痩せるポーションありますよね!?
カウンターを整えていたら、店の扉が勢いよく開いた。
「店主!!! 痩せたいんです。切実に。ありますよね!?
痩せるポーション!!!」
……今日は朝から強烈だな。
俺は手を止め、ゆっくり顔を上げる。
「……ある前提で来たのか、お前」
青年――いや、年齢不詳の“やけに必死な客”は、
目にギラギラした希望を宿して身を乗り出してくる。
「ありますよね!? ね!? ないなんて言わせませんよ!?
ポーション屋さんなら! 痩せる薬の一つくらい!!」
クリムが肩の上で「きゅ?」と疑問を投げ、
ルゥが横で「また面倒そうなの来たな……」みたいな目を向けている。
俺はため息をひとつ吐き、腕を組んだ。
「……誰のために痩せるかによるな」
客がピタッと動きを止めた。
そのまま固まり、ゆっくりこちらを見る。
「……え?」
「だから、“誰のため”だよ。
自分のため?
誰かに好かれたいから?
それとも、冒険で動きやすくなりたいだけ?」
青年はしばらく黙り込み、
やがて絞り出すように言った。
「…………好きな人のため……」
ほら出た。
こういうやつ大体そうだ。
俺は棚を開けながら、肩越しに言う。
「じゃあ“痩せるポーション”じゃなくて、
“好きな人にちゃんと見てもらえるポーション”にするべきだな」
「ちょ、ちょっと待って!! 痩せるのは!? 痩せる成分は!?
俺は細くなって見返したいんですけど!!!」
「お前、細けりゃ本当に見返せると思ってる?」
青年は口をぱくぱくさせる。
クリムがやさしい目で見上げながら
“精神安定ポーションどう?”と言いたげに瓶をつつく。
ルゥはあごを床に乗せ、
「まぁ座れよ」みたいな空気を漂わせている。
俺は青年の前に小瓶を三つ並べた。
「まず言っとく。
俺が作れる“痩せる系”は、『むくみが取れる』『余分な水分を排出する』くらいだ。
体重がストンと落ちるようなポーションなんて作らないし、作れない。
体壊すだけだからな」
青年がしゅんとなる。
「じゃ、じゃあ……俺、一生このまま……」
「誰もそんな話してない」
俺は一本目の瓶を指さした。
「【代謝軽ブーストポーション】
適度に身体が軽く感じて、動きやすくなる。
“痩せやすい身体になるための補助”。」
次に二本目。
「【自信ブースト(微)】
見た目より、自分の姿勢と話し方のほうが印象に影響デカいからな。
胸張って、堂々といられるようになる。
“好きな人の前で縮こまない用”だ。」
そして三本目。
「【魅力度“素直化”ポーション】
無理に痩せたり飾ったりしなくても、
“自分の良いところ”が相手に伝わりやすくなる。
自然系惚れ薬の親戚だな。」
青年はぽかんと瓶を見つめる。
「……痩せるポーションじゃ、ないんですね……」
「言ったろ。
誰のために痩せるかによる、って。」
俺は青年の肩を軽く叩いた。
「もし“本当に自分のため”に痩せたいなら、
もうちょっと長期で計画立てて作る。
栄養のバランスとか、疲労ケアとか、筋肉痛対策とか。
でも――
“好きな人に見てもらいたいから痩せたい”ってだけなら、
無理に細くなる必要なんてない。」
青年の目が揺れる。
「……で、でも……」
「その相手は、“お前の体型だけ”で判断するのか?」
「……っ……」
図星だったらしい。
俺は続けた。
「だったらなおさら、痩せる必要ない。
必要なのは“ちゃんと笑って話せる勇気”のほうだよ」
青年の目に、じわっと涙が浮かんだ。
クリムがそっと青年の手に頭を乗せ、
ルゥが尻尾で背中をぽんぽん叩く。
「……これ……全部ください……
痩せるより……こっちのほうが……本当に必要な気がしてきた……」
「おっ、ようやく分かったか」
俺は苦笑しながら三本まとめて渡す。
「努力したいなら応援する。
ただし“痩せるため”じゃなくて、
“ちゃんと好きな人に向き合うため”にな。」
青年は泣き笑いしながら頭を下げた。
「……店主……俺……本気で頑張ります……!!」
「おう。
その前に飯ちゃんと食えよ。
栄養抜くと逆効果だぞ?」
「は、はい!!」
青年は勢いよく走り去っていった。
背中を見送りながら、俺は小さくつぶやく。
「……痩せるポーションより、
恋に効く言葉と勇気のほうが強いんだよな、結局」
クリムが「きゅ」と鳴き、
ルゥが鼻を鳴らした。
今日もまた一人、
妙な悩みを抱えた冒険者が、
少しだけ前向きになって帰っていった。
まぁ、それでいい。
ポーションは“背中を押す役”で、
人生を変えるのはいつだって本人だから。
さて――
次はどんな無茶振りが飛んでくるやら。




