第55話 出会い
彼女と初めて出会ったのは、中2の頃だった。
学校から応募した作品が賞をもらったとかで、表彰式があった。
5、6つくらい中学校が集まっていたが、中学2年生は俺と彼女だけだったようで、自然と目で追っていた。
(礼儀正しい子だな…)
姿勢は常によく、微動だにしない。先生たちとも、笑顔で話していた。
でも、そのときはそれだけだった。中学校も違うし、これから関わることもないと思ったから。
表彰式が終わった。
その日は雨が降っていた。
たまたま彼女の中学校と隣だったため、会話が断片的に聞こえてきた。
「…大丈夫です。迎えがあるので。」
「そう?挨拶したいんだけど、今いる?」
「あっ、恐らく車で待っているので…すみません。」
「それなら大丈夫、気をつけて帰ってくださいね。」
「はい。ありがとうございました。」
話はそれで終わったようで、彼女は先生のもとから離れた。
それから数分後、僕の中学校も解散した。
「泉くん、大丈夫?雨降ってるけど帰れる?」
「大丈夫です、傘持っているので。」
先生にそう答え、さようならと言って帰ろうとした。
親が仕事で忙しいため、ほかのみんなとは違い、僕は車ではなく電車で来ていた。
外に出て、傘を差そうとすると、隣で空を見上げている少女に気付いた。
その顔を見た瞬間、僕の背筋はゾクッとした。
その目は、空よりも遥か遠くを見ているように僕には見えた。何の感情も宿していなかった。彼女は、灰色の世界を見ているのではないかと思うほどだった。
やがて彼女は顔を前に向けた。そして意を決するように息を吸うと、そのまま悠々と歩き出した。雨に打たれるまま。
「え……」
僕はどうすれば良いのか分からなかった。でも自然と傘をさして、彼女のもとへ駆けだそうとした。
「あの、傘、ないんだったら一緒に入りませんか?」
気付いたら彼女に声をかけていた。彼女は驚いた顔をしていた。
「……え、いや、大丈夫です。そこの屋根の下を歩いていくので…。迎えがありますから気にしなくて構いません。ありがとうございます。」
「あ…じゃあそこまで一緒に入らせてください。」
彼女は困ったように微笑んだ。
「……すみません。実は迎えが来るというのは噓なんです。でも、本当に大丈夫ですから。」
「え?でもさっき先生に迎えがくるって…」
「聞こえてたんですか………雨が降っているのに迎えがない、って知ったら先生に迷惑をかけるでしょう?それに、一人で帰るのにも慣れましたし、楽なので。」
そんなことを考えていたとは思わなかった。
「…僕も一人で帰るんです。道がちょっと不安なので、一緒に帰りませんか?」
「……そういうことなら、良いですよ。」
彼女はしぶしぶ了承してくれた。傘を持ってくれようとしたが、僕のほうが彼女より背が高いと知ったからか、二人で一つの傘の下、歩いた。
彼女はほっとしたような、でも迷惑そうな顔をしていた。
「……▲▲中学校の方ですよね。最寄りは夜風駅ですか?」
「…はい、そうです。あ、僕、泉悠斗です。」
「…私は、高原…英美、です。」
それからずっと雑談をして過ごした。思っていたよりも話は弾んだ。
話すのは楽しくて、彼女のことをもっと知りたいと思った。
「あの……また、会えませんか?」
だから、別れ道についそう言ってしまった。
「……いいよ。いつなら空いてますか?」
「あ……月曜日と、水曜日以外ならいつでも。」
「じゃあ、明後日、またここで会いましょう。」
「はい。」
「ありがとう。楽しかったよ!」
そう言って手を振る彼女に、手を振り返した。
僕は口元が緩んだまま、自分のマンションの部屋の鍵を回す。
「…ただいま。」
しんと静まり返る部屋。
両親は忙しくて、帰ってくるのはほぼ夜。夜ご飯を一緒に食べることができる日もあるが、ほとんど僕が起きるころにはいない。
でも、別に寂しいとは思わなかった。それがもともとの僕の性格なのだろう。
賞状をファイルに挟み、夜ご飯を一人で食べる。
明日の学校の計画を立てて、布団を被った。




