二十八話 攻めのメナド、守りのセルマ
なんか気付けば二人でいちゃいちゃしてるんですが、読者の皆様は大丈夫でしょうか? アクションシーンほっぽり出していちゃいちゃするなとか、そういうのがあればすぐに改善します。
渦巻く湯気を切り裂きながら、魔物の討伐に四苦八苦しつつ進む二人はやがて一際大きな空間に出る。
辺りを見回しても、これ以上先に進める様な横穴はない。ここがこの洞窟の終点、どん詰まりだ。周囲に動く気配は感じられない。
「うーん、居ないみたい。依頼達成かなあ」
「そうね。早く帰……ん?」
ふと、メナドが訝しそうに目を凝らす。その視線の先には、ごつごつとした大きな岩がぽつんと聳え立っていた。
「どしたの?」
「いや、なんか動いた様な……」
「これが?」
神罰ちゃんを肩に担ぎ、てくてくと眼前の大岩に向けて歩くセルマ。心なしか、その表情は馬のフンを木の枝でつつくいたずらっ子の様になっていた。
「どれどれ……」
片手で神罰ちゃんを軽く振り、大岩を打ち据える。普通の岩を叩いたのと全く同じ感覚が握りから手へと伝う。
「……特に何も無い——」
瞬間、その大岩はぐらぐらと動きを見せ始めた。その様は、まるで地面から引き抜かれまいと踏ん張るキノコの様。
更に揺れる大岩と地面との間には、何やら液体が滲み出ている。
「な、なんか分かんないけど危ないかも! メナドちゃん離れて!」
その尋常ではない様子に、すぐさまメナドの元へと戻っていって自身の体でかばう。その後ろでは、既に戦闘態勢を整えた彼女が手を広げていつでも魔法を打ち出せる様構えていた。
見ている間にも岩の揺れはどんどん激しくなる。やがて、酒瓶の栓を引き抜く様な音と共に岩が跳ね上がった。
その後を追う様に迸る液体と、大量の白い気体。それらは、ぽかんとその様子を見つめる彼女達に一気に降りかかる。
「うえっぷ!」
「こ、これ……お湯?」
液体の正体は、地熱により温められた水脈だった。ちょうどその出口を塞いでいた大岩をセルマが叩いた事によってバランスが崩れ、押し出されたのだ。
怒涛の勢いで溢れ出す温泉は、やがてこの空間の半分程を満たす程になった。濃いマナが溶け込んでいるため、湯は淡い緑色の光を放っている。
ちょうど良く窪んでいた所へと湯が流れ込んでいるため、見てくれだけを整えてやればそのまま商売に使えるだろう。
洞窟内に、一際濃い湯気と温泉独特の匂いが立ち込める。
「わぁ、すご……」
恐る恐るそこへと近づき、袖をまくってちょんちょんと水面を突くメナド。
「うん……特に毒とかそういうのは無さそうね。ねえセルマ。聖水の残りってまだあったっけ」
「あ、うん。後一回分あるけど……どうするの?」
「どうするって、入るに決まってるでしょ。一応魔物は片付いた筈だけど、用心はしとかないとね」
言いながら、セルマに背を向けてばさばさとローブを脱ぎ捨てていくメナド。それを見て、心配そうにセルマが口を開いた。
「い、良いのかなあ。勝手に入っちゃって……しかも湧いたばっかりの一番風呂を」
「あんた変なとこで律儀よね……良いじゃない、役得よ役得。私らが見つけた様なもんなんだから」
「で、でも……」
メナドの利己的な説得に、ぐらりと良心がぐらつくセルマ。そこへ、メナドが更なる追い討ちをかけた。
「入んないの? あーあ、あんたとお風呂入りたかったのになあ」
ぽいぽい脱ぎ捨てていた先程までとは打って変わって、衣服を一枚ずつ少しずつ焦らす様に手を掛けていく。しゅるしゅると響く衣擦れの音と共に、メナドの白い肌が見る見る内に露わになる。
身を包む最後の一枚に手を掛け、はらりと地面に落とす。ほぼ筋肉の付いていない、ほっそりとしたきめ細やかな白い肌と、それに相反してむっちりと丸みを帯びた腰が外気に晒された。
