第67話 答え合わせをしましょう。
「あ……はぁ…う…あぁ」
僕の目は、どうなった?
恐る恐る手を外す。
痛みはまだおさまらない。
「………あぁ」
右目が、見えない。
《《それ》》は、無表情のまま僕を見下ろしていた。そして空洞のようにも見える黒い口を開く。
『お前はまだ 若いから 少しの間だけ 見逃してやる』
「…え」
すると、視力がぼんやりと戻った。しかし、物の位置と、かすかな明るさがあるだけ。
「どうしてっ………どうして!」
『諦めてください』
電子音がまたピー、と鳴る。
「……英美は?英美は、どうなった?」
ピーーー、とさらに電子音が鳴った。消えた。
「英美に会わせてくれ…!僕は、英美に伝えたいことがあるんだ…!」
『…………』
「悠人」
「えっ?」
僕は顔を上げた。
……そこには、英美がいた。
後ろには、《《それ》》が微動だにせずいる。
「英美…?」
「うん。久しぶりだね、悠人。」
僕は目の痛みなど忘れたような、嬉しい気持ちになった。でも、彼女はもう死んでいるわけだからなぜここにいるのか分からない。
「悠人。答え合わせをしようか。」
「答え合わせ…?」
「うん。」
彼女は笑顔を作るか無表情でいるか迷ったようだった。
「…何から言おうかな。」
「……英美は、生きてるの?」
「いや。私はもう死んだよ。…じゃあ、それから話すね。」
「………。」
実際に英美の口から死んだと聞かされて、改めてショックを受けた。
それでも英美がここにいるなら良いと思った。
英美はベッドに腰掛けた。《《それ》》の隣だ。
「まず、一つ言っておくね。私は嘘をつかないし、今までもついてない。今から話すことは、全部事実だから。」
「……うん。」
「……悠人、覚えてる?私が、毎日夢の中でデスゲームをしてるっていう話。あと、浴室でドアが勝手に開いたってやつ。」
「もちろん覚えてるよ。……あっ。」
なんとなく、なんとなく気付いた。間違ってるかもしれないが。
声が震える。
「……その話の両方に出てくる、白い服で、長い黒髪の…女は、《《それ》》ってこと?」
「正解!」
彼女はぱんと手を叩いた。
「ついでに言うと、悠人が怖い話の時に教えてくれた、子供の時に見たお母さんっていうのも、これだよ。」
「……なんで?」
「これ……見えてはいけないもの、って言うね。『見えてはいけないもの』は、絶望とか、妬みとか、痛みとか。そういう負の感情が大好きで、あればあるほど力が大きくなっていく。まあ、力が大きくなってもできることはほとんどないけどね。」
英美は目だけ微笑んだ。
「私たちが理由もなく生きるのと同じだよ。生きるためにご飯を食べて、何で生きるのかって聞かれたら返答に困るのと同じように、どうして負の感情を欲して、なんで存在しているのかは説明ができない。もともとそういうものなんだよ。」
「……英美は、なんでそんなことを知ってるの?…なんで、そんなに落ち着いているの?」
彼女は答えなかった。
「…『見えてはいけないもの』は、どんどん力が衰えていった。だからなのかは私にも分からないんだけど、とりあえず特定の人物から苦しみを吸収しようとしてたみたい。吸収されても私たちの痛みは変わらないし、特定の人物が死んだら別の人をターゲットにする、って感じ。」
急に言われても実感が湧かなかった。
「……じゃあ、英美が…死んだ、としたら、『見えてはいけないもの』は別の人をターゲットにするんじゃないの…?」
「……そうだよ。でもね、私の絶望はすごくすっごく深かったみたいで、しばらくは大丈夫らしい。」
「…そ、っか。」
「ふふっ、まだ終わってないよ?
《《次のターゲットは、悠人》》になったんだ!」
「………え」
次のターゲットは、僕…?
手が震えた。その言葉を理解したくなかった。
「…『見えてはいけないもの』は、私たちが幼いときにここらへんの人のところを何らかの形で訪れた。…悠人は全然辛そうじゃなかったのに比べて、私はどこかがおかしかったから、『見えてはいけないもの』は私に狙いを定めた。思えば、途中から極端に運が悪くなっていったなぁ。」
「…………。」
英美が僕と目を合わせる。
「…ねえ、悠人。私に伝えたいことがあるって言ってたよね。それ、何だったの?」
英美は笑顔だった。僕はそれに狂気を感じながらも、英美と一緒にいたいという欲望を抑えることができなかった。
「……愛してる。」
「……え。」
突然そう言った僕に、英美は驚いたように固まった。恥ずかしそうに目をそらす。
「……私、全然価値ないし、私は自分を好きになれないし、ほぼ壊れてるし。…一緒にいても、全然楽しくないよ?私のどこを好きになってくれたのか分からないけど。」
「まず、何事も一生懸命なところ。」
「…え?」
「笑顔が可愛いところ。諦めないところ。純粋なところ。思いやりがあって、優しいところ。相手のことを誰よりも尊重しようとするところ。話を楽しそうに聞いてくれるところ。辛いことがあっても僕に言ってくれるところ。素直なのに素直じゃないところ。僕の名前を呼んでくれるところ」
「ちょ、もういいよ!もういいから!」
彼女は恥ずかしそうにうつむいた。
「…僕は、英美が深い奥底まで堕ちていったって、本心では誰の事も嫌いだったって、全部、全部好きだよ。」
「……うん。」
僕は彼女の腕を掴み、引き寄せた。
「ねえ、英美。返事は?」
「……私も愛してる。」
僕はふふっ、と笑った。
「英美、ずっと一緒にいようね。ずっといれるなら、次のターゲットは僕でも良いよ。ね。僕は右目を失っても良いから。」
「……私も離れないから。」
英美はへへっ、と笑った。
「私の体はもうすぐ乗っ取られる。でも、意識は別のところにあるから。悠人の隣で、透明な人生を歩むことにするよ。」
「うん。」
「ア」




