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五十八話 黒の冒険者章

割と自由気ままなキャラですね。好きなタイプです。

「うう、ふぐう……」

 

 無事ステルダに辿り着き、夕暮れに染まるギルド前広場で馬車から降りる一行。

 セルマもようやく麻痺毒の効果が薄れ、自立歩行できるまでになったようだ。

 

 しかし一名、いじめっ子に秘密を洗いざらい暴露されたかの様な顔で降りてきた。泣きべそをかきながら。ちなみにいじめっ子の方はつやつやと満足げだ。

 

「あ、お客さん。毎度、どうも!」

 

 馬車を降りた彼女達三人に、御者が駆け寄ってくる。運賃の催促だろう。

 財布を取り出す二人に先んじて、ミコトが彼の前に立つ。それにセルマが声を上げた。

 

「え、悪いですよミコトさん。私達が……」

「いやいや。可愛い冒険者の後輩ちゃん達だからね。これくらい私が……」

 

 と、懐を探る。

 

 ——外套の内側。上着のポケット。胸の谷間。あちこちを探るが、財布は姿を見せない。

 

「あー……お財布、落としちゃった」

 

 ごめんね、という様に手を立ててセルマを促し、そそくさとその場を離れて行く。

 

 結局、セルマ達が元のプラン通り三人のヤクト・ステルダ間の運賃を払う事となった。

 

「うぐう、あの包帯女……!」

 

 一方では、己の秘密に土足で踏み入られ憤慨も憤慨するメナド。恥辱と怒りで顔が愉快なことになってしまっている。

 

「まあまあ。ていうかメナドちゃん、厚底履いてたんだね……」

「だって、これ履いてないと私ほんとにちっちゃいんだもん! っていうか! あんた途中からちょっと笑ってたじゃない! 回復してたんならちょっとくらい助けてよ!」

「まあまあ。ちっちゃくて可愛いよメナドちゃん」

「う……ううううう……ッ!」

 

 複雑な表情で唸るメナド。そこへミコトが振り返って、にやにやとした口元から声を上げる。

 

「ふふっ、メナドちゃん」

「何ですか!」

 

 きっ! と睨みつける。まるでいじめられたのを根に持つ子犬か何かの様だ。

 

「あはは、おへそ曲げちゃった。えっとね、まず君達の依頼人さんと面通ししようと思って」

「え……? あ、ああ。そうですね」

 

 またからかわれると思っていたメナドは、すっかり拍子抜けだ。そして少し腑に落ちない様な顔で水晶を取り出し、指を曲げてこんこんと叩く。

 程なくして、手の中の水晶が等間隔でこんこんと震える。依頼人の合図だ。 

 

 そのまましばらく待つと、ミコトが広場の入り口の方に耳を回し、ぼんやりと待つ二人に話しかける。

 

「誰かがこっちに走ってくるよ。依頼人さんかな?」

「えっ?」

 

 聞きつけた方角を手のひらで指し示す。そちらを見ると、確かに依頼人が走ってくる姿が確認できた。

 

 間も無く彼女らの元へ駆けつけた依頼人は、息を上げながら二人に問いかける。

 

「あの! み、見つけてくださったのですか?」

「はい。ええと、多分なんですけど、この方かと」

 

 と、二人の後ろで佇むミコトを紹介する。すると、依頼人はおずおずと彼女に尋ねた。

 

「あの! あなたがあの時、私を助けてくれた……?」

「ふふっ。ああ、この声は覚えてるよ。あの時の子だね。ちゃんと馬車には乗れたみたいだね。良かった」

 

 優しく微笑むミコトの手を、依頼人がはしっと両手で包み込み、熱っぽく見つめる。まるで憧れの人を見る少女の様だ。

 

「大したお礼もできず……! あの、これ、少ないんですけど!」

 

 と、手を離して空いた手から差し出された金の入った小袋。ちゃらりと鳴る音でそれが何なのかを感じ取ったミコトは、それに手のひらを向けて優しく突き返す。

 

「ありがとう。でも、お金を貰うために助けた訳じゃないんだ」

「そんな! それでは私の気が済みません!」

「うーん……」

 

 困ったな、とぼやきながらぽりぽりと頭を掻く。やがて、何か思いついたのか顔を引き締めて依頼人と向かい合う。

 

「ねえ、君」

「は、はいっ!」

 

 緊張気味に応える彼女の手を、今度は逆にミコトの手が包み込む。それを自分の胸元に当て、顔を寄せる。

 

「あ、あの……? な、何を?」

「今日、一緒にご飯でもどうかな? 君のお金で」

「あつかまし!」 


 思わず声を漏らすメナド。しかし、依頼人はとろける様な目でミコトを見ている。その耳には届かない。

 

