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ひとりぐらし  作者: 雨宮 叶月
管理人の記憶

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第65話 喪失

 僕は第一志望の高校に受かった。

 彼女の希望する高校よりは少しレベルが低かったものの、偏差値が高い学校で、どこから漏れたのかクラスのみんなから称賛された。



 ……何かに気付いたのは、それから数日後のことだった。


 クラスのみんながひそひそと何かを話していた。


 殺人、近く、事件、というような物騒な言葉がところどころ聞こえてきて、まさか、と思った。


 さすがに違うと信じていた。


 僕は放課後、そんな話題を取り上げていた男子に声をかけた。


「……あのさ、殺人とか聞こえてきたんだけど、何かあったの?それとも小説とかの話?」


「えっ、泉お前知らないのかよ?」


「マジで!?」


「……え、何?」


 嫌な予感がした。


「……隣の■■中学校の女子が、殺されたんだよ。実の母親に。」


「えっ……。」


 そこは、英美の中学校だった。



「確か、包丁で刺されたとか…だったよな?」


「ああ。俺たちと同い年らしいな。」


「……ありがとう。」



 僕は男子たちにそう言うと、階段を素早く降りた。


 自転車を必死に漕ぐ。


 冷たい、しかし生温くなってきた風が強く、吹き抜ける。



(さすがに違うよな。そうだよな……。)



 自分のマンションに自転車を止め、英美のマンションまで必死に走った。



 ………そこには、警察とマスコミ関係者と、野次馬が。



 僕は呆然とそこに立った。



「ん?あれ、君このへんの中学校の子!?何か知ってる?殺された女の子、高原みたいな名前の子らしいけど…。」


「……あ……すみません、分かりません。」


「そっかー。ごめんね。」



 ………英美だった。



 僕はゆっくりと自分の家に戻っていった。


 それでも、何も分からなかった。


 今自分がどんな感情で、どうしてこの世界が回っているのか。


 ああ、英美の言った通りだ、そう思った。


 彼女がいなくなっても、この世界の時間は流れる。当たり前のようで、しかし僕の日常にとっては当たり前じゃない。



 僕はいつの間にか自分の部屋の前にいた。


 とにかく今は、英美の存在に触れたくて、何かを探し回った。


 ……そんなときに目についたのが、英美がくれたキーホルダーだった。


 銀色の、ダリアのような雪の結晶に、3本の薔薇の輪郭が重なっているキーホルダー。



 ああ。


 今、気付いた。




 3本の薔薇の花言葉は、『愛しています』。





 偶然かもしれない。いや、偶然だろう。



 それでも、僕はキーホルダーを震える手で握りしめた。



「……ぅ、っ」



 嗚咽が喉から漏れ出る。僕はなぜ、こんなに泣きそうになっているのだろう。



 目から涙が落ちる。止まらない。


「……嘘だって、言ってよ……」



 僕は声を殺して泣いた。僕の気持ちとは反対に、涙はもう流れない。



 ああ、彼女もこんな気持ちだったのだろうか。



 学校で理不尽な目にあって、家では母親に殴られて、罵られて、でも自分の悲しみだけが強く心に残る。



 ああ、許せないなぁ。


 許されるべきじゃない。僕が許さない。



 ふと、彼女が好きだと言っていたスノードロップの花言葉を思い出した。


 スノードロップの展示はなくて、結局一緒に見に行くことはできなかったけれど。


『希望、再生、純粋。……そして、復讐。』



 じゃあ僕は、純粋な気持ちで、復讐をしよう。


 いつか貴方に会えるという、希望を胸に持って。


 ……希望なんて、彼女はもうとっくに失ってしまったのかもしれないが。



 僕は立ち上がった。




 □


 あの家の事件は、最初こそ話題になっていたものの、数日もすると周りには誰もいなくなった。


 次第に誰もが忘れていく。


 あの事件の本質は『殺人』じゃない。『子供の心を壊す』ということだ。


 誰も、メッセージに気付かない。



 犯人は、英美の母だったようだ。

 やはり許せなかった。


 でも、まだ子供の僕にできることはほとんどない。


 どうすればいいのか考えながら、僕は高校生になった。



 やがてあのマンションには警察も立ち寄らなくなり、『事故物件』として扱われるようになった。



「誰も入居してくれないねえ。まあみんな嫌なことは分かるんだけど。」


 当時の管理人のおじいさんはそう言ってため息をついた。

 僕はとりあえず管理人さんと仲良くなろうとしていた。



「……じゃあ、僕が一定の期間住みます。それで何もなかったら、『事故物件』とはもう書かなくてもいいんじゃないですか?」


「えぇ、泉くんにそんなことさせるわけにはいかないよ。」


「……そこには、僕の…友達、が住んでいたんです。僕もまだ悲しみは癒えていないので、…1週間だけでいいので許可してくれませんか?」


「そっかぁ。なら、いいよ。」


「ありがとうございます!」



 そこに住むと言っても、僕は学校があったし、もう家具もほとんどないので帰りに寄るという程度だった。


 唯一残っていたのが、1つのベッド。


 さらに僕は塾もあって、そのマンションに寄るのは23時を過ぎることが多かった。


 それでも僕は、そこのマンションで24時過ぎくらいまで勉強をしてから家に帰るという行為を繰り返していた。



 やがて、異変が起きたのは3日目の夜だった。




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