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第270話 365の星

王城の大広間の玉座には、クァッチ3世の代わりにヴァルギスが座っています。玉座の前に並ぶ家臣たちも一掃され、奸臣佞臣は政治犯として牢につながれました。また聞き取り調査や記録などから、忠臣であったものの処刑が怖くて言い出せなかった者、才能はあったが亡国よりも自分の命を優先して佞臣のふりをしていた者を次々と特定し、家臣に準ずる者として大広間に配置しています。もっとも何人かは魔族に協力することを嫌い逃亡しました。

大広間の家臣の中にはナトリもいました。メイはこの中にはいなく、進駐軍の副元帥に任命されて指揮にあたっています。メイは副元帥を最初は嫌がっていましたが、ヴァルギス、ナトリ、そして私が総掛かりで説得してなんとか引き受けてくれました。人間の護衛が十分な数だけ用意できましたし、職場も人間が多いので、私の強化魔法は当面いらないみたいです。


ある日、魔族の家臣がヴァルギスに進言します。


「魔王様、クァッチ3世のために多くの人々が命を捨てました。私たちはクァッチ3世から民を守るために兵を挙げましたが、いまだに侵略戦争と誤解しているものもいます。私たちが正義のために戦争を起こしたことを証明するために、クァッチ3世の治世の犠牲者を祀ってはいかがでしょうか」

「うむ。尤もだ。それでは祭祀を執り行なおう。早速、今回の戦争までに犠牲になった人たちを洗い出して、リストを作ってくれ」


こうして、続々と祭祀の準備が始められます。瓦礫が撤去されて石畳だけが残り更地当然となったハール・ダ・マジ宮跡を使って、献花台が作られ、民衆や家臣が次々と花を手向けます。私も手向けました。

そうして1〜2日が経った後、犠牲者のリストが作られ、大広間でヴァルギスに渡されます。


「これがリストでございます。全員で363名になります」

「うむ」


ヴァルギスはそのリストを眺めます。クァッチ3世による最初の犠牲者になったネリカ妃からダリア、様々な家臣、そして戦争で犠牲になった将軍たち、ハラスなどの名が、死んだ順番に刻まれていました。


「おい」

「はっ」

「クァッチ3世とシズカの名が入っていないではないか」

「しかし、その2人は‥‥」

「構わぬ。今ここで説明すると長くなるし話を信じてくれぬ人もおると思うが、妾は、あの2人もまた悪魔に取り憑かれた犠牲者であると考えている。とにかく2人の名を最後に書いてくれ。クァッチ3世が先で、シズカが後だ」

「ははっ」


そう言って家臣は、返されたリストを持って大広間を出ていきます。


◆ ◆ ◆


聖女の私、そして天使のラジカが、祭祀に呼び出されます。


「ラジカ、このようなことで呼び出してすまぬな」


そう言うヴァルギスも、私も、きらきら光る立派な服を着ています。ラジカは相変わらず真っ白な地味な服のままでしたが、これが天使の正装ということです。


「大丈夫。これも天使の仕事だから」


ラジカはうなずきます。

ハール・ダ・マジ宮跡の広場を使った会場に大勢の人が集まります。私は台に乗り、ヴァルギスが台の下から私に近づいてきます。具体的に言うと、細長い台の中央で待っている私にヴァルギスが歩いてきて、私に礼をして一通の紙を渡します。これが、365人の犠牲者のリストです。

私はこれを、さらに高い台に乗っているラジカに向けて、1人1人読み上げます。何度もリハーサルしましたが、最初はこの位置関係になかなか慣れなかったものです。今まで身分上は私より上の立場だったヴァルギスが今日は私より下、そしてラジカが天使という一番上の身分として振る舞うのです。いつもと感覚が違うので何度か混乱したものです。

香の香り、菊の花の香りに包まれたその会場で、私はリストを読み上げます。


「ネリカ・オン・ホルン」


最初はネリカ妃から始まります。悪魔に取り憑かれたシズカによって粛清された、最初の犠牲者です。

そのあとは、ダリア、クロウ国王など、デグルからの話でしか聞いたことのない人の名前が並びます。みんな、私は顔を知りませんが、クァッチ3世の理不尽な命令で殺されていったのです。そのクァッチ3世ですら、悪魔に操られていたのです。それを思うと、やるせない気持ちになります。


