寄り添う気持ちが大事
店の扉がカラン、と軽やかに鳴いた。
入ってきたのは、落ち着いた雰囲気の夫婦らしき二人。
妙にそわそわしていて、視線が定まらない。
クリムは「きゅ?」と首を傾げ、
ルゥは尻尾をゆっくり振りながら観察している。
そして、男性のほうが意を決したように口を開いた。
「こ、子宝に……恵まれたいんです……!」
俺は反射的に顔を上げた。
「え? 武器壊れてるの?」
「違いますよ!!??」
夫婦が声を重ねて抗議した。
いや、だってさ。
“子宝”って“武器のドロップ運”とか“レア素材”とか、
冒険者界では別の意味でもよく使うからな。
本気でそっちだと思ったんだ。
「……ああ、その子宝ね。
人間的なほうの。
子ども欲しいのほうね」
「そうです!!」
二人の顔が真剣すぎて、逆に俺のほうが焦る。
クリムは気まずそうに俺の肩にしがみつき、
ルゥは「これ俺が聞いてていい話か?」という目で目線をそらしている。
俺は咳払いして姿勢を正した。
「まず確認しとくが……
“惚れ薬的な強制”と同じで、
俺は“身体の自然な働きをねじ曲げる系”は作らないぞ?」
夫婦は慌てて手を振る。
「そ、そんなことは求めてません!
ただ……最近ずっと疲れていて……
夫婦の時間も落ち着いて取れなくて……」
「あー……」
理由はだいたい察した。
冒険者夫婦にありがちなやつだ。
疲労、ストレス、生活リズム、緊張。
“体質”というより、
“心と体力の余裕”の問題が多い。
俺は棚を開けながら言う。
「子宝云々ってより、
“ふたりの調子が整うようにする”ポーションだな。
それなら作れる。」
奥さんが少し安堵した顔になり、
旦那さんは姿勢を正した。
「どんな……のがあるんですか?」
俺は小瓶を三つ並べる。
◆一本目
【身体ゆるめるポーション】
(疲労軽減+適度にリラックスする系)
「まずこれ。“全身のこわばり”を取る。
疲れてると、緊張が強すぎてな。
これ飲むと肩とか背中がほぐれる。
要するに、身体が“仲良くしやすい状態”になる。」
夫婦が同時に、
「あぁ~~……」と納得の声を出す。
◆二本目
【心を落ち着かせるポーション】
(不安緩和・ゆるやかに幸福感が出る)
「次は心のほう。
冒険者って常に緊張してるだろ?
“今日は失敗したらどうしよう”とか“明日の依頼どうしよう”とか、
そういうストレスが減る。
喧嘩も減る。めっちゃ大事。」
奥さんが笑いながら夫をつつく。
「あなたこれ毎日飲んだほうがいいんじゃない?」
「やめて!? 店主の前で恥ずかしい!!」
◆三本目
【ふたりで飲む用のお守りポーション】
(体の巡り強化・ホルモンバランスの補助程度)
「最後のこれが、“子宝に恵まれたい”に一番近い。
効果は強制じゃなく、
“体のめぐりを良くする”“冷えを減らす”“疲労を蓄積しづらくする”。
簡単に言えば――」
俺は瓶を指で軽く叩いた。
「“ふたりで過ごす時間が穏やかであったかくなる”ポーションだ。」
夫婦は見つめ合い、
奥さんがそっと旦那の手を握った。
旦那さんは照れながらも、晴れやかな顔になる。
「店主さん……
強制じゃないのが、むしろ嬉しいです」
「ああ、そうだな……
“自然に”のほうが、俺も作ってて気持ちいい」
クリムが「きゅっ」と肯定し、
ルゥが大きくため息をついたあと、
鼻で“よかったな”と夫婦に押し返した。
俺は苦笑しながらまとめる。
「この三本、
“痩せるとか惚れさせるとかよりずっと繊細”だ。
だけど――
“寄り添う気持ち”が本物なら、
効果はちゃんと出る。」
夫婦は深く頭を下げる。
「ありがとうございます……
これで……また二人でがんばってみます。」
「おう。
焦らず、まぁゆっくりな」
夫婦が手をつないで帰っていく姿を見送りながら、俺は肩を回す。
「……まったく。
惚れ薬、痩せ薬、子宝まで来るとはな。
次はなんだ? “夫婦喧嘩仲直りポーション”か?」
クリムが「それ絶対来る」と言わんばかりに鳴き、
ルゥが“次の客やべぇかもよ”みたいな顔をした。
……やばい未来しか見えない。
まぁ、来たら来たで作るけどさ。




