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枯れ葉

枯れ葉王女は婚約者にツンデレである。ただしデレも愛もない。

作者: 三香

枯れ葉シリーズは、枯れ葉と呼ばれる少女のお話です。

話は、それぞれ独立した個別のものとなっています。

「ディーヌ、私ね城を出るわ」


「はい?」

 王宮の庭園の片隅で、主の突然の言葉に驚いたディーヌは思わず蹄をカツンと鳴らした。踏まれた草花がひとひら花弁を散らす。ディーヌは、半身半馬族ケンタウロスの美しい女性である。

「だから城を出る、って言っているの! このままでは私、内乱の元凶となって殺されてしまいそうなのよ!」


 ディーヌの主であるシオンジュ王女は花の盛りの15歳、別名〈枯れ葉王女〉と呼ばれていた。


 シオンジュの父王は賢王として名高いが、それ以上に色好みとして王国に名を轟かせていた。


 故にシオンジュには、兄が4人姉が2人弟が1人妹が13人いるが、まだ増える予定であった。全員が美男美女で、大半が王家の色である黄金の髪または純青色の瞳の所有者である。


 そしてシオンジュは、美人な姉妹の中にあって異色の存在であった。

 まず髪は茶色で目も茶色。母親の父である侯爵の色を持って生まれ、王家の色は欠片もなかった。

 次に容姿も父王の祖母そっくりの平凡な、可もなく不可もなくの顔かたち。


 華やかな姉妹と並ぶと、花の中に枯れ葉が一枚混ざっているようで〈枯れ葉王女〉と何時からか呼ばれるようになっていた。


 けれどもシオンジュは自分の容貌を気に入っていた。

 下位貴族や平民に多い茶髪茶目は、色々な場所でこっそり人波にのみ込まれるのに非常に便利だったのだ。


 シオンジュがひとりで王都をぶらぶら歩いているなんて、王家の影さえ知らないことであった。


 問題は母親と祖父の侯爵である。

 侯爵は王国で国王に意見ができるほどの権力と財力があり、母親は野心家であり、ふたりしてシオンジュを女王にしようと目論んでいるのだ。


 2人の姉はすでに降嫁して王位継承権はないが、4人の兄たちは違う。どの兄も母親の身分は高く、兄自身もそれぞれ智や武に優れなおかつ王家の色持ちであった。


 普通ならば有り得ないことであるが、それでも王位に一番近いのはシオンジュなのである。


 侯爵の王家に勝る財力の後見は兄たちの頭を押さえ、そしてシオンジュの百年にひとりと絶賛される魔力量は兄たちの追随を許さない。


 しかも父王は、次々と美女を供給してくれる侯爵の主張に傾きかけている。


 当然、兄たちもその母親たちの生家もおもしろくはない。


 祖父の侯爵の力は強く一対一ではかなわない。が、一対四ならば?


 今は表面上かろうじて均衡を保っているが、それはグラスに入れた水が零れそうで零れない表面張力状態と同じで、いつ水が溢れても不思議ではなかった。


 すでに内乱は秒読みだが、ひとつだけお手軽簡単に侯爵陣営が王位を諦める方法があるーーーーシオンジュの暗殺である。


「わかる、わかるわよ。低コストよね、私ひとりを抹殺すれば、とりあえずの内乱は避けられるのだから。ええ、私がいなくなれば兄たち4人が今度は争い合うとしても、目先の平和は大事よね」

 シオンジュは奈落の底まで届きそうな深い深い溜め息をついた。

「私も王女と生まれたからには、国のため民のため命をかける覚悟はあるわ。内乱は絶対ダメよ。民がどれだけ犠牲になることか……」

 

