三十三話 セルメナ事変・終わり
色々あって投稿が開いてしまいました。もし待ってくださっている方がいらっしゃいましたら、お待たせ致しました。
「ふふん、ふふふん、ふん……」
夜もすっかり更けた真夜中。家の前には、丁寧に包装されて飾りまでつけられた長い包みを手に持ったセルマがいた。途轍もなく上機嫌で、たたんとスキップまでしている有様だ。
極力音を立てない様に静かに家の鍵を開け、忍び足で家の中に入りこむ。そして薄暗がりの中を喜びを押し殺して静かに進み、もう既に寝ているであろうメナドを求めて寝室へと向かう。
「おっとと」
そこで、セルマはある事に気付いた。ローブの胸から腹部にかけてがべっとりと血に塗れ、真っ赤に染まっているのだ。
以前もメナドに注意された事もあって、こんな服をうっかり見せた日にはまた要らない心配をさせてしまう。そう考えたセルマは、まず自分の部屋に寄って服を始末する事を思い付いた。
廊下の上を上機嫌に歩き、服を脱ぎながら自分の部屋へと向かう。やがて扉の前に移動した彼女は、ドアノブに手をかけた。
「んん?」
不意に、扉の向こうから聞こえてくる声に気づく。包みを壁に立てかけた後に扉に耳を押し当てて聞いてみると、細かい息遣いが断続的に聞こえて来ていた。
そしてその声の持ち主が、メナドである事に気づく。私の留守中に何かがあったのだろうか。そんな不安が一瞬脳を通り過ぎた時には、すでにその手は動いていた。
ローブを廊下の隅に放り投げながら扉を突き飛ばす様に開け、部屋の中を窺う。特に乱れた様子の無い部屋の、セルマのベッドの上。そこには、膝に顔を突っ伏した三角座りのメナドが居た。
「め、メナドちゃん! 大丈夫、どこか痛いの?」
すぐさま近くへと駆け寄る。そして、今尚顔を伏せているメナドの脇腹や肩をぺたぺたと触り始めた。すると、ようやく膝に隠れていた顔が持ち上げられる。
心配そうに自分を見つめる彼女の顔を見て、一瞬表情を輝かせるもまたすぐにむすっとむくれてしまった。
「あ……ふん、遅かったじゃないの」
むっとした不機嫌そうな顔。そのやや赤く腫れぼったい目が、じとりとセルマを捉える。
「どこも怪我とか、無いみたいだね。良かったぁ、泥棒さんとかが入って来たのかと——」
「あんた、マカナ達といっしょにどっか行ってたでしょ」
「うっ」
バレた。と言わんばかりの呻き声が漏れる。それを聞いたメナドは、また顔を伏せてしまった。
「み、見られちゃってたんだ。でも、絶対怪しい事とかはしてなくてね……?」
「ふん、こんな夜更けに何してたんだか。ふんっ」
「ち、違うよお!」
何か誤解されている。そう感じたセルマは、慌てて言葉を返した。
「ええとね、マカナちゃん達には素材集めを手伝ってもらってたの」
「素材……? 何のよ」
「今、持ってくるね! えへへ、絶対びっくりするよ!」
そう言うと、勢い良く立ち上がって部屋から半身を出して脇に立てかけてあった包みを取る。それを差し出す彼女の顔は、何にも比べる事の出来ない程の笑みが浮かんでいた。
包みを受け取り、小さな両手で結わえてあるリボンをしゅるしゅると解く。全ての包みが解き放たれると、その手の中に一本の杖が現れた。
どこか妖しげな雰囲気を漂わせる木材に、先端に輝く赤い宝石をはじめとした魔法を補助する役割を持ついくつもの装飾や刻印が施されている。
その一つ一つを指先でなぞるメナド。全てを触り終えると、傍で光り輝く笑顔におずおずと顔を向けた。
「これ、すごい……! 特に、この木!」
先程までのむくれ面も何処かへと吹き飛び、興奮した様に杖を眺め回す。その様子にセルマも満足げだ。
