第246話 みんなが慰めてくれました
みんなは私を1人にしないよう努めるようです。メイは「あたしの幕舎に予備のベッドを置いてもらったから、寝る時に来なさい」と言ってくれましたし、ヴァルギスも「しばらくここには戻るな、ハギスと一緒に過ごせ。ハギスにも伝えてある」と言ってくれましたし、ナトリも「何かあったらナトリも話し相手になってやるのだ」と言ってくれます。
私がラジカにやったことの受け売りですが、みんな、ここまでやってくれてるのがとても嬉しいです。特にメイは忙しい合間を縫って私のための時間を作ってくれるとのことで、嬉しい気持ちでいっぱいです。
「まあ、貴様のために尽くすのには他の目的もあるがな。ここで貴様が使えなくなると、この遠征の成功率が大きく下がる。場合によっては撤退だ。それだけ貴様は大きい力を持っているのだ。肝に銘じろ。少なくともエスティクが陥落するまでは、妾たちに甘えてくれ」
ヴァルギスは優しいだけでなく厳しいです。
「ありがとう、みんなありがとう」
私は目が潤んで前が見えません。ハンカチで涙を拭った後、食事を口に入れます。
◆ ◆ ◆
食事が終わった後、私は椅子からふわりと浮き上がります。
「ラジカちゃんがいなくなったのは寂しいけど、めそめそしてられないもんね。ちょっと待っててね、荷物まとめるから」
私はそう言って、簡易的に設置された家具から自分の化粧品をまとめて袋に入れます。私はすっぴんでも可愛いと言われることがありますが、化粧は貴族のたしなみなのです。
そうして私たちは幕舎を出ます。ナトリと中陣で別れて、メイは後陣から血相を変えて走ってきた兵士に何か言われて「ゆっくり歩きたかったけど先に戻るわね」と言って、中陣の途中で走って行ってしまいました。今、私は魔王と2人きりで、中陣の中を進んでいます。
「ラジカのこと、まだ気にしているか?」
「‥うん。正直言って、ラジカちゃんのことしか考えられない」
私は平静を装っていますが、今ここに誰もいなければ寂しくて泣いてしまうかもしれません。けっこうギリギリの状態なのです。
「戦争で人は死ぬものだ。一歩間違えれば、貴様もナトリも死んでいたのだぞ」
「分かってる」
「慣れるしかない。今生きている者との交流を楽しめ。今を全力で必死に生きろ」
「分かってる」
私は目を閉じます。また涙が溢れ出そうになるのを止めようとしましたが、やっぱり止まってくれません。
移動をやめてその場に留まった私を見て、ヴァルギスもいくらか進んだところで立ち止まります。
「ねえ」
私は目を開けて、ヴァルギスに質問します。
「まおーちゃんは、ラジカちゃんが死んで悲しいの?」
「悲しいぞ。ナトリもメイも、ハギスも悲しんでいる。顔には出していないがな。これを乗り越えるのが成長だ」
「‥うん」
「まだ自分が悪いと思っておるな?」
ヴァルギスの問いに、私は口をつぐみます。そして、浮遊の魔法でまた進み始めます。
「私、悔しい」
「なぜだ?」
「私はまおーちゃんと互角に渡り合えるくらい強い力を持っていて、誰よりも強いのに、大切な人を守ってあげられなかった」
「貴様の責任ではない。ニナも悪くないし、誰も悪くない。戦争だ。戦争そのものが悪いのだ。自分を憎むな、戦争せざるを得なくなったこの状況を憎め」
そのヴァルギスの言葉に私はすぐ返事できませんでしたが、黙って小さくうなずきます。それにヴァルギスが気づいたかどうかは定かではありませんが、うつむいている私の脚を何度か叩いてくれました。
◆ ◆ ◆
ハギスの幕舎に入ると、ハギスが「うわあああん、なのー!」と泣きながら私に抱きついてきます。といってもハギスはまだ子供で背が低いので、私は地面に正座するようにして目線を低くして、ハギスを抱き返します。浮遊の魔法使いながら座るのも久しぶりですが、勝手はわかります。
「私、ラジカちゃんを守れなかった。でも戦争はこういうものだって、まおーちゃんが教えてくれたよ」
「分かってるなの。ウチも同じことを言われたの。テスペルクが生きてくれてるだけで嬉しいの」
「ハギスちゃん‥」
私はハギスの頭を撫でます。
