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ひとりぐらし  作者: 雨宮 叶月
管理人の記憶

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第59話 向日葵

俺たちは、毎週火曜日に会うことにしていた。毎週と言っても、夏休みはそこまで長くないが。


日数を増やすかはまた決めようという話をした。


「…あ、泉くんおはよう。」

「おはよう。高原さん。」


彼女は白いワンピースを着ていた。


「…その服似合ってるね。」

「ふふっ、お世辞でも嬉しい。いつもは家族好みの服を着るんだけど、今日は遅くまで用事があるらしくて。こっそり買った私が好きなタイプの服着てきたんだ。」


彼女は振り向いた。


その目には、何の感情も宿していなかった。


「今日はどうするー?」

「……今日は、一緒に行きたい場所があるんだ。」

「え、珍し。いいよ、ついていく。」


私たちは電車に乗った。


彼女は窓の外をよく見ていた。


「あっ、泉くん、海だ!わぁ…綺麗……透明だ…!」

「ね。海が見える瞬間って特別。」


僕たちはそんな、海の見える駅で降りた。黒髪と、白と、青がとてもよく似合っていた。


「…心が浄化されるみたい。」


その姿は、目を離したら消えてしまいそうなくらい儚かった。


「…次、乗り換えだっけ?」

「うん。」


僕たちはそこにしばらく留まった後、次の電車のホームへと移動した。


「…泉くんってさ、人を喜ばせるのが上手いよね。」

「えー?そんなことないって。」

「まだ目的地に着いたわけじゃないけど、私一人だったら海を見ようとか考えなかったから。…私が見た海の中で、一番綺麗だった。」

「…別に海を見ようと思ってあの駅で降りたわけじゃないけど。」

「ふっ、だから『運命』なんだよ。私たちが出会ったのも、こうして一緒にいるのも、今の私の気持ちも。」


高原さんは心底嬉しそうに笑った。


「私、この世で一番好きな人間は泉くんかも。」


僕は驚いた。


「え!?」

「あはっ、驚きすぎだって。…泉くんはさ、私に期待してないって雰囲気があるんだよね。」

「それ褒めてる?」

「褒め言葉。私の周りには、勝手に期待して、勝手に失望して、そして理想を押し付けてくる人しかいないから。泉くんといると、落ち着ける。」

「僕は高原さんと一緒にいるといつも楽しいよ。」

「ふふっ」


高原さんは爽やかに笑っていた。


思えば、彼女は僕といるときよく笑顔になる。

…それが本心からのものなのかは、分からないが。



そこで次の駅名がアナウンスされた。


「ここで降りよう。」

「あっ、ここなんだね。意外と近かった。」



僕たちは駅を離れて、数十分歩いた。


そして、看板の前で立ち止まった。


「……ここに、一緒に来てみたかった。」

「え…なんか聞いたことあるかも!楽しみ!」


ここは、毎年夏に咲く向日葵ひまわりが美しいと有名な場所だった。


なんだか恥ずかしくなって、彼女を導く。


「中学生は無料らしいから、入ろう。」

「うん。」


入場券をもらうと、僕たちはゲートをくぐった。


最初に目に飛び込んできたのは、いっぱいのスイレンだった。


「……わ、綺麗!」

「………」


なんだか不安だった気持ちとは反対に、高原さんは目を輝かせた。


「こんないいところあったんだね!初めて知った…!」


彼女は目を閉じて、腕を広げた。


一瞬、何もない場所に視線を向けたが、すぐに戻した。



スイレンは、水に浮かんでいた。空の澄んだ青が反射していて、時折映る白い雲が良かった。


どれも、透き通った色が美しかった。

根元が赤いもの、青いもの、黄色のもの。それでもひときわ目を引いたのが、何色にも染まっていない白いスイレンだった。


「へへっ、これだけでもう、今年の夏は忘れられないものになったよ。」



太陽の光が彼女を照らした。


地面まで真っ直ぐに伸びる、色がほんのりついているのかついていないのか曖昧な光が、彼女と合っていて、思わず口元をほころばせた。


「……綺麗」

「ね!めっちゃ綺麗。」


そういうことで良いと思った。


「次行こう!」

「うん。」


僕たちは角を曲がった。



………そこには、向日葵が広がっていた。


「あ………」


高原さんは立ち止まった。そして口を手で覆う。


「………綺麗」



彼女は恐る恐るというように、ゆっくりと近付いた。


僕も、向日葵のその美しさから目が離せなかった。


高低差、濃淡、明暗。全てが完璧だった。


風に揺れる。

彼女の髪も揺れる。


彼女が振り向いた。その瞳は純粋で、花が咲いたような笑顔だった。


そして、まばゆいほどの光に包まれて、僕の名前を呼ぶ。


「泉くん、ありがとうっ!ここに来ることができて、本当に良かった。」

「…喜んでもらえたなら嬉しい。」


僕は彼女の傍に行く。


「……ねえ、知ってる?向日葵の花言葉。」

「いや……知らない。でもなんとなく予想はつくかもしれない。」


彼女は手を伸ばした。花びらとギリギリ触れ合わない距離だ。


「…崇拝、憧れ、あなただけを見つめる。」

「……それが花言葉?」

「そう。」


高原さんはそのまま頷いた。


「私、何でかは分からないけど、向日葵の花言葉は結構好きなんだよね。偽りのない言葉って言うか、現実にあったらいいなーって感じで。」

「なんとなく良いと思うのはみんな同じじゃない?」

「うん、そうかも。」


彼女と目が合った。


「……やばい、泉くんがここに私と来てみたいって思ってくれたんだって考えると、すごく嬉しい。」


目を細めて笑う。


「へー、泉くんが…。」


彼女は向日葵に負けないくらい眩しかった。


「ちょっ、恥ずかしいって……」


「えー?」


彼女はすうっと息を吸った。


「…またいろんなところに行こうね。」

「うん。もちろん。」


僕たちは肩を並べて歩いた。




やがて太陽がゆるやかに沈み、空がオレンジを帯びてきた頃、僕達は電車に乗った。


「ねー、泉くんはどんな色が好き?」


高原さんがそう話しかけてきた。


「えー……。えー、迷うな。…黒みがかかった深い青とか好きかも。」

「おぉ、いいね。」


彼女は目を伏せた。


「私はね、白が好き。」

「白?」

「うん。何色にも染まってなくて、自分の軸を持ってるっていうイメージが私にはあるんだ。……自由な感じ。開放感がある。」

「あー、確かに。」


彼女のワンピースがオレンジ色に反射する。


「だからね、私は花の中でスノードロップが一番好き。」

「スノードロップか…名前が良い感じだね。」

「うん。名前も好きだし、可愛いし。でも、花言葉が一番印象に残ってる。可愛さを秘めている表面の裏に、そんな意味があるんだって思って。」


へえ、と思った。気になる。


「花言葉は何だったの?」

「希望、再生、純粋。……そして、復讐。」

「復讐……。でも僕、暗そうな花言葉の中では復讐が一番好みかも。」

「え、同じ。スノードロップって下向いてるんだけど、復讐相手とかが来たら、わって上を向いたりするのかなーって想像したりもした。」

「ははっ」



僕は思いをせる。


「……じゃあ、冬になったら一緒にスノードロップ見に行こうよ。」


彼女は驚いた顔をしたが、優しく微笑んだ。



「えへへっ、ありがとう。約束だよ?あっ、でもあったらね?あったら行こうね。」

「うん。約束。」










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