 甘い花の薫りをふくむ風がシオンジュのまろやかな頬を撫でる。蝶を誘う薫りだ。

 ひらり、と視界の端にサファイアのように輝くものが舞った。青い蝶が宝石の舞いを踊りながら、花から花へ星の軌道みたいに跳んでいる。


「だから城から出ることにしたの。死ぬのはイヤだから家出、この場合は城出? 祖父たちの旗印である私がいなくなることが王女として国への一番の貢献になる、と思うのよ」

 心地よい風に目を細めシオンジュが言葉を続ける。

「それでディーヌはどうする? いっしょに城出する? もし城に残るなら、ディーヌは両腕をバッサリ切られることになるけど」


 ざーーっ、とディーヌの顔から血の気がひく。

 王国は人間の国である。エルフなどの亜人は奴隷としてしか生存権はない。もちろんケンタウロスも。


 ケンタウロスは優れた武人の一族で、弓の名手であり剣も槍も人間の騎士より強い。

 なので奴隷となったケンタウロスは両腕を落とされる。人間に逆らえなくするために。


 そして、その一族特有の類いまれなる美貌を飾りたて、貴族たちはケンタウロスを見せびらかして顕示欲や優越感に浸るのだ。より美しいケンタウロスを所有することは貴族のステイタスとなっていた。


 しかしディーヌは主がシオンジュのため、腕は切られていなかった。


 ディーヌはまだある両腕でシオンジュにしがみついた。

「行きます! 主とともにどこまでも!」


「うん、ディーヌよろしくね」

 シオンジュはにっこり笑った。美形なのに脳筋なディーヌとシオンジュは相棒として、何度も魔物討伐に行くほど信頼関係がある。

「ディーヌは軍馬より速いし騎士より強い。夜目もきく。私には魔力がある。攻撃魔法も防御魔法も大得意。ねぇ、ふたりでなら亜人の差別のない帝国まで逃げられると思うのよ」


「はい! お任せ下さい、帝国までブッチギリで駆け続けます!」 

 優美な姿のケンタウロスのディーヌであるが、持久力も耐久力も底無しの体力があった。休むこともせず眠ることもせず九日九晩駆け続けることができるのである。


 シオンジュが〈枯れ葉王女〉ならば、ディーヌは〈美貌のバケモノ〉と呼ばれていた。


 実はシオンジュは、兄たちよりも父王のことを警戒していた。

 父王が侯爵に傾きかけているのは、おそらく見せ掛けだとシオンジュは考えている。父王は腹の底では国益を優先する、策略と計算高さを持つ恐ろしい国王であるのだから。


 父王は、人間だけが持っている毒を人の形にしたような王なのだ。


 弟と妹の人数が父王の冷酷さを証明していた。

 弟が1人妹が13人、この不自然さは父王の望んだ数字だとシオンジュは思っている。つまり、王子はもう不必要であり王女は政略に使えるので必要、特に美しい王女は使い道が多い故に。


 我が子を利のために間引きするような父王が、シオンジュを女王に? 


 切られた花の首を連ねた花冠をかぶり王座に座る自分を想像して、シオンジュはゾッと背筋を震わせた。


 その時は自分の首も切られて温かい血を、むしられた花弁のように散らしている可能性が高い。たぶん父王は権力を持ち過ぎた祖父の侯爵を排除したいのだ。


 侯爵を油断させるためにシオンジュを女王にして、ウハハハッと侯爵が絶頂期で気をゆるしたところでシオンジュもろともにザックリバッサリ、な計画ではないかとシオンジュは睨んでいる。

 王女ひとりで目の上のたんこぶを切除できるなんて、笑えるくらい低コスト。


 枯れ葉王女ではなく低コスト王女と呼ばれる日も近い、とシオンジュは自虐的である。


「私は命のために、ディーヌは腕のために、お互い頑張って逃げ出そうね!」

「はい! 主! でも主の婚約者殿はいかがするのですか?」


 とたんにシオンジュは渋い表情になった。

「そうなのよ。アレが大問題すぎるのよねぇ」

「あの方、主に首ったけなのに大バカというかロクデナシというか、浮気して主の気をひこうなんて本当に最低ですよね」


 シオンジュの婚約者は、侯爵陣営における軍事力の要となる辺境伯であった。


 辺境伯の領軍は代々震えるほどの精鋭揃いで、人数的には王家の直属軍の方が遥かに多いが、戦となれば辺境伯軍が勝つだろうと言われている。


 父王が女性問題で先代辺境伯を激怒させて、それをチャンスと祖父の侯爵が莫大な経済力で今代辺境伯を取り囲みシオンジュの婚約者としたのである。


 シオンジュは、父王もしくは祖父の侯爵に政略の道具にされることを王女として理解していたから不満はなかったが、辺境伯は違った。〈枯れ葉王女〉はお気に召さなかったらしい。


