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三十五話 弱体化の呪い

メナドちゃん機関銃似合うと思います。世界観に合わないんで出せないですけど。

 揺らめく松明の明かりを頼りに、長い長い階段を降りていく二人。時折底の方から吹く風に、ゆらゆらと二つ分の影も揺らめく。

 

「長いわね……」

「帰りの馬車までの転移石、持ってきて良かったね」

 

 セルマがポケットから取り出した、橙色に光る水晶。使えば好きな所へと飛べる便利な物だが、彼女らが用意した物は廉価な為どう見積もっても範囲は外に待たせてある馬車までだ。

 

「そんなちみっちゃいのでも大分値が張るもんね。きっとその内空間魔法もマスターして、そんなの無しでも飛べる様になって見せるわ!」

「ふふ、期待してます。大魔法使いサマ?」

 

 などと話している二人。やがてその足先は、広い石畳を踏んだ。長い階段を降り切ったのだ。

 二人の向いている先には、吸い込まれる様な深い暗闇が広がっている。通路幅の狭い階段とは違い、もはや手に持つ松明などではろくに先が見えない。

 先程まで頼れる明かりであった松明を、心細そうに見つめるセルマ。それに気づいたメナドは、意気揚々と杖を掲げた。

 

「メナドちゃん、何するの?」

「ふふん。あんたのくれたこの杖のお陰で、魔力の制御が大分楽になったわ。今なら……!」

 

 掲げた杖に額を寄せ、目を閉じて集中している様子のメナド。やがてその額からは汗が滲み、炎の光できらきらと輝く。

 セルマがその様子を固唾を飲んで見守っていると、くわっ! とその目を見開いた。

 

「はああああッ! か細き心のよすがたる陽光、彷徨う我らの道を照らせ! トーチッ!」

 

 ぽひゅっ。

 

 気の抜ける様な音と共に、杖の先端から小さな光の玉が飛び出した。だが、その大きさに見合わない光量を持つそれは、松明などとは比較にならない範囲を照らし出す。

 本来であれば新米なら誰でも会得する冒険者必携の魔法なのだが、メナドの場合これを会得する事が今まで叶わなかった。

 

 杖の補助無しにこれを唱えたならば、その瞬間強烈な光が二人の目を焼き尽くしただろう。

 自分が生み出した柔らかな光を放つ球を、喜び半分、驚き半分の複雑な表情で見つめている。

 

「や、やったわ……! 今まで詠唱に必要な魔力がべらぼうに少な過ぎて、どうしようもなかったのに……!」

「いつも魔力どばどばだもんね、メナドちゃん」

 

 初歩の初歩、ともすれば子供でも練習すれば使える様な魔法を発動させ、無邪気に喜ぶメナドとそれを見て顔を綻ばせるセルマ。そこへふと、物陰の闇から微かな物音が二人の耳へと届いた。

 それに気づき、そちらへと杖を向けて照らす。

 

 光が照らし出したのは、どろりと腐った肉と、白く濁った眼球。生ける屍、グールだ。

 

「ゔぅ……」

 

 腐った喉から、石材をこすりあわせる様な不快な呻き声が鳴る。すると、周囲の暗闇からも同じ音が山彦の様に聞こえてきた。

 声の数はどんどん増えていく。ばらばらに聞こえていた声が一つの絶え間なく続く騒音になる頃には、二人の行く手はびっしりとグールの群れに埋め尽くされていた。数百を下らない軍勢に、思わずセルマの足が一歩退いた。

 

「うー……、こんなに多いと守りきれるかどうか……どこか狭い通路に引き込んで足止めして、後ろからメナドちゃんが……」

 

 ぶつぶつと算段を立てるセルマ。しかしメナドは得意げな顔を崩さず、ずいっと一歩踏み込んだ。

 

「あ、危ないよ! 私の後ろに——」

「まあ、見てなさいよ。この杖の慣らしが、あんなちゃっちい魔法じゃ気の毒でしょ?」

 

 そう言って杖の先をグールの群れの中心に向け、一言唱える。

 

「炎矢ッ!」

 

 同時に飛び出した、彼女お得意の炎の矢。しかしいつもの様なでたらめな大きさではなく、極一般的な大きさの物。問題は、その量だった。

 

 ひとつ数える度に、百を超えて放たれる塗りつぶすかの様な無数の炎の矢。


 火薬が爆ぜる様な音と共に杖先から飛び出すそれは着弾と同時に炸裂し、周りを巻き込んで群れを削り取っていく。

 

「わっとと……」

 