「ダィッチ・ウ・テスペルク。ユズル・ハニ・オックスフォン」


私の父と母の名前です。こんな名前までヴァルギスは入れてくれたのでしょうか。取るに足らないものかもしれませんが、私がハールメント王国に亡命する旅に関わってきた人でもあります。

その後も私は何人かの名前を読み上げます。ペリア、マーブル家4兄弟、そしてハラス。ハールメント王国王都ウェンギスまで攻め込んできた将軍たちの名前が並びます。この頃は人を殺すのが嫌でしょうがなかった、など去年のことを思い起こしながら名前を読みました。

それからは、私たちが魔王軍をおこして王都ウェンギスを出発し討伐の遠征に行った後に出会った敵将の名前が並びます。


「ホデッサ・ホン・ナロッサ」


ラジカの兄の名前です。私はむやみに動いてはいけないのでラジカの顔は見れませんでしたが、ラジカの手がびくっと動いているのは目に入りました。

ラジカのもう1人の兄と父の名前もここに入ります。それから、ギフの領主の名前。ホニームで伏兵を使って抗戦したヴァイザの名前。誰も犠牲者を出さなかったデ・グ・ニーノはとんで、エスティク。


「ラジカ・オレ・ナロッサ」


エスティク攻防戦での最初の犠牲者の名前です。私はその名前を読み上げる時、できるだけ目の前にいるラジカを見ないようにしましたが、それでもラジカの体がわずかに揺れるのは分かりました。

その後も、ウヒル、カイン、マシュー将軍の名前が読み上げられます。


「ニナ・デゲ・アメリ」


このリストに一番入ってほしくなかった人です。それを読み上げる時、私は目頭が熱くなりましたが、我慢してくっとこらえます。

その後も何人かの読み上げは続きます。


「クァッチ・サード・ルン・ウィスタリア。シズカ・ペル・ナインデール・ホン・クロウ」


その名前をもって、読み上げが終わります。私はそのリストを折りたたんで、裏に書いてある文面を読み上げます。


「以上、365名は旧ウィスタリア王国のクァッチ3世の治世において犠牲になった主な人物である。これらの犠牲を我々は忘れず、再びこのような悲劇を繰り返さないことを固く誓う。この名簿を天使ユアン、そして旧ウィスタリア王国のすべての関係者に捧ぐ。ハールメント連邦王国魔王ヴァルギス・ハールメント、聖女アリサ・ハン・テスペルク」


そうやって粛々と読み上げ、頭を下げて折りたたんだ紙をラジカに渡します。

ラジカはそれを受け取りながら、あらかじめ用意していた文句を読み上げます。


「我は天使ユアン。人間の意志、確かに受け取った。弛むことなく、平和の実現に向けて励んでもらいたい」


私もヴァルギスも、家臣も、その場に並んでいた大量の人たちも、みな一斉に頭を下げます。


◆ ◆ ◆


儀式が終わって、人々は散っていきます。

これは私が聖女として参加する初めての祭りでもあります。

私は上着を脱いで「ふうっ」と息をつきます。体は汗でびっしょりです。この特製の上着、とても暑いです。しかも今後の祭りでも着なければいけないのですから、大変です。長時間着ていたら絶対むれます。聖女って大変ですね。

そうやって上着の話をラジカとしていたところへ、ヴァルギスが走ってきます。


「天使ユアンも聖女アリサも、今日は忙しい中参加してくれてありがとう」

「そんな‥私は忙しくないし、ねえラジカちゃん?」

「アタシはそんなに忙しくない。アリサこそ、聖女として人助けをしているから忙しいんじゃない?」

「そんな、あれはやりたくてやってるから‥‥ラジカちゃんだって、気がついた時にはもういなくなってるし、天使の仕事忙しいんじゃないの」


謎の言い訳の言い合いが始まったところで、ヴァルギスが止めに入ります。


「まあまあ、2人とも。今のは目上の人に伝える口上だ。改めて2人ともお疲れだ。昼食は王城に用意してあるから一緒に食べないか」

「えへへ、分かったよまおーちゃん」


そうやって、私はいつも通り、ヴァルギスやラジカ、メイ、ナトリ、ハギスたちと一緒に食卓を囲むのでした。

ずっとみんな一緒でいられる時間は、残りわずかです。

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