惚れ薬的なポーション作れますか?
カウンターを拭いていた俺の耳に、
「惚れ薬的なポーション作れますか?」
という、何ともまぁ危険な響きの質問が届いた。
顔を上げると、そこに立っていたのは常連でも新規でもなく、
“恋に悩んだ顔をした青年冒険者”だった。
クリムは「きゅ?」と首をかしげ、
ルゥは「お前それ本気か?」みたいな目で青年を見ている。
俺はため息を一つつき、
カウンターに腕を組んで答えた。
「……どんな風に惚れて欲しいかによる」
青年がぽかんとした。
「えっ……どんな、って?」
「惚れ薬って言ってもな。
“目が合った瞬間恋に落ちる系”とか、
“相手のいいところばっか見えるようになる系”とか、
“自信ブーストして告白成功率を上げる系”とか、
純度の高い“勢いだけ出る系”とか……」
「勢いだけ!?」
「むしろ惚れ薬と言いつつ、実質そっちのほうが需要あるんだよ、冒険者社会では」
青年は両手をぶんぶん振って否定した。
「ち、ちがいます! 俺はもっとこう……自然に……! 不自然じゃなくて……! あくまで“ちょっと背中押してほしい”くらいで……!」
「なるほど、“自然系”ね」
俺は棚を見やりながら、頭の中でレシピを組み立て始める。
惚れ薬といっても、倫理的にアウトな“強制”は作らないのが俺の方針だ。
ついでに、クリムとルゥもそういうのは絶対ダメって顔をする。
だから作るとしても、“惚れさせる”んじゃなくて――
「“自分の魅力を相手が認識しやすくなる”タイプなら作れる。
まぁ、バフだな。“恋愛成功率上昇ポーション”というか」
「そ、それで十分です!
相手に嫌なことはしないし……気持ちを押しつけたいわけじゃなくて……」
なるほど真面目だ。
じゃあ方向性は決まった。
俺は青年に向かって指を立てる。
「まず確認な。
“どんな風に惚れてほしいか”っていうのは――
相手に“魅力が伝わりやすくなる”だけでよくて、
相手の判断力を奪う必要はない。
……これでいいか?」
青年は力強く頷いた。
「はい!!」
クリムが胸を張って「きゅっ」と鳴き、
ルゥが満足そうに尻尾を振った。
よし。店のモフモフ倫理委員会もOKらしい。
俺は小瓶を取り出し、話を続ける。
「じゃあ作るのは、“自然な惚れやすさ誘導ポーション”。
効果は三つだけだ。」
一つ、
“表情が柔らかくなる(相手が安心しやすい)”
二つ、
“声が少しだけ落ち着く(好印象に聞こえる)”
三つ、
“緊張しにくくなる(堂々と話せる)”
青年は目を丸くした。
「えっ……そんなにちゃんとしてるんですか……?」
「惚れ薬じゃなく“自分をきちんと見せる薬”だからな。
これ飲んで惚れさせられなかったら、そもそも脈がないかタイミングが悪いだけだ」
青年は感動したように拳を握る。
「……それ、ください!!」
「はいはい、ちょっと待ってろ」
俺は素材棚から、甘い香りの草と、緊張を和らげる花のエキス、
そして気持ちを落ち着かせる微量のハーブを取り出した。
カウンター奥で、カチャン・コトコトと軽い調合。
クリムが腕の上で見守り、
ルゥが入口で「がんばれ」と言いたげに鼻息を鳴らす。
しばらくして透明な液体ができあがる。
ほんのり桃色――見た目だけは惚れ薬っぽい。
俺は青年の前に置いた。
「【自然誘導ポーション】
――通称、“ちょっといい感じに見えるやつ”。」
「名前、急にくだけてる!」
「効果が自然だからな。
飲んでも性格変わらないし、無理やり惚れさせたりもしない。
ただ――」
俺は青年に近づき、指を一本立てた。
「飲んだからって何もしないと、マジで何も起きねぇぞ?」
「……は、はい!」
「自分で動け。
話しかけろ。
目を見ろ。
ちゃんと笑え。」
青年の顔に、迷いの色が薄れていく。
「あの……飲んだあと、どんな感じになりますか?」
「心が落ち着く。
無理のない笑顔が出る。
ちゃんと相手の言葉が耳に届く。
……つまり“好きな人の前で固まらない”ってだけだ」
青年は深く息を吸い、
胸に手を置いて、
「……それで充分です。がんばります!」
と、きっぱり言った。
クリムがちょんと頭をつつき、
ルゥが軽く「わふ」と背中を押すように声をあげた。
俺は苦笑しつつ瓶を渡す。
「よし。
“惚れさせるんじゃなく、ちゃんと好きになってもらえるよう努力する用ポーション”。
効果は夕方までだ。
告白するときに飲むなよ。緊張が完全に消えるのは逆に不自然だ」
「わ、分かりました!!」
青年は瓶を抱きしめるように持ち、
店を飛び出していった。
その背中を見ながら、俺は小さくつぶやく。
「……どんな風に惚れてほしいか、って大事だよなぁ」
クリムが肩で「きゅ」と鳴き、
ルゥが尻尾で俺の足を軽く叩いた。
――惚れ薬なんてのは、本来危ない代物だ。
だからこそ、使うなら“自分をよくする方向”でしか作らない。
今日の青年が、それでうまくいきますように。
……まぁ、もし失敗して泣きながら戻ってきたら、
そのときは“失恋回復ポーション”でも作ってやるか。




