●12 ドラゴンフォールズの滝と聖具隊 3
当たり前の話で、ただでさえ火がついたように泣いていた子供だ。殴られ転倒した後は、さらに大きな声で泣き叫ぶに決まっている。火に油を注ぐとはこのことだ。
「ええい、静かにしろと言っているだろうが――!!」
指揮官が憤懣やるかたない様子で、間に入ろうとする親すら押しのけて子供に追撃しようとした。
故に、俺は号令を出す。
「――おい、ガルウィン。【やっていいぞ】」
「はい!!!!」
俺の言葉にガルウィンは間髪入れずに応じた。俺はトリガーを引いただけで、弾丸は既にいつでも発射できる状態にあったのだ。
ドン! と雷鳴じみた爆音が轟いた。何のことはない、ガルウィンが全力で飛び出した音だ。踏み込みが強すぎて展望台の床がめり込み、蜘蛛の巣みたいな罅が四方八方に走る。
疾風迅雷の速度で宙を貫いたガルウィンは、勢いそのまま指揮官の横っ面に飛び蹴りをぶち込んだ。
「ぐばぁっ!?」
こともあろうに小さな子供を踏みつけにしようとしていた指揮官は、ガルウィンの飛び蹴りの直撃を受けて玩具みたいに吹っ飛んだ。
そのまま展望台の手すりを越えて下に落ちていくかと思えたが、運がいいことに手すりの上部に激突し、上手い具合に引っかかった。
「小さな子供に暴力を振るうとは何事かっ!! 軍人――いや、一人の人間として恥を知れっっ!!」
着地したガルウィンが拳を握って糾弾する。少し前まで騎士爵の地位にあったのもあってか、立ち振る舞いが実に騎士然としていた。
しかし、ガルウィンに任せて正解だったとつくづく思う。俺が怒りにまかせて同じことをやっていたら、あの指揮官は首だけがぶっ飛んで滝壺へと落ちていたに違いない。いや、それで済んだらむしろ御の字か? どちらにせよ、危うく殺してしまうところだった。
まぁ、高い立場にある人間が弱い者いじめをしたというだけで、万死に値するのは間違いないのだが。
「大丈夫かい? 怖かったね。もう大丈夫だよ」
ガルウィンが驚きで固まっている子供に手を差し伸べ、立ち上がらせる。よかったな、女の子よ。怒鳴られたり殴られたのは災難だったが、おかげでかっこいいお兄さんが助けてくれたぞ。あまりのヒーローっぷりに涙だって止まるよな。
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
ガルウィンが子供を抱き上げ、親に手渡すと、えらい勢いで感謝された。ペコペコと何度も頭を下げる。
「お気になさらず。さぁ、ここは危険です。どうかお立ち去りください」
ガルウィンは優しく丁寧に説き、次いで親に抱きかかえられた子供に目線を合わせて、
「よく我慢できたね。いい子だ。お父さんとお母さんの言うことをよく聞くんだよ」
「…………」
涙目の女児は無言でガルウィンを見つめ、こくこく、と頷いた。
ガルウィンのこういうところは流石の一言である。俺にはなかなか真似の出来ない芸当だ。まさに、爽やかイケメンここにあり、という感じである。
手を振って親子連れを見送ると、ガルウィンは残る軍人達に向き直る。途端、
「――君達に軍人たる矜持はないのか!! 守護すべき国民に暴力を振るうなど言語道断っ!! 恥知らずにも程があるっ!!」
殴りつけるような大声で叱責する。
主に内容よりも声の大きさによって、アルファドラグーン軍特殊部隊とやらの面々が総身を震わせた。
あいつら、指揮官が蹴り飛ばされたというのに、予想外の展開すぎるのか戦闘反応すらできずにいやがる。もし俺の訓練部隊のメンバーだったら最初から教育やり直しだぞ、まったく。
俺はガルウィンから視線を外すと、目の前の奴らに、
「――で? 何だって?」
「えっ……?」
