第60話 本音
夏休みが終わり、通常の学校生活が再開した。
「あっ、泉くんおはよー!」
「おはよう。」
「てか夏休み会ったよね!?久しぶり~!」
「そうだね。」
僕は軽く流す。
「えっと、一緒にいた女の子のことなんだけど……友達なんだよねっ?よく、遊びに行ったりしてるの…?」
「まあ、うん。よく遊んだりする。」
「へえ……」
すると、目の前の女子が意を決したように言った。
「…あの、私…たち、も泉くんと遊んでみたい!」
しかし、僕の心はまったく動かなかった。
「ごめん。」
「え……?」
女子はたじろぐ。
「……いや、多分思ってるのとは違うと思うよ。僕たちは図書館で勉強したり本屋で勉強したり…ほとんどそれだから。」
「あ…それはちょっと嫌かも。」
女子ははっとして口を押さえた。
「ご、ごめん。でも…ならいいや。本当にごめんね?」
「いや、こちらこそ。」
それから女子達が話しかけてくることはなかった。
僕はいつも通り、休憩時間にワークを解いていた。
でも、頭の片隅から彼女の笑顔が離れない。
しかし、それは僕にとって悪い影響ではなかった。
□
「あっ。」
高原さんが僕に控えめに手を振った。
「泉くんっ、聞いて聞いて!私ね、英検準2級に合格したよ!あと、部活で応募した、コンピューターでデジタルのアートを作るやつも優秀賞をもらった!」
「え…!おめでとう!え、すごすぎる。」
純粋に驚いた。英語は中学1年生のときから独学で勉強しているのだと彼女が教えてくれた。
「ありがとう。泉くんに言われると、やっぱりほかの人に言われるよりも嬉しい。」
しかし、彼女はうつむいた。自分の影を見て何かの気持ちを押さえようとしているように見えた。
「…でも、本当に私でいいのかな。何だろう、もっと頑張らなきゃなっていう強い何かを感じるんだ。今上手くいってたって、本番で成功しなかったら意味ないなー…って。」
「高原さんはすごく頑張ってるよ。」
僕は即答した。
「えーっと、ごめん、僕はどう言うべきかは分からないんだけどさ、率直な気持ちで言うと、高原さんは本当にすごいよ。高原さんが上手くいかなかったとしたら、それは高原さんのせいじゃなくて、この世界が悪いんだよ。」
「…あはっ、何それ。」
彼女は泣きそうな顔で笑った。
「ふふっ…泉くんって、いつも私が一番欲しい言葉をくれるよね。」
「そんなことないって。」
いつしか同じような会話をしたような気がする。
「…嬉しくなっちゃうから。泉くんと会うのは毎回楽しみ。」
「僕も楽しみだよ。高原さんと一緒だったら、絶対人生楽しくなると思うけどなー。」
「お世辞上手すぎる。」
「お世辞じゃないって。高原さん友達多いでしょ。」
「いや?そんなことないよ。私はアンケートのとき『悩みを相談する友達を必要としていない』の番号をずっと塗りつぶしてるから。」
「え、僕は?」
「泉くんは特別。」
彼女はゆっくりと微笑んだ。そして、さっと周りを見渡す。
僕たち以外に人がいないのを確認すると、彼女は駆けだした。
「え?」
僕は彼女を目で追った。
彼女は、柵からそびえ立つ山を見ていた。すると、大きく息を吸う。
「あ゛ーーーーーー!」
高原さんは、山に向かって叫んだ。
そして少し沈黙すると、くるりとこちらを向く。
その姿には、既視感があった。僕は彼女の振り向く姿をよく見る。
「……前、どっかに、叫んだら気持ちが軽くなるって書いてた人がいたんだよね。だから叫んでみたんだけど、全然変わんない。むしろ恥ずかしくなってきた。」
彼女は笑顔を作ったが、目の奥が笑っていない。
「…泉くんってさ、ストレスとかあるの?」
急にシリアスな話題になった。
「…まあ、一応あるよ。勉強とか。ない人のほうが少ないんじゃない?」
「だよね。私もある。」
彼女はぼんやりと答えた。
「…じゃあ、ストレス解消法ってどんなのがある?今日授業でやったんだけどね。」
「えー………読書とか、音楽を聴くとか思いついたんだけど、実際は『何もしない』かもしれない。」
「『何もしない』?」
「うん。なんか、どうすればもっと良くなるな、こうしてもっと頑張らないと、みたいなことを考えてたら時間が過ぎて行って、いつも通りの日常になっていくわけじゃん。つまり、気にしないっていうことになる…のかな。ごめん、グダグダな説明で。」
「ううん。なんか面白い考えだね。」
彼女が顔を上げた。
「……今日はね、ストレスの解消法について話し合ったんだよね。ストレスを4つ書かなきゃいけなかったんだけど、話を聞いてくれない、とか一方的に…内容は良いとして、解消法がね、『頑張って目標を達成する』と『我慢する』しかなかったの。」
「別にいいんじゃない?」
「ね。でもそしたらさ、隣の男子に『脳筋じゃん』って言われたの。…ちょっと悲しかった。私は一生懸命考えて、ストレスから逃げるんじゃなくて物理的に解決しようとする性格なだけなのに。」
彼女は話を続ける。
「…それに、担任の先生が呼びかけをしろっていう圧をかけてくるのが怖い。みんなちゃんとしてるのに、でもなんだかんだ理由をつけて私が責められるんだろうなぁって思うと辛いんだ。」
「………高原さんの周りには、非常識な人が多いね。」
「あははっ。別に聞いてほしかっただけ。心は楽になってないけど、知ってくれたらそれで良いんだ。…良いんだよ。」
彼女はこちらに歩み寄った。
「…そろそろ帰らなきゃ。じゃあ、また明後日にね。」
「……うん。またね。」