「じゃあ妾はそろそろ戻るから、ハギスと2人で遊んでくれ」
ヴァルギスはそう言って、行ってしまいました。私とハギスの2人きりになってしまいました。
「‥そういえば、前にラジカちゃんがここに泊まったことあったっけ」
「あったの。確か、ナロッサの兄さんが死ぬと騒いでいたなの」
「その時、ラジカちゃんに何かした?」
「七並べをしたの」
「じゃあそれ、私にもやってくれる?」
「分かったの」
ハギスは棚から数字と記号の書かれたカードを取り出して、持ってきます。そうして、絨毯の上に「7」と書かれていてそれぞれ記号の違うカードを4枚、並べます。
そうやって、私はしばらくハギスと遊んでいました。遊んでいると寂しさや悔しさを紛らせられます。少しでも別のことをして、できる限り気にしないようにしましょう。
ハギスもそんな私を気遣って、楽しい話をしてくれました。ハクがまだ生きていた頃の魔王城の様子、ハクと一緒に遊んだときの思い出。そういうのを聞いていると、ハギスは王族だけど、普通の父がいて、普通の母がいて、普通の子供としての生活を送ってきたんだなと気付かされます。ハギスが私たち王族ではない貴族たちと等身大の存在に見えてきて。
「あーん!!!」
七並べの途中、まだ終盤でもないのにハギスがカードを投げ出して足をしたばたさせて叫びます。
「どうしたの、ハギスちゃん!?」
「くさやが‥くさやが切れたなの‥‥」
「あはは‥ハギスちゃんかわいいなあ」
私は自然と笑顔になっていました。
「茶化してる場合じゃないの。これは命に関わることなの。だ、誰か外の兵士を呼んでくるなの‥‥」
「分かったよ。おーい!」
私は幕舎の入り口から首だけ出して、近くにいる兵士を呼び出します。
◆ ◆ ◆
私がショックで泣き崩れたりみんなにケアしてもらったりしたのと並行して、マシュー将軍はエスティクの砦攻略の指揮をとっていました。
砦は1年のうちに急造されたわりにはなかなかしっかりしていて、かなり幅も広いです。ハラスが何かしらの工程で関わっていないと、これほど巨大な砦を1年で作ることは出来なかったでしょう。おそらくニナが建造に関わっています。
その砦を守るニナたちですが、砦の中から打って出ます。騎馬兵です。ニナが数万にも及ぶ馬にあらかじめかけていた魔法によって、馬は風より疾く駆け切り、続いてチャリオットから放たれる無数の矢が、兵たちを次々と倒していきます。
夕方になって退却の軍鼓が鳴る頃には、戦場は死体でいっぱいでした。特にハールメント王国の兵士の死体の多さが目立ちます。ゴブリン、獣人、狼男ら魔族の痛々しい死体についた大量の矢が、戦争の激しさを物語ります。
「今日も大きな被害が出たか」
私がハギスの幕舎で遊んでいた頃、前陣の幕舎に戻ったマシュー将軍はふうっと大きなため息をつきます。
「私も効率性を考えて部隊を配置していきましたが、敵兵の勢いが予想以上でしたね」
テーブルの上で地図を広げながら、ソフィーもため息をつきます。
マシュー将軍は唇を噛みます。
「我々にはミハナでの会盟が待っている。もう、残り2〜3週間くらいか。我々には兵力があり時間をかければ確実に落とせるが、ミハナへの到着が遅れてしまっては元も子もない。ミハナに集結する連合軍が解散してしまっては、誰がウィスタリア王国100万の大軍に対抗できるのだろうか」
マシュー将軍はどこか焦っている様子でした。
「お気持ちはもっともでございます。ここは敵将を仕留めるのが手っ取り早いでしょう」
「うむ、それしかないのだ。しかしニナはどのような力を持っているか。ハラスの弟子というから、相当に強いだろうが、ラジカが死んでしまった今では情報がない。すでに何人かの兵士に変装させて探らせているが、時間がかかるだろう」
「そうですね。どうしたものやら‥‥」
その時、幕舎の入り口の布が開いて、1人の男が入ってきます。
「大変申し訳ございません。今の話を聞かせてもらいました。この現状、俺が何とかしましょう」
そこに立っていたのは、口を青い布を塞ぎ、全身を青い装束で固めた、ウヒルでした。




