーションとは全く別カテゴリの、職業病だ。
俺は椅子を指さした。
「座れ。で、症状を詳しく」
青年は恐る恐る座り、足をモゾモゾ動かしながら言う。
「えっと……ダンジョン潜ってると、蒸れるというか……
気づいたら痒くて、帰り道とか地獄で……
で、家に帰ってブーツ脱いだ時もスースー痛いし……
これ、呪いとかですかね……?」
「断言する。呪いじゃない。
ただの蒸れと擦れと衛生環境だ。」
青年がショック受けた顔になる。
「えっ……もっとこう……冒険者らしい呪いとか……!」
「お前の理由がファンタジー性を求めるな」
クリムが肩で「きゅきゅ」と笑い、
ルゥが「わふ」と軽く青年の足をつついて励ます。
俺は棚から小瓶を三本取り出す。
「まず結論。
“痒み対策ポーション”は存在する。
ただし――飲むんじゃなくて、塗るタイプだ。」
青年は目を丸くした。
「えっ……外用……?」
「ああ。痒みって魔力より“皮膚反応”の問題だからな。
飲んで治すより、直接やったほうが早い。」
俺は一本目を指す。
◆ 【清涼ブーツケア液】
(蒸れ・雑菌・皮膚の赤みケア)
「これはブーツ脱いだあとに足に塗る。
スースー感で痒みが落ち着くし、赤みも引いていく。」
青年がこっそり足をかく。
「すでに痒いんですけど……」
「だから後で塗れ。
次、これはブーツの中に使うやつ。」
◆ 【防臭・防湿スプレー(軽い魔力入り)】
「ブーツの内側に吹きかけておくと“蒸れにくくなる”。
ダンジョンの湿気は魔力も含んでるからな。
普通の生活より蒸れやすいんだよ。」
青年の表情に光が戻り始める。
「そ、そんな……そんな便利なものが……!」
「あるよ。
冒険者の足問題は、錬金術師にとってわりと大きな市場だ。」
クリムがどや顔で胸を張る。
お前は作ってないだろ。
最後に、三本目を持ち上げて見せる。
◆ 【“かかとゴリゴリ対策クリーム”】
(ひび割れ・厚い角質用)
「お前たぶん、かかとも硬いだろ?」
青年はビクッとして、
小声で認めた。
「……はい……」
「ブーツ履く職はみんなそうだ。
硬いと擦れて痒くなるし痛くもなる。
これ塗ると柔らかくなる。
使い続ければ、痒みはかなり減る。」
青年は感激して、拳を握りしめた。
「店主さん……俺……もう二度と呪いとか言いません……」
「いや最初から言うな」
青年は三本を両手で受け取りながら、
しみじみとつぶやく。
「……ブーツ履くと痒くて眠れなくて……
本当に死ぬかと思ってたんです……」
「大げさだな。死なねぇよ」
「いやでも……たまに本当に夜中に痒くて目が覚めるんですよ!?
足焼いてしまおうかって気持ちになって――」
「お前それ“精神状態”のほうがヤバいぞ」
クリムが慌てて青年の膝に飛び乗って慰め、
ルゥが後ろから背中を押すように尻尾を振る。
青年はうるうるしながら言った。
「店主さん……助かりました……
今日から塗ります……ありがとう……ありがとう……!」
「はいはい。
痒みくらいなら治せる。
ただしちゃんと続けろよ。
一回で治る魔法のポーションじゃないからな。」
「は、はい!!」
青年は深々と頭を下げて店を出ていった。
扉が閉まった瞬間、俺はぼそっとつぶやく。
「……“痒いんですよね”は絶対に呪いじゃない」
クリムが「きゅっ」と笑い、
ルゥが伸びをしながら尻尾をどすんと床に落とした。
今日もまた、
冒険者の“リアルな悩み”をひとつ救ったわけだ。
次来るのは――
どうせ“靴ずれ血まみれ”あたりだろうな……。




