四十九話 大迷宮攻略
戦闘シーンって難しいですね
目の前にそびえ立つ、異形の巨獣。この迷宮に跋扈するキマイラはおろか、今までに相手をした何よりも強い。セルマの本能はそう叫んでいた。
少し怖気付いた彼女は、後ろを振り返って仲間達に尋ねる。
「ど、どうする? 他の冒険者さん待つ?」
「冗談だロ。こいつは私らの獲物。私らの手柄ダ。なア?」
背後の魔法使い二人と、ムクスケも同じ気持ちの様だ。鉄鋼を纏った拳は獲物へ向けて固められ、二本の杖はいつでも魔法を放てる準備が整っている。
それを見て、覚悟を固めたセルマ。肩に担いだ十字架を両手で握り、戦闘態勢を整えた。
それを自身への宣戦布告と受け取った巨獣は、己の三つの首からそれぞれ異なる雄叫びで不協和音を響かせ、強靭な筋肉で覆われた四肢でその巨体を持ち上げた。
「ばぉぉぉッ!」
負けじと気合の雄叫びをあげ、ムクスケが飛び出した。四つん這いで地を駆け、跳躍してまずは蛇の首へと肉薄する。
その顎へと拳を叩き込める位置まで達した。満身の力を込め、一気に振り抜く——
「ッ!」
——直前、蛇の口がぱくりと開いた。直後、喉の奥から紫色の霧が迸る。
本能的に危機を察したのか、拳を引っ込めて空中で態勢を変え蛇の顎を蹴り、その勢いで地上へと落下して逃れた。
「ムクスケさんッ!」
心配して駆け寄ったセルマに、親指を立てて無事を示す。しかし、回避が間に合わなかった右足の鎧がしゅうしゅうと煙を立てていた。
足元のふたりへ向けて、更に蛇が同じものを吐き出す。慌てて飛び退いた二人の居た足場は、霧が触れたところからぐしゃぐしゃに溶かされていく。
石の足場がこれならば、生身の人間がまともに触れれば即死だろう。
「二人とも、どいて!」
それならばと、メナドが杖の先から炎の矢を斉射し、それに便乗して属性を乗せた獣達も疾走する。しかし、それに反応した山羊の瞳がキラリと光を放った。
直後に巨体を包み込む、魔力の防壁。殺到する攻撃を全てあっさりと防ぎ切ってしまった。
「……あんたの親は随分張り切ったらしいわね」
悔しそうに悪態を吐くメナド。それに応える様に、今度はあちらの方が大暴れを始めた。
強靭な前足を振り上げ、足元のセルマとムクスケに向けて振り下ろす。
「せやぁっ!」
十字架を振り、迫り来る巨木の様なそれを迎え撃つ。壮絶な力のぶつかり合いにセルマの体が後方へと吹き飛ばされるが、代わりに前足の一部を吹き飛ばした。傷を負っていることに気付いた巨獣は、そこをまじまじと見つめる。
もこり。
不意に、抉れて露出した筋繊維が不気味に蠢き、盛り上がった。
そしてぼこぼこと血肉が沸き立つ様に血を吹き上げると、出血が収まる頃には欠けた前足はすっかり綺麗に修復されていた。
「そんな……!」
前足が元に戻ったのを見ると、怒号を響かせてぶんぶんと無造作に振り回す。まるで荒れ狂う嵐の様だ。
さっきまで自分達が立っていた場所が爪で抉られ、粉々に砕かれていく。接近戦は不利。
かといって魔法も対策されている。
流石に旗色が悪いと見て、巻き上がる土煙と瓦礫に身を潜める。幸いにも、相手は土煙と頭に登った血で辺りが見えていない。これ幸いと、ひそひそと作戦会議を始めたのだった。
「おイ。どーすんだこレ。こんな無茶苦茶されたら手が出せなイ」
「せっかく殴っても、再生されちゃうんじゃジリ貧かなあ」
「でしたら、最大火力で一気に殺し切る他ないでしょう」
ぐるり、と三人の瞳が一斉にメナドの方を向く。溶けた鎧を悲しそうに撫でるムクスケを慰めていた彼女は、視線に気づくとふんすと鼻を鳴らした。
「ふふん? やっと私の出番ってわけ」
「ねえメナドちゃん。あいつをやっつけられる魔法、使える?」
その問いに、メナドは重々しく口を開く。
「任せなさい。だけど、魔力を溜めるのに相当時間がかかるわ。セルマ。あんた達。あいつを相手に時間稼ぎ出来る?」
むんっ! と勇ましく眉を上げ、力強く頷くセルマ。マカナ、エステル、ムクスケも意気は十分な様子だ。
「よっし、じゃああんた達! よろしく頼んだわよ!」
その声を合図に、それぞれが岩陰から飛び出した。先手を打ったのは、左右に分かれたムクスケとセルマ。
無論それぞれに反応した蛇と山羊も攻撃を開始する。二股の舌が覗く口がぱくりと開いて凶悪な紫の霧が漏れ、山羊の眼が輝いて周囲に炎の矢を浮かび上がらせた。