 最初からシオンジュを見下してきた。

 若く美しく智も武も魔力も卓越した無敗の常勝将軍である辺境伯は、それはもうシオンジュをあからさまに嘲笑した。


 枯れ葉でも王女のシオンジュは、私ってなんてカワイソウと泣くかわりに、きちんと礼節を教えてあげた。


 私は王女様、そちらは辺境伯、と圧倒的な魔力で辺境伯を虫のようにプチッと潰したのだ。


「……なんか歪んでしまったのよね。今後二度と私をなめないように瀕死にしたけど、骨もバキバキに折ったけど、開けてはいけない扉を開けてしまったのかしら?」

「主が婚約者殿を無視するのが原因では?」

「あちらが私を拒否したのよ? 謝罪もされていないのに何故やさしくしてあげる必要があるのかしら?」


 シオンジュは辺境伯に関しては、デレのないツンデレである。浮気者には超塩対応なシオンジュは、辺境伯に慈悲はかけない。


「……最近、婚約者殿はヤンデレの煮凝りみたいなヤバイ目で主を見て、ねっとりしていて気持ち悪いんですけど。大天使みたいな美形なのに大悪魔みたいな雰囲気で」

「わかるわ~、煮詰まって焦げつき寸前のどろどろって感じよねぇ。この間なんて魔力封じの魔道具をつけられて誘拐されそうになったもの」

「ひぇぇぇ。主相手に無謀というか蛮勇というか。また、プチッと?」

「うふふ、プチッではなくブチッと、ね。アレを魔法でブチッとちぎってあげたわ。その場にいた彼の部下たちも、ね」


 アレって? ディーヌは背筋が冷たくなったが、見ざる言わざる聞かざるは奴隷の基本3ヶ条である。

 高価な完全回復魔法もあるから大丈夫だろう、とディーヌはうんうん頷いた。


「好きなら相手に誠実であることが大事なのに。嫉妬して欲しいからって浮気を繰り返して。愛情ばかり求めて相手を蔑ろにする人を愛せる? 政略でもせめて信頼と尊重する気持ちはほしい、と思うのよ」

 シオンジュは頬に手を当て溜め息をついた。

「それでも国のため民のための政略なら彼に歩み寄ろうと思うけど、祖父の私欲のための婚約でしょう。城出して祖父とも母とも父とも縁を切るんだから、鬱陶しい彼もポイしたいーーしたいけど彼、粘っこくてしつこいから彼が一番の問題なのよねぇ」


 風がやわらかくシオンジュの茶色い髪を揺らした。小さな妖精が戯れるように。

 少し笑ってシオンジュはディーヌに言った。


「彼はね、私の初恋の人なのよ」

 月の裏側のような暗い顔だった。

「婚約が決まった時、嬉しくてドキドキして。遠くから見ているだけだった人が目の前にいて、でもその人は冷たい目をして私を侮蔑していて……。姉妹を見て、私を見て〈枯れ葉王女〉と見下す人々と同じ目をしていて、あの時、あの時に私の初恋は終わったのに今さらもう一度、彼に恋はできないのよ……」


