疲れたんで、なんかください
店を開いてから、だいたい一か月が経ったころ。
「……おい、朝から行列できてるんだが」
店の扉を少しだけ開けて外をのぞくと、ギルド前の路地に、ずらっと冒険者が並んでいた。
重装騎士、弓使い、魔法使い、軽装の盗賊……そして、その列のいちばん前で欠伸しているのは、見慣れた顔。
「おーい、店主。今日も一番乗りだぞ」
ガイルだ。
その足元には、ミーナが椅子にちょこんと座って、クリムと遊んでいる。
「お前らさ……もう少し常連感を隠す努力してくれない?」
「いやいや、むしろアピールしてるんだ。
“ここは命の恩人の店で、疲れた身体にはとにかく効く”ってな」
後ろのほうで、他の冒険者がうんうんと頷いている。
「ここの“おやすみポーション”飲んでから、翌朝の筋肉痛がマシになったんだよなぁ」
「私は“雨の日だるいポーション”派だね。天気悪いと膝がね……」
なんだこの、半分治療院みたいな空気。
「はいはい、とりあえず順番に入ってきて。店、そんなに広くないから押すなよ。ルゥがつぶれる」
俺が扉を全開にすると、ルゥがのそのそと立ち上がって、律義にお客一人一人をくんくんと匂いチェックする。
怪しいやつには容赦なく「わふっ」と一喝。
その横で、クリムはカウンターの上でふわふわして、癒やし要員としての仕事を全うしている。
「店主、“いつもの”」
一番乗りのガイルが、カウンターに肘をつきながら言う。
「“いつもの”って言われても、お前の“いつもの”種類多いんだよな。
狩り帰り用、依頼前用、徹夜開け用、ミーナに怒られたとき用――どれだ」
「最後のやつはメニューにないだろ!」
後ろからミーナのツッコミが飛んできた。
本人は苦笑しているが、若干図星っぽい。
「今日は長期依頼の帰還直後だ。全身だるい、眠い、でもギルド報告までは倒れられない」
「はいはい、“がんばったねセット”だな」
俺は棚から、軽い疲労回復ポーションと、頭スッキリ系の少量版を取り出し、さらにサービスで甘いハーブキャンディを一つつけた。
「ほら。回復ポーションを先に一口。それからスッキリ系。
報告終わったら甘いの舐めて帰れ。で、家で倒れろ」
「相変わらず容赦ないアドバイスだな……」
そう言いながらも、ガイルは素直に従う。
一口飲むごとに、肩の力が少し抜けていくのが分かる。
「……あー、やっぱ効くわ。これがないともうダンジョン潜れん」
「中毒みたいに言うな。ちゃんと用法容量守れよ」
そうこうしている間に、店の中は一気に賑やかになっていく。
「店主、新作って聞いたんだけど!」
「“徹夜で地図描いたあとに効くやつ”ある?」
「師匠に連れ回されて足パンパンなんですけど……」
俺は次々と要望を聞きながら、棚からポーションを選び、時々その場で調合を微調整する。
生活感漂う、錬金術師の毎日だ。
……いや、これ、完全に“ダンジョン内くぼ地拠点”の延長だよな、とふと思う。
素材がそこらに生えている草から、商人が運んでくる薬草や、ギルド経由の希少素材に変わっただけで、やってることはあんまり変わらない。
「疲れてるやつを見つける → とりあえず何か作って飲ませる → 効く → 懐かれる」
この流れは、どうやらどこに行っても一緒らしい。
昼のピークが落ち着いたころ、ようやく椅子に腰を下ろす時間ができた。
「ふぁぁ……今日はよく働いたな……」
クリムが膝の上でころんと転がり、ルゥが足元にあごをのせてくる。
この感じ、懐かしい。
青空の下で、焚き火の前で、二匹に挟まれて昼寝した日々を思い出す。
「……なぁ、お前ら。たまに、あの草原が恋しくなったりしないか?」