「黙りなさい」
その声と共に伸びた蔦が蛇の口を縛り上げ、光る眼を覆った。魔力の集中が途切れ、炎の矢が粉々に霧散する。
「長くは保ちません、早く!」
言われるまでも無い、とばかりに加速し、それぞれの首に肉薄して渾身の一撃を打ち込む二人。
十字架の一辺が山羊の頭の半分を吹き飛ばし、鉄鋼の拳が蛇の顎を引き裂いた。
自分に群がり、脅かそうとする二人を振り払うべく獅子が吼え、前足が振るわれるがそこへ狼の幻獣の群れが殺到する。その毛並みには白い冷気が纏わりつき、牙は凍てつく氷山の様だ。
冷気の加護を得た群れが一斉に強靭な筋肉へと牙を突き立て、体内へ極低温の冷気を流し込ませて一瞬動きを鈍らせた。
一瞬生じた隙。それを待っていたかの様に、近くの二人が一気に攻め立てる。
無数の殴打と、属性の加護を得た獣達の牙や爪による熾烈な猛攻を受けてなお、命にしがみつくように再生を始める巨獣。
しかし、彼に終止符を打つ準備はすでに整っていた。
吹き飛ばされた眼球を修復させ、状況を確認する。血で赤く染まる視界の先には、紅く輝く眩い光を自身に向ける少女がいた。
メナドの構える杖の先には、途方も無い魔力が集中している。普段の詠唱不要の低級魔法とは格が違うと一目で分かる。
そして、魔力に形を与える詠唱を今、高らかに響かせた。
「天界・現世・冥府貫く神の光杖! 我が手に出でよ、御霊導く階とならん!」
詠唱が終わり、それに応えるように魔力の塊がうねり、形を変える。後は、使い手の号令を待つだけ。
「——天の火ッ!!」
瞬間、部屋全体を照らす光球すら霞むほどのまばゆい光が部屋を覆う。
そして轟音を伴って放たれた魔力が、巨獣をすっぽりと包み込む程の極大の光芒と化して杖から解き放たれた。
光の中、巨獣が目にしたのは自分の体。細胞の分裂、修復を最高速で行なっているにもかかわらず、体の端の方から空間に溶けるように痛みも無く消えていく。
苦し紛れに三つの首で咆哮し、前足を持ち上げて魔法の使い手に叩きつけようとする。しかし、すでに持ち上げるべき足は跡形も無くこの世から消滅していた。
程無くして四肢の全てが消え失せ、山羊の首、蛇の首もさらさらと粒子になって消える。
最後に残った獅子が見たものは、光の奥に微かに覗く、不敵な笑みを浮かべる黒い髪の少女。自分が弱者と侮った、矮小な生き物だった。
地上——
その入り口の前には、先に巨獣と対峙したパーティが呼んだ冒険者達が人だかりを作っていた。傷だらけの彼らから聞かされた、大迷宮の奥深くに巣食う強敵。
ある者は武者震いをし、ある者は拳を打ち合わせて鼻息荒く入り口を睨む。
そんな中、迷宮を封じる扉が重々しい音を立てて開かれた。彼らの視線が一斉にそちらへと集まる。
開かれた扉の奥の闇から現れたのは、巨大な鎧を全身に纏った巨漢。その後に続く様に、ふらふらと疲れ切った顔の少女達だった。しかし、その表情は明るい。
最後に現れた少女。彼女が頭上に掲げるモノを見た彼らは、思わず息を飲む。
それは、巨大な獅子の頭。ふさふさと毛並みをなびかせ、見開かれた瞳はまるで今さっきまで生きていた様だ。
夕暮れに身を晒した少女は、胸いっぱいに息を吸い込み、高らかに叫ぶ。
「大迷宮ッ! セルマ組とマカナ組がッ! 攻略しましたーーーッ!!」
辺りに声がこだまし、またしん、と静まり返る。あ、あれ? と辺りを不安げに見回す。
——ウオオオオオオッ!
一拍遅れて、地鳴りのような歓声が彼女達を包み込む。腹の底に響き渡る様な轟音に面食らう彼女らを取り囲むと、喜色を満面に抱えた冒険者達が一斉に胴上げを始めた。
「ひやあ!?」
「おわ、ちょっと何……!?」
「嬢ちゃん達がこのデカブツをやったってかッ! 大したもんだ、なあ!」
「おお、大したもんだ! 良くやったッ!」
荒々しく、惜しみ無い労いを送る冒険者達。ムクスケは重いので、人混みに混ざって胴上げを手伝っている。
最初は戸惑っていた四人の少女も、だんだん讃えられている自分たちに気を良くし、声を上げて笑い始める。
ステルダの冒険者達の間に、セルマ達五人の名が広く知らしめられた瞬間であった。
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