「あ、そういうの分かるんだ?」
「腐っても魔法の名家の生まれよ。その辺りの教育はきっちり叩き込まれたわ。何の木かは分からないけれど、何か怨念めいた魔力が宿ってる。こんなの、どこで?」
「あ、えーと……マカナちゃんが良いのが取れるって紹介してくれたんだ」
咄嗟に嘘を吐く。本当の事を言えば、また彼女を心配させると思ったからだ。その様子に少し違和感を覚えるメナドだったが、それ以上言及しない。手元の杖にすっかり心を奪われている様子だ。
「どお? 気に入ってくれたかな?」
「うん……うん! でもあんた、これの素材集めるの相当苦労したはずよ。大丈夫だったの? 無茶はしてないんでしょうね?」
「うんうん、平気平気」
「……本当に、本当?」
詰め寄るメナド。流石に少し気が咎めたのか、やや表情を歪ませた。そしてそれを強引に隠す様に彼女の手を引く。
「そ、それよりも! ねえ、この杖どうかなあ? 喜んでくれた?」
「……うん」
杖を抱きしめながら、こくりと頷いた。それを見るセルマの顔も、至上の喜びを噛み締めている様だ。
「んん、良かったぁ……! 私、この為だけに一週間もメナドちゃんと一緒に過ごすの我慢してたんだ」
「……ごめんね、私勘違いしてたみたい」
「ん? 勘違い? 何と?」
目を見開き、不思議そうにメナドの顔を見つめる。その視線に押される様に顔を俯けながら、ぼそりと小さく呟く。
「う、浮気……」
「ぶはっ!」
その言葉に、思わず吹き出して笑うセルマ。それを受けて、恥ずかし紛れにぽこぽこと胸を叩き始めた。
「わ、笑わないでよ! 何がおかしいのよ!」
「い、いやあ……ふふっ。浮気、浮気かあ。ごめんね、ふふふっ」
ぷすぷすと口から漏れる笑み。それに何か含みがある事に感づくと、更に口を尖らせた。
「……何よ。私は真剣に……」
「いやあ、ごめんね。でも、ふふっ、浮気って……なんだか夫婦みたいだなって」
「!?」
ぼっ! と音がする様な勢いで顔が赤く染まる。見開かれた目は今にも眼窩から転がり落ちそうだ。
「な、ななな……?」
「うーん、でも私達、女同士だよねえ? こういう場合、どっちがお嫁さんなんだろ?」
「し、知らないわよ!」
ぷいっと顔を背けるメナド。それを追う様に、同年代の女性に大きく水を開けた発育を誇る体がしなだれかかった。
「ねえ、メナドちゃんはどっちが良い? お嫁さん? 旦那さん?」
「……お嫁さんが良い」
「あはは、じゃあ私が旦那さんね」
もたれた体を更に倒れ込ませ、強引にメナドの体を組み敷いた。驚きに見開かれた赤い瞳を、いやらしく細められた青い瞳が見下ろす。
「我慢してたのは、メナドちゃんだけじゃないんだよ?」
ぺろり、と赤い舌が唇を這い回っててらてらと湿らせる。その様からは、いつもセルマが纏っている柔らかく清楚な雰囲気は微塵も感じられない。
「一週間分、目一杯楽しもうね」
夜に沈んだステルダの街。今起きているのは、余程の夜型か歓楽街の人間くらいだろう。草木が風で擦れる音が聞こえる程静かな夜に、一軒の家から漏れる二つの声が響く。
そしてその出所である一室の窓を覗く、二つの大小の影。
「……飯くれるって言ったのニ……。今日はダメそうダ。行こう、ムクスケ」
「ばふっ!」
そう小さく呟くと、大きな影はひざまづいて自らの肩を差し出す。それに飛び乗って腰掛けると、家に背を向けてその場を後にした。
「全く、女同士なんて考えられン……ムクスケ、お前オスと交尾したいカ?」
「ぶるるるッ」
なんか気付いたらセルマが主導してコトにおよんでますね。ベッドヤクザセルマ。