声をかけると、クリムが「きゅ」と鳴き、ルゥが尻尾を一回だけ振った。
“ちょっとだけね”って返事に聞こえる。
「まぁ、ここも悪くないか。飯もちゃんとしてるし、雨風もしのげるし、屋根あるし」
決定的なのは、ベッドがあることだ。
ふかふか布団って偉大だなと、こっちの生活に戻ってから何度思ったことか。
「店主、ちょっといいか?」
ふと、ギルドの紋章が入ったマントを着た男が、カウンターにやってきた。
顔なじみの、ギルド職員だ。
「なんだ、今度は何の相談だ。
“二日酔いに効くポーションを公認にしたい”とかなら、さすがに考えるぞ」
「それはそれで欲しいけど……違う。
実はな、例の“青空階層”の調査隊が組まれることになった」
手が止まる。
「……あそこに、もう一回行くってことか?」
「ああ。ただし今回は、意図的にトラップを発動させて、向こう側に行く方法を探る。
向こうが安定して繋がるなら、新たな採集ポイントとして利用できる可能性もあるからな」
なるほど。
あの階層の草や花、ハーブの質の良さは、俺が一番よく知っている。
「で、できればお前にも、“現地ガイド兼ポーション担当”として参加してほしい、って話だ。
もちろん断ってもいい。危険もあるしな」
横で話を聞いていたガイルが、素早く割り込む。
「俺も行くぞ。というか、行かせてくれ。
お前一人でまた変なところに残されたら、今度こそ店が困る」
「店の心配?」
「そうだ。お前のポーションがないと、ギルドの回復班が悲鳴を上げる」
ああ、そうか。
あのときと違って、今の俺には“戻る場所”があるんだなと、変なところで実感する。
店。
ギルド。
クリムとルゥ。
常連客たち。
そして、もしもう一度あの空の下に立てたら――
そのときは、前よりも少しだけ余裕を持って、景色を眺められる気がする。
「……分かった。調査隊、参加するよ」
ギルド職員がほっとしたように笑う。
「助かる。詳細はまた後日連絡する。それまでに、遠征用のポーション、必要数だけ用意しておいてくれ」
「はいはい、“疲れた身体にはやっぱりこれ・遠征仕様”な」
俺が軽口を叩くと、周りで聞いていた冒険者たちがくすくす笑った。
その日の閉店後。
シャッターを下ろし、棚を片付け、ようやく一息つく時間がやってきた。
「……さて、こっちも疲れたし」
俺は自分用の棚から、小さな瓶を一つ取り出す。
青空階層で最初に作って以来、何度も改良を重ねてきた“特製疲労回復ポーション”。
味も、昔の“にがっ”から、“ちょっとハーブティーっぽくてうまい”レベルに進化している。
栓を抜き、ちびちびと口に含む。
舌の上に広がるほのかな苦みと、後から追いかけてくる優しい甘さ。
喉を通るころには、もう身体の奥からじわっと温かさが広がっていく。
「……うん。やっぱり、疲れた身体には、これだな」
クリムがカウンターにぴょんと飛び乗り、ルゥが足元ですり寄ってくる。
「今度の遠征、みんなで行くからな。
あの空、ルゥにもちゃんと見せてやりたいし」
「きゅ」
「わふ」
二匹の返事を聞きながら、俺は小さく笑った。
ポーション作りは、きっとこれからも“自分のため”であり続ける。
自分が飲んで効いてほしいから、味も、効果も、とことんこだわる。
その結果として、誰かの帰り道が少し楽になって、
誰かの明日の一歩が、少し軽くなってくれたら――
それで十分だ。
明日もまた、きっと誰かが扉を開けて言うだろう。
「疲れたんで、なんかください」
そしたら胸を張って、こう答えてやろう。
「はいよ。疲れた身体には――やっぱりこれ、だ」