 その反動でよろよろと振り回されるメナドだが、次第に取るべき姿勢を導き出す。

 腕を伸ばして杖の先を向ける姿勢から、杖を腰の辺りで持って小脇に挟み、腰だめにして構える。

 姿勢が安定した所で腰を捻って杖の先を動かすと、薙ぎ払う様な軌跡を描いて炎の矢が乱射される。その圧倒的な火力を受けたグール達が消し炭に変わるまで、そう時間はかからなかった。

 

 乱射をやめ、綺麗に片が付いた様子を満足げに眺めるメナド。そしておもむろに煙を上げる杖の先を口元に寄せてふうっと息を吹きかけ、煙を吹き消す。

 

「ふふん。ざっとこんなもんね」

 

 目の前で繰り広げられた壮絶な光景に、ぽかんと口を開けるセルマ。やがてはっと我に帰り、ぱちぱちと拍手を送って相棒の快挙を褒め称えた。

 

「すごーい……ねえ、どうやったの?」

「今までは一発どかーんって投げつけるだけだったけど、この杖を通せば一発分の魔力を分割してずばばばばっ! って放てるのよ! すごいでしょう!」

 

 放った本人ですら、自分の新たな可能性に大興奮している。今までは小回りが利かなかった彼女の魔法も、これからは見違える様に楽になるだろう。

 

 ひとしきりはしゃいだ所で、二人は探索へ戻った。点在する小部屋には本棚や巻物といった物が多く、そのどれもが呪いに関係する物だ。一際多くの書物が収められている本棚の前に、メナドが釘付けになっている。

 

「ふーん、なるほど……へぇ……」

 

 時折感心した様な声を漏らすメナド。対照的に、こういったものにあまり興味を示さないセルマは退屈そうだ。

 暇を持て余し、書物に目を輝かせる彼女に声をかける。

 

「ねえねえ、そんなに面白い事書いてあるの?」

「ええ! どうもここにいた連中は弱体化の呪いを研究していたみたい。一時的な筋力の衰えを起こす魔法はあるけど、永続的に対象を弱らせるのを最終目標にしてたみたいね。あ、これは……?」

 

 メナドがひょいっと手に取ったのは、周りの書物に比べて輪をかけて古びたぼろぼろのスクロール。それに目を通すメナドの目は、さらにきらきらと輝き始めた。

 

「……! 面白い、面白いわ! 是非とも持って帰りたい所だけど……」

 

 一人ではしゃぐメナド。その手に持つスクロールの裏側に、禍々しい文様が浮かび始めた。ふらふらと退屈そうに視線を彷徨わせるセルマが、いち早くそれに気づく。

 

「メナドちゃん、なんかそれ、裏側が——」

 

 言っている間に、その模様は光を帯び始めた。何かの魔法が発動しようとしている。そう直感的に感じ取った。

 

「メナドちゃん、ごめん!」

「ひゃっ! ちょっと、何を……!」

 謝りながら、強引にそれを手からひったくった。瞬間、一際大きな輝きがセルマの体を包み込む。

 

「きゃああっ!」

「せ、セルマッ!」

 

 光は数秒間彼女の体を包み込み、やがて嘘の様に消え去った。そしてスクロールも、光が消えると同時に粉々になって風に舞う。

 

「だ、大丈夫? どこか変わりない?」

 

 タチの悪い呪いの発動を危惧し、心配そうに駆け寄ってぺたぺたとセルマの体を触るメナド。だが当の本人は、けろっとした顔でその様子を眺めていた。

 

「……あれ、何にもないや」

「そ、そんな訳ないでしょ! 待ってて、今解呪の道具を……」

「心配症だなあ、大丈夫だって」

 

 からからと笑うセルマ。確かに彼女の体には一見異変は見当たらない。その様子を見て、不安そうに口を開いた。

 

 「……無理してない? 何か感じたらすぐに言うのよ? 約束よ?」 

「ん、分かった。ありがとね」

 

 全くもう、とため息をついて地図を手に広げるメナド。さらさらとその上に羽ペンを踊らせ、探索済みの箇所に印をつけ始めた。そしてふと、思い出した様に声をセルマにかける。

 

「ねえ、薬の残りはどれくらいだったかしら?」

「ん、えっとねえ」

 

 ごそごそと鞄を漁り、中から三本の瓶を指に挟んで掲げる。

 

「んー、三本ある——」

 

 それをメナドの方へと向けた瞬間、するりと瓶が指を滑り落ちて床へと落下し、鋭い音とともに撒き散らされた中身が乾いた床に染み渡る。

 

「ちょっと、何して——」

 

 床からセルマに目を移した彼女は、その異変に気付く。先程まで活気に満ちていたその目は暗く淀み、足はふらふらと覚束ない。

 今にも倒れそうな彼女に、慌てて駆け寄ろうとする。しかし、セルマはそれを待たずして膝を折り、体を硬い地面へと横たえた。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

良ければ、評価などぽちぽちっと。

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