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四十七話 可愛いだろうガ!

ゆくゆくはダブルデートですね

 蟻の巣の様に無数に枝分かれする迷宮内。その通路の一つに、セルマ組とマカナ組が杖の先の明かりの中、仲良く並んで歩いていた。

 

「あの、メナドさん。それ眩しいんでもう少し光量落として頂けます?」

「明るく照らしてあげてるんだから文句言わないでくれるかしら」

「ああ、微調整が出来ないんでしたね。失礼」

「がんがんに光量上げて目玉吹き飛ばしてあげようかしら?」

 

 ——仲良く歩いていた。

 

「もー、二人とも仲良くしなよぉ。マカナちゃんからもなんとか言ってよぉ」

「やダ。面倒臭イ」

 

 和気藹々とはしゃぐ一行。やがてその杖の光は、闇に潜む魔物の群れを照らし出した。

 

「あれは……キマイラかしら」

 

 行く手に立ちはだかる、蛇の尾、ヤギの頭といった様々な動物を混ぜこぜにしたような異形の生物の群れ。その中には同じ姿形をしているものは一つとして無く、一層不気味さと不安を掻き立てる。

 爛々と光る赤い瞳。相当の数だろう。戦闘の予感に、一足早くセルマとムクスケが先陣を切った。

 

「皆! 私達が殴るから、援護を……」

「いいえ、その必要はありません」

 

 言いながら、かこんと杖の先で地面を叩くエステル。程なくそこがぱきぱきとひび割れ、無数の蔦が顔を出した。

 

「地母神の髪なびき、荒ぶる子らに生命の抱擁を……」

 

 呪文と共に、蔦が魔物達へと伸びて絡みつく。完全に動きを封じたのを確認すると、それをぽけっと眺めていた前衛二人を促した。

 

「さあ、動きは封じましたよ。あとはお好きに」

「え、ああ、どうも……」

「ばふっ」

 

 身動きの取れない、悔し紛れの如く咆哮する魔物達に一匹ずつ攻撃を叩き込み、群れを一掃する。その様子を見て、エステルは少し満足そうに微笑みながら口を開いた。

 

「ふふっ、魔法は効率良く。そうすれば、パーティ全体が円滑に機能します。ね、メナドさん?」

「ぐぬぬ……!」

 

 マカナ達を引き連れてすたすたと歩いていく後ろ姿を、青筋を立てて睨みつけるメナド。今にも手に持った杖で後頭部を殴打しそうな顔をしている。

 そこへ、マイペースに歩いてきたセルマが彼女の肩をちょいちょいと触り始めた。

 

「ん? 何、セルマ」

「ええとね、ちょっと聞きたいことがあって……」

 

 三人が遠くにいることを確認すると、腰を屈めて口に手を当て、声を潜めてこしょこしょと呟いた。

 

「エステルさんが魔法使う時にさ、何かかっこいい事言ってたけど、あれ何?」

「は?」

 

 信じられない、と言った表情。ある日親に多額の借金がある事を打ち明けられたらこんな顔になるかも知れない。

 

「え、何? 本気で言ってる? じょーだんじゃなくて?」

「ひ、ひどい! 私はいつだって真面目だよ!」

 

 あーはいはい、と手で次の言葉を留めながら眉間をつまみ、小さな子供にモノを教える様な口調で話し出す。

 

「魔法の詠唱よ……あんただって曲がりなりにも魔法使うでしょうに」

「えー! だってメナドちゃんだってそんな事して無いじゃん! いつも……何だっけ、えいしょ! って言ってるだけじゃん!」

「炎矢よ、え・ん・し! あんな魔力に属性乗っけただけの魔法に、いちいち詠唱なんかしてられないわよ」

「あ! ねえねえ! それじゃあ、詠唱が必要な魔法も使えるの?」

 

 ぎくり、と口をつぐむ。確かに杖の補助がある今、ある程度高位の魔法も使えるかもしれない。しかし、何しろ今まででかい氷を出すか火を出すかという有様であった彼女は、自信を持って首を振れなかった。

 

