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ひとりぐらし  作者: 雨宮 叶月
管理人の記憶

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第62話 怖い話でもしようか

夏が過ぎ、秋も通り過ぎた。凍えるような寒さの中、暖房をつけた。


あの日から、特別やることがないときは僕の家に来ている。



「悠人、これあげる。」



彼女は丁寧にラッピングされた白い袋を僕の手の上に乗せた。



「これって?」


「私、修学旅行があったって言ったじゃん?そこで買ってきた。おみやげ。」


「ありがとう。今開けていい?」


「うん。」



僕はリボンをほどく。


中から出てきたのは、キーホルダーだった。



ダリアのような雪の結晶に、3本の薔薇の輪郭が重なっている。銀色だ。



「綺麗……」


「ふふっ、私とお揃いだよ!」


彼女はポケットから色違いのキーホルダーを取り出し、ゆらした。



「悠人には、銀色が似合うと思ったんだ。…それに、私が誰かのために物を買うって貴重なんだよ?私はそれ以外、自分用のお菓子とかぬいぐるみしか買ってないから。」



「……ありがとう。僕も修学旅行の時は英美に何かあげる。」



「あはっ、それネタバレにならないの?」



彼女はソファーに座った。僕は棚の上に、丁寧にキーホルダーを置く。



「……悠人の家ってさ、いつもご両親いないよね。仕事とか忙しいの?」



「うん。たまに夜会うこともあるけど、朝になったらいない。」



「…寂しいとか思ったりしなかったの?」



「小学生前半の頃はちょっと思ってたかもしれないけど、その時はテストの点数がヤバすぎて、勉強することに集中してたら次第にそんな気持ちも無くなっていったよ。」



「へー、こんなこと言ったら良くないかもだけど、いいなぁ。自分の好きな時に勉強できて、自分のタイミングで休めるじゃん。」



「まあね。」



「…………」



彼女は窓の外を眺めた。



「……ね、悠人。窓の外を見るだけで寒くなってくるような気がするね。だから、もっと寒くなるような話をしても良い?」



「急にどうした…良いよ。」



僕は彼女の隣に腰を下ろした。



「私ね、実はこの町に引っ越してきたんだ。小学生の頃。」



「えっ!?どこから?」



「それはどうでもいいじゃん。でね、そこにいたときに私、何回も不思議な体験をしたんだ。不思議って言うか、怖いやつだけど。」



「うん。」



「まず、幼稚園の時。夜布団に入って、明日のことを考えてたのね。それで、まばたきをして、目を開けた次の瞬間が朝だった。自分でも目を疑って、気付かないうちに寝てしまったんじゃないか、って思ったんだけど、いつもは眠くて起きたくないのに、その日は普通に起きれたんだ。」



「………」



「友達に話したら、嘘だ~って言われたんだけど、あれは不思議だったなぁ。次の日の朝は普通に起きるのが辛かったし。」


彼女は笑った。



「確かに不思議。」


「ふふっ、それはそんなに怖くないんだよ。……結構怖かったのは、ドライヤーで髪を乾かしてた時かな。」



「怖い話?」



「そう、怖い話。そして実話。髪を乾かしながらぼーっとしてたの。鏡を見ながら。

………右隣の浴室の扉が、開いたんだ。ガラガラガラ、って。……誰もいないはずなのに。」



「…うわぁ…。」



「あんまりよく覚えてないんだよね。でも、顔を背けてドアにしがみついて、叫んだのは覚えてる。視界の端には、白い服と、すごく長い黒髪が見えた気がしたんだ。」



「……急にすっごく怖くなるじゃん。」



「うん、でもね。母が来て確認したら、ドアは閉まってた。何も、なかった。

錯覚でしょって言われて、私も何だったんだろうな、って思って。

……でも、それは幻覚じゃなかったって感じるんだ。」



「……何で?」


「だって、私が間違えるわけないから。」


彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。



「それから、私はドライヤーで髪を乾かすのが怖くなった。せめて、ドアを開けてるんだ。」



「……ああ、怖い話終わり?」


普通に怖いじゃないか。



「…一番怖い話は終わり。でもあと一つ残ってる。」


彼女は目尻を下げた。



「……私ね、夢で毎日デスゲームしてるんだ。」



「…え?デスゲーム?」


「うん。」



話の方向が突然変わった気分だった。デスゲームという言葉が飛び出してくるなんて、誰が予想したか。



「……中学生になって、いや小学生からだったかもしれない。毎日、夢で何かに追いかけられるんだ。私を追いかけるものは特に決まってるわけじゃないけど、白い服で、長い黒髪で、………黒目が、特徴的な女。」



「黒目って……」




心臓の周りが冷えた。暖房で部屋は暖かくなっているはずなのに。


彼女が僕のほうに近付いた。




「捕まるか捕まらないかはその日によって違う。捕まったときは、私は殺されるの。仲間にされる時もある。夢のはずなのに、痛くてびっくりした。

……でも、私は死ねないんだ。死んだと思っても、実は生きてる。」



「死ねない?」


所詮は夢の話だと割り切ろうとした。



「毎日鬼ごっこみたいな感じで。死んだ人は消えるんだけど、私は自分の体が消えないことに気付くんだ。だから、誰もいないときを見計らって起き上がる。

クラスメイトと半々に分かれたこともあるし、そんなときに長い黒髪の女が特殊人体として現れるときもある。」



「……意外とその話のほうがホラーで怖いよ。」



「あははっ!」


彼女が少しだけ僕に近付いた。



「……英美さ、自分で話してて怖くなってきたから僕のほうに寄ってきたんでしょ。」


「えへ、バレた?」


彼女は両手を自分で絡めた。



「しょうがないな、手だけ握っててあげるよ。」


「わぁ、ありがとう。悠人優し~!」


彼女がおどけたように笑った。


相変わらず、彼女の手は冷たい。


彼女は話を続けた。




「……でも、慣れてきたんだよね。夢の中ではすっごく怖いし、私は『生』にしがみついてる。必死で逃げてるし、疲れないんだよね。それでも、目が覚めたら冷静に考える。あのとき何で避けちゃったんだろう、もっとこう言えば良かった、って。」



「……うん。」



「……長い黒髪の女が、毎回私のほうを見つめてくるの。何か言いたいのかなーって思いながら、逃げてる。」



「……って話?」



「そう。」



彼女は澄んだ瞳で僕を見た。



「悠人もなんか怖い話してよ。」



「……いいよ。」



何を話そうか。

頭にはつまらない話しか浮かんでこないので、ネット怪談を朗読した。




「…いつか悠人の怖い話も聞かせてね。」


「うん、じゃあ思い出したら言うね。」



彼女の言っていた、『白い服で長い黒髪の、黒目が特徴的な女』が心に残った。




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