さっきまでイゾリテと言い合いをしていた男に声をかけると、よそ見をしていた学生みたいな反応が返ってきた。
俺は溜息をこらえつつ、
「ここがお前達の管轄になるって話なんだろ? なんでだ? いきなり過ぎるってのもあるが、流石にここは前線から遠すぎるだろ。戦争と何の関係がある?」
最初にこいつらがやってきた時の雰囲気が崩壊し、何ともとっかかりのない空気になっているので、今のうちに聞けることを聞いておく。
だが。
「い、言えるわけがないだろう! 機密だ! 一般人に話せるものか!」
あ、やっぱりダメか。流石にそこまで甘くはない。当然といえば当然だが。
「……一般人、か……」
ぼそり、とエムリスが小さく呟くのが聞こえた。ああ、そうか。さっきイゾリテとガルウィンが『ここにおわすは〝銀穹の勇者〟様と〝蒼闇の魔道士〟様にあるぞ!』と宣言したにも関わらず、この軍人らが全く反応していないことに絶望しているのか。
一応、事前に話はしておいたが、やはり耳で聞くのと実際に体験するのとでは全然違うよな。気持ちはわかるぞ、エムリス。
ま、それはさておき。
「じゃ、当ててやろうか? ここの滝から流れる河川は、一部がセントミリドガル国内まで伸びてるもんな。ここに基地でも作って、船であっちの国に進軍するつもりなんだろ?」
「……!!」
俺の指摘に、図星、と言わんばかりの反応があった。
「呆れたな。そんなことのためにいきなり観光地に乗り込んでくるとか、やり方が杜撰すぎるだろ。やるにしたってもう少しやり方があるだろうに」
溜息を禁じ得ない。これは軍の手法ではない。無法者のやり方だ。
「それとも、よっぽど切羽詰まってるのか? 戦線が膠着して焦るのはわかるが、もっと大局的に状況を見ろよ。セントミリドガルが崩れるのは時間の問題なんだし、いくら戦争に勝つためとはいえ、庇護するべき国民を脅して追い払ってまで急ぐことか? いや、お前らは上官の言うことを聞いているだけとは思うが、少しは疑問に思ったりしないのかって話だよ。どうなんだ、ん?」
我ながら余計な世話を焼いているなと思いつつ、元軍人として言わずにはいられなかった。
「ぐっ……!」
軍人の男は歯がみして、悔しげに俺を睨みつけてくる。まぁ、こいつだって何も思っていないはずはないか。軍人たるもの上の命令に従うべし――『死ね』と言われれば死ななければならないのだ。言っても詮無きことだったか。
とはいえ、である。
俺は敢えて声を低くして続けた。
「それに、さっきの見てどう思ったよ? お前の上官が、よりにもよって小さい子供を殴ったんだぞ? しかも理由が『泣き声がうるさいから』だ。軍人として、それ以上に人間として、お前はどう思うんだ。お前が軍に入った理由と、さっきのあいつの行動は、同じ場所に置いておけるものなのか?」
「――~っ……!」
真っ直ぐ目を見つめて言ってやると、流石に堪えきれなくなったのか、男は目をそらした。無茶をやってはいるが、一応は良心を持っているらしい。
しかし。
「きっさまらぁぁぁああああ――――――――ッッッ!!!!」
出し抜けに憤怒に満ちた叫びが場を切り裂いた。
何かと思えば、さっきガルウィンの飛び蹴りで派手にぶっ飛んだ指揮官である。どうやら大声を出せるぐらいまではダメージが回復したらしい。
危うく滝壺に真っ逆さまになりかけた自分を受け止めてくれた手すりを握って、プルプルと生まれたての子鹿のように震えながら立っている。必死の形相でこちら――俺達なのか、部下達なのかわからないが――を指差し、
「何をしているかぁ――――――――ッッ!! そいつらは反逆者だ!! 今すぐ取り押さえろぉ――――――――ッッ!!」
今更というか、遅きに失するというか。怒号を放って大きく腕を振る。