「おーイ。二人共、置いてくゾ!」

 

 暗闇の奥から、せっかちな声が響いてくる。ついでに、いつもの鼻息も。

 

「あ、ごめーん! 今行くよー! じゃ、行こっか!」

「ちょ、待ってよ!」

 

 そう言って、先を急ぐセルマ。その後を、何かもやもやと吹っ切れない気持ちを抱えたままのメナドが走って追っていった。

 

「何を話していたんです? 余りもたもたしていると置いて行ってしまいますよ」

 

 追いついた二人に、振り返りもせず冷たく言い放つ。そのつっけんどんな態度に、メナドは再び不機嫌そうに目を尖らせた。

 

「ぐ、ぐにゅにゅにゅ……ッ!」

 

 再び、押し殺した様な怒りの声を口の端から漏らすメナド。そんな事は気にも留めず、つかつかと歩く彼女に唐突にマカナが声をかけた。

 

「おイ、エステル!」

「はい?」

 

 声のした方へ振り返ってみると、自分の懐に潜り込んで顔を下から見上げているマカナ。何故かしかめっ面をしている彼女に、思わず少しだけたじろいでしまった。

 

「ええと、何でしょう?」

「何もクソもあるカ! 今更だガ、何だその髪型ハ!」

「はあ?」

 

 びしっと指さされた桃色の前髪は、完全に彼女の両目を覆い隠してしまっている。どうやらそれが気に入らない様だ。

 

「これが何か?」

「何かじゃないワ! あぶねーだろガ!」


 そう言うと背伸びをしながら腕を伸ばし、自分の髪を束ねている髪留めを一つ取り外して彼女の前髪を整え始めた。

 

「ちょっ……何をするんですか、やめ……」

「敵はどこから来るのか分からないんダ! そんな舐め腐った髪型だとすぐ死ぬゾ!」

 

 セルマ達二人が見守る中、猛烈な抵抗を受けながらも着々と髪を整えていく。

 ぎゃあぎゃあと騒がしい声が収まる頃には、彼女の前髪はすっかり二つに分けられて栗色の瞳が露出していた。

 

「ふう、これで良シ!」

「うう……落ち着かない……」

 

 さっきまでの冷たい態度はすっかり消え失せ、もじもじと指を絡めて恥ずかしがっている。その様子に、すかさずメナドが茶々を入れ始めた。

 

「あら、お似合いですわ、エステルさん?」

「そうですよぉ、エステルさん可愛いから、前髪で顔隠しちゃうのもったいないです」

「か、かわ……ッ!」

 

 彼女の冷たい表情が、完全に崩れる。口元はあわあわと色めき立ち、指もくるくると落ち着きを無くしてしまった。

 ついには自身に突き刺さる三つの視線に耐えきれなくなったのか、ローブのフードですっぽりと顔を隠す始末だ。

 

「そ、そうやって私の事をからかっているんでしょう……! 今まで、誰からも可愛いなんて言われた事無いのに!」

「それはお前がそうやって顔隠しちまうからダ! おラ、ツラ貸セッ!」

「ひいい、やめてぇ……」

「ひゅーひゅー! やれやれー!」

 

 メナドのヤジが飛び、マカナもまたエステルに飛びかかった。

 

 自分よりも一回り小さな体のマカナだが、腕力は彼女の方が上回っている。そのままなすすべもなくフードを取り上げられ、再び顔が晒されてしまった。

 

「ひ、ひうう……」

 

 涙目である。先程の冷徹な印象は、思いっきり覆されてしまった。

 

「ほらナ、やっぱり可愛いだろうガ! 自信持テ!」

「か、かわいい……」

 

 満足したのか、再びムクスケの肩に乗って先へと進んでいく。その後ろ姿をぼけっと見つめるエステルに、通り過ぎざまにメナドがからかった。

 

「ほら、先を急ぎましょう? 可愛いエステルさん?」

「う、うるさいです!」

 

 胸の内側に広がる、何かむず痒い感覚。それが何なのかも分からないまま、エステルは一行の後を追いかけていった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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