一糸纏わぬ姿となったメナドは、そのまま振り返らず流し目でセルマを見る。
「ね、入らない?」
数分後——
湯煙の中で肩を寄せ合い、湧いたばかりの正真正銘の一番風呂を贅沢に使う二つの人影が湯船に揺らいでいた。
「はへぇ……きもちいい……」
「渋ってた割には堪能してるじゃないの?」
「だって、このお湯なんか普通のとは違うんだもん。魔力がみなぎる感じ?」
手で器を作り、湯をすくってさらさらと体にかけるセルマ。薄緑に輝く湯船は、失った魔力を補給出来る程に濃いマナで満たされていた。
「へー。あんたも魔力とか使うんだ」
「そりゃ、リジェネレイトだって魔法だもん。傷を治すのだってタダじゃ……あ」
ふと脇を見たセルマの目が、メナドの胸元に薄く刻まれた切り傷を捉える。
「ああ、傷が出来てる……待っててね、今薬取ってくるから」
「いや、これくらい平気よ。あんたちょっと過保護すぎない?」
湯船から飛び出そうとした彼女をの腕を捕まえ、強引に引き戻しながら言う。ぱしゃりと再び湯の中に戻ってきたセルマの顔は、少し悲しげだ。
「うう、ごめんね。私もっと頑張るから……」
「あんたそれ、今日で何回目よ? ちょっとその事で話があるの」
しょんぼりと俯くセルマの太ももに、よいしょとまたがる様にして座って正対するメナド。そして、子供に言い聞かせる様な口調で話し出した。
「あんたね、ちょっと極端すぎるのよ。守ってくれるのは良いけど、それじゃいつかあんたの方がもたなくなるわ」
「でも、私が守らなきゃパーティ回らないよ? ただでさえカツカツだったのに」
反発する二つの意見。しかし、そのどちらもが正論であった。
無闇矢鱈と攻撃を受け続けていればいずれ限界を迎えるであろうし、かと言って各々が役割を怠れば彼女達の様な尖ったパーティは破綻する。
「それはそうなんだけど、うーん……臨機応変っていうか、柔軟にっていうか」
「りんきおーへん……じゅーなん……」
うわごとの様に、口の中で単語を繰り返す。まるで授業についていけない子供の様だ。
「……よく分かんないけど、今度から気をつけるよ。でも、それはそれとして回復薬くらい使わせてよ。こんなに綺麗なお肌なのに、傷が残っちゃう」
ついっと白い肌に刻まれた赤い筋をなぞる。それを見て、メナドはうっすらと笑みを浮かべた。
「ねえ、私に傷があったらそんなに嫌? 嫌いになる程?」
突拍子も無い質問を受け、ぶんぶんと雫を散らしながら首を横に振って答える。
「そ、そんな事ないよ!」
「なら、私も気にしないわ。あんた以外に肌を見せるつもりなんかないもの」
どやっ、と胸を張りつつ小っ恥ずかしい歯の浮く様なセリフを吐くメナド。セルマの顔も一気にのぼせ上がる。
「……メナドちゃんてさあ、結構恥ずかしい事、平気で言うよね」
「もう恥ずかしい事なんか色々してるじゃない。何を今更恥ずかしがってるのよ」
それもそっか、と小さく呟くと、体を滑らせて湯船へと深く体を沈ませた。それに合わせて、メナドも胸を背もたれにしてゆっくりと寛ぐ体勢をとる。
ちゃぷちゃぷと体を静かに漂わせていると、不意にセルマが口を開いた。
「私の体の事心配してくれたのって、家族以外だと初めてかも」
「好きな人がぼこぼこ傷ついて、何も思わない訳ないでしょう?」
「……やっぱり恥ずかしいよ、メナドちゃん」
「だから、今更だっての」
その後二人は心ゆくまで温泉を堪能し、引き返してロウリュの街で報酬を受け取ったのはすっかり夜になってからの事だった。
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