 翌日の夜は、国王の誕生日を祝う夜会であった。


 天上の神々の神話が描かれた壮大な天井画から吊り下げられた豪華なシャンデリアは無数の光を煌めかせ会場を彩っていた。


 ディーヌいわくロクデナシの婚約者殿は、今晩もシオンジュ以外の女性をエスコートしてあらわれた。ただしエスコートしている美女より本人の方が麗しい。


 見る者を魅了する美貌も最強の騎士らしく圧倒的な覇気も絢爛と自身を飾り、その長躯に周囲の視線を誘蛾灯の如く集める。


 いつもならば無視するシオンジュであったが。


 にっこり、と婚約者の辺境伯をバルコニーに誘った。

 久しぶりにシオンジュに微笑みかけられた辺境伯ジーグフェルドは、すぐさまエスコートしていた女性を捨てていそいそと喜色満面でついて行く。


 しかし。


「他の女性の手垢のついた薄汚い貴方などいりませんわ。婚約を破棄しましょう」

 とシオンジュがバルコニーの夜風をまとって、ジーグフェルドの心を凍死させる言葉を口から発した。


 シオンジュの瞳は熱が灯っておらず声は凪いでいた。

 感情がなかった。怒りも悲しみも軽蔑も。静かで落ち着いていた。


 もはや浮気者と軽蔑さえも向けてもらえない、とジーグフェルドは覚ってしまった。

 絶望に目がくらむ。


 確かに最初はシオンジュを侮っていた。〈枯れ葉王女〉と見下していた。

 だが、シオンジュの鮮烈さが。強烈な輝きが。ジーグフェルドの魂を鷲掴みにしてしまった。


 恋とは落ちるものだと体験した時には、シオンジュはジーグフェルドをもう見限っていたのだ。


「では貴女の手でわたしを殺して下さい」

 跪いてジーグフェルドは、シオンジュのドレスの裾に口づけをする。美貌の騎士なので一枚の絵のように美しい。けれどもその手は震えていた。


「貴女はわたしの世界の中心だ。貴女がいない世界ならば、それは生きていても死んでいるのと同じこと。どうか貴女の慈悲でわたしを殺して下さい」


「イヤよ。殺す価値なんて貴方にないわ」

 デレのないツンデレは冷たいだけなので、シオンジュはゆるがない。

「ああ、殺してもらえないなら私を殺して自分も死ぬ、なんても無理よ。貴方弱いもの、私を殺せないわ」


 王国最強の騎士を弱いと言い切るシオンジュは、容赦なくジーグフェルドを抉る。


「ですから泣いてすがっているのです。殺せるものなら貴女をとっくに殺して、わたしの、わたしだけのものにして誰にも髪の毛一本触れさせはしません」

 ぐずぐず鼻を鳴らし、ぼたぼたと涙をこぼしてジーグフェルドがすがりつく。

「愛しているのです。心から愛しているのです、貴女を失っては生きていけないほどに」


 うわあ、本物のバカだ。そんなに好きなら浮気なんてせず、まず土下座で謝罪すれば主も考えてくれたかもしれないのに、と覗き見をこっそりするディーヌが呟く。

 場所がバルコニーなので、隣には心配げにハラハラしているジーグフェルドの部下たちもいる。


「ジーグフェルド様は浮気をなさっていませんよ」

 ディーヌの呟きを聞いて部下たちが擁護する。

「お金を払ってシオンジュ様の前で恋人役をしてもらっていただけで」

「シオンジュ様以外の女性は、道端の雑草みたいな扱いで」

「毎日シオンジュ様に会いたいって千回も二千回も呪文のようにぶつぶつ言って」


「でも主を誘拐しようと……」


「誘拐ではなくデートをしたかっただけで」

「魔力封じもシオンジュ様を無力にして、ジーグフェルド様がシオンジュ様のお世話をしたかっただけで」

「シオンジュ様を膝に乗せてあーんをするのがジーグフェルド様の夢なのです」


「……やっぱりバカだと思う……」


「「「我らも否定はできないのが辛いです」」」


 この会話は当然シオンジュにも聞こえていて。


 ドレスではなく、もう足に抱きついて離すまいと泣いているジーグフェルドにシオンジュは重い溜め息を吐いた。


「泣き落としが可愛いのは子どもだけよ」


 すかさず部下たちが援護する。

「どうかお許しを。ジーグフェルド様は初恋におろおろしてしまって悪手を打って、動揺して失態を重ねて負の循環に入ってしまったのです」


「バカの極み。頭のいいバカっているんですね、主」

 ディーヌが真面目に言うと、シオンジュもしみじみ頷いた。

