第52話 対面
俺は「日常」を終え、12時を待った。
三澄さんからもらった小型の機械もポケットに入れてある。
「ピッ」
設定していたアラームから、軽く音が鳴る。
俺はゆっくりとベッドから降りた。
そしてドアノブに手をかける。
……さあ、戦いの始まりだ。
懐中電灯を照らす。
まだ目に馴染まないためか、白い光と黒い闇の境界線が曖昧である。
「………」
この部屋に、まだ特大な変化はないようだ。
浴室がある廊下のドアの前で待機する。
その時だった。
「アアァ……アァ…ア…」
(…来た!)
ここからでも声は十分聞こえた。
深呼吸をして、勇気を出す。
俺はドアを開けた。
浴室のほうには、以前と同じ赤い光が見える。
一歩。そしてまた一歩。
足音が響く。
俺はぎゅっと目をつむり、浴室のドアを一気に開けた。
「………」
恐る恐る目を開ける。
ビーーーーーーーーーーー
「あ…………」
小型の機械が、音を伸ばす。
まず目に飛び込んできたのは、……包丁と血。
あの赤い光は、血だったのかとぼんやり考える。
しかしその思考もすぐに中断された。
…顔はこちらを向いていた。
正確には、…………塗りつぶされたような黒目が、こちらを見ていた。
ずっと。
衝動的に足を一歩後ろに引いた。
その黒目が揺れる。黒目以外の顔のパーツはない。
目が離せなかった。逸らすという行為を禁止されていた。
ビーーーーーーーーーーーー
依然として音は鳴り響いている。この空間にその音は、不気味だ。息が止まりそうになる。
やがて顔全体も、黒く塗られる。黒く塗られるってなんだ。黒目の位置はなぜだか分かる。
やがて、それはふらふらと立ち上がった。顔はこちらを見続けていた。
気温は低いのに、汗が噴き出す。体が小刻みに震える。
ふと服に意識を向ける。
血で赤くはなっていたが、ところどころ白が見えた。
……長い黒髪、白い服、そして、黒目。
これは、「見えてはいけないもの」の特徴と一致する。
……つまり、これは、「見えてはいけないもの」だ。
「見えてはいけないもの」がこちらに近付き、手を伸ばす。
あと少しで触れるというその瞬間、俺の体は寝室にあった。
「………え?」
自分の手をまじまじと見つめる。
夢……なわけないよな。
俺は再度浴室へ向かった。
しかし、俺は途中で足を止めた。少し冷静になってきた。
……俺、寝室を出て『見えてはいけないもの』と出会ってるよな?
管理人の泉さんに電話、していないな……。
まあ、生きていたら明日、いや今日の朝連絡しよう。
それに、『見えてはいけないもの』と出会ってしまった場合、諦めてください、とある。
……本来なら先ほど、俺は強制的に諦めさせられるところだった。
なら、今日はもういいだろう。
そう思って寝室に戻りかけた途端、俺は息を止めた。
ビー、ビー、ビー
……左に、左に。……黒い髪が。
ひゅっ、と喉が変な音を出す。
俺はああ…、と息をついた。
そして、入居条件の一部を思い描く。
『【追記】見えてはいけないものと出会ってしまった方へ。あなたの人生の残り時間
は、今、後ろに立っているものが決めます。 』