「は、はい! 喜んで!」

「あはは、良かった。どこのお店にしよっか?」


 と、今日の夕餉にありつけるとあってうきうきのミコト。ふと、その動きが何かを感じ取った様にぴたりと静止する。

 

 動きを止めたのは、彼女だけではなかった。セルマとメナドを含む広場の全員が、表情を強張らせてその場に立ち竦む。

 

 かつん、かつんと、静まり返った広場に高く響く、踵が石畳を突く音。殺気にも似た重苦しい雰囲気。

 

 全てを押し黙らせる風格を纏い、純白の白衣を翻して建物内からギルド長、ラクロワが現れた。

 いつもの如く無表情ながらも眉間には深々とシワが刻まれ、見るからに不機嫌そうだ。その視線は、真っ直ぐにミコトの背中に注がれていた。

 やがて、その手が外套をつかめる距離まであと数歩、という所で足を止め、それに合わせてミコトも外套を翻して相対する。

 

 その顔からは先程までのへらへらとした笑みは消え、冷たい真顔に変わっていた。

 向かい合う二人から発散される、一層重苦しく冷たい空気。その沈黙を破ったのは、ミコトだった。

 

 石畳を割らんばかりの強烈な踏み込みと共に、常軌を逸した速度で突進する。あまりの速度に、彼女の輪郭がぶれて見える程だ。

 目の前まで迫った彼女に、ラクロワが鉄拳を振り下ろす。しかし、振り被った頃には既にそこには何も無い。

 

 瞬きの間程の時間で背後に回り込むと、ガラ空きになった白い背中に槍の様に伸ばした片手を突き出し——

 

 ——もにん。

 

「んっ……」

「あはは、私の勝ち」

 

 突き出した手は彼女の脇を通り抜け、白衣の下の豊かな胸を揉みしだいていた。今後一生聞くことのないであろう、ギルド長の鼻にかかった甘い吐息に周りの全員が耳を疑う。

 

「せっかく仕事片付けて来たのに、あんまりなお出迎えじゃないかな」

「なんで……んんっ! 前もって連絡を入れないのです! もっと自分の影響を、考えて……っ、はんっ、離しなさい!」

 

 悶えながら自分の胸の上で這い回っている手を手首のあたりで掴もうとするも、霧の様にかわされる。

 疾風の如く目の前に回り込むと、今度は両手で胸を鷲掴んだ。

 

「しかし衰えたねえ、『呪拳のラクロワ』。机仕事ばかりしてるからだよ?」

 

 言いながら、身悶える彼女の体を引き寄せて耳打ちをする。

 

「聞いたよ。君の所の子が大迷宮を踏破したんだって? 今年も『アレ』をするんだろう? 私も一枚噛ませて欲しいんだ」

 

 そう言うと、自分に向かう拳をひょいっと後ろに避ける。彼女が離れたのを確認したラクロワは、深い深い溜息をついて手を出した。

 

「はあ……それでは、出しなさい」

「ん? 何をかな?」

「冒険者章です! ここで活動したいなら、まずは一旦出してください」

「ああ、アレね……ええと、何処にしまったかな」

 

 半ば怒声交じりに問い詰められ、渋々ぺたぺたと体を探り出す。身体中全ての収納スペースを探した後で、ふと胸元に手を突っ込む。

 

「思い出した。流石にアレを失くしたら怒られちゃうからね。ここにしまっといたんだっけ」

 

 衣服の下、自分の素肌に巻かれたサラシと呼ばれる細い布の中を探り、何かを握ってラクロワに放り投げる。

 

 手のひらほどの大きさの、冒険者である自分の証。自分の誇り。

 夕日にきらめくそれは、その頂点に立つことを示す漆黒の光沢をたたえていた。

 

「メナドちゃん、あれって……!」

「まさか、あの人……!」

 

 周りの人々も同じ事を考えたのか、辺りは騒然とし始める。しかし、その中心にいるミコトの咳払い一つで瞬時に水を打ったように静まり返る。そこで、おもむろに口を開いた。

 

「えへへ、なんだか照れるなあ。ええと、今日からここでお世話になる、ミコト・ヒゴロモです。階級は黒。これから宜しくね」

 

 呑気な、間延びした口調でなんとも無しに話す盲目の女性。

 彼女こそステルダどころか、世界中を見ても有数の最上級の証、黒の冒険者章を頂くと同時に二つ名を許された一人。

 

 『剣聖のミコト』であった。

ちなみにミコトさんは漢字だと緋衣尊となります。

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