「女性は欲しいものがわかるからきちんと選択するけど、男性は間違ってバカをするという見本かしら?」


 女性陣の言葉が突き刺さるが、ぐうの音も出ない男性陣は言い返せない。


「おバカな大型犬と思えば、可愛いかしら……?」

「ワン!!」

 即座にジーグフェルドが吠える。人間のプライドよりもシオンジュを優先するジーグフェルドの窮状を救うべく部下たちも。


「ワン!」

「ワン!」

「ワン!」


 シオンジュは頭をかかえた。

 拾って下さい、とばかりにシオンジュを見るジーグフェルドの目は真っ暗だった。夜の海のように光がなく底のない沼のように濁っていた。


 逃げれば地の果てまで追ってくるわね、シオンジュは天を仰いで決断した。

 

 真上には月が匂うように輝いていた。

 今は王国にある月が、西の帝国へ行けば帝国の空に、東の辺境へ行けば辺境の空に見ることができる。月は動いていないのに。無数の星も。


 地上にも小さな星がある。小さな星のようなシオンジュの民たち。シオンジュが守るべき大切なもの。

 シオンジュの、王女としての義務であり責任であり誇りであるもの。


 王家が乱れれば、嵐に巻き込まれ必死に花茎にしがみつく花弁のように国民は無造作に無慈悲に命を刈り取られてしまうだろう。


 民のため国のため、争乱の元になるシオンジュが王女の地位を捨てること。それがシオンジュの内で決定しているのならば、あとは進むのみだ。


 今夜、綺麗な月が見られてよかったとシオンジュは思った。


 夜の空気を深く深く吸い、月の光までも吸い込むほどの深呼吸をするとシオンジュは、

「ねぇ、私、父や母や祖父と縁を切りたいの。辺境領では可能かしら?」

 とジーグフェルドに尋ねた。


「領地の境をぐるりと10メートルの壁で覆って、もうすぐ完成する予定です。壁は魔法障壁付きなので、外部からの侵入は困難となり、領地自体が難攻不落の要塞となります」

 ジーグフェルドが立ち上がる。明晰な頭脳のジーグフェルドは、シオンジュの望みを間違わない。

「領地は奴隷がいません。強さを重要視するので亜人も人間も平等です。領民は強く領兵はもっと強い。王国兵に負けることは万に一つもありません」


 片膝をつきシオンジュの手をとりジーグフェルドは騎士の礼をする。


「愛しい姫。わたしに貴女を守る権利を与えて下さい、百年先も、千年先も。わたしの心臓と魂を貴女に捧げることをお許し下さい」


 ごくり、ディーヌと部下たちが息を呑む。

 ジーグフェルドは婚約者としてではなく騎士としてシオンジュに膝をおった。ならばシオンジュも王女として、国民の安全のための最良の道を選びとるまでだ。

 ジーグフェルドには、そのための力がある。


「では、その価値を私に示しなさい。そうね、まずお互いの名前を呼ぶことから始めましょうか? ジーグフェルド」

 誇り高く背筋を伸ばすシオンジュの手に、ジーグフェルドは歓喜をもって口づけをした。

「愛しています、わたしのシオンジュ」


 その夜、シオンジュは王宮から消えた。


 月影が、星影が、花影が、その影を長く濃く拡げて隠してしまったかのように、忽然と。美しい月夜だったので、月に拐われた昔話を持ち出す人もいた。


 母親と祖父の侯爵が血眼になって探したが、とうとう行方はつかめなかった。

 

 シオンジュの消えた王国では、4人の兄が次々と病死し唯一残った弟が次の国王となり、王位争いの内乱は起きなかった。


 そしてシオンジュは。


「愛しています、わたしのシオンジュ」

 呪いのように囁かれる毎日を、平和な辺境でおくっている。


 

 


 

読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
賢王?下半身がだらしない上に、後継者もまともに選べず内乱前夜まで国を乱した王は愚王の称号が相応しいんジャマイカ?
[良い点] クズ婚約者が賢くて強いけど王女に対してだけはヤンデレで下僕っていうところが凄くハマりました。王女の設定も好きです。二つ合わさって凄く好きです。 [気になる点] 良作短編あるあるなのですが、…
[一言] さぁ最後の病死は誰がヤッたのでしょうか…
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