第234話 ホニームの反抗(2)
ヴァルギスはふうっとため息をついて、ヴァイザに問います。
「貴様、死ぬならどうやって死にたいか?希望を聞いてやろう」
「お前と戦って死ねるなら本望だ!」
「そうか」
短い返答と同時にヴァルギスはヴァイザの胸めかけて腕を伸ばします。腕から緑色のビームのような光が出ます。それが消えると同時に、ヴァイザの胸に大きな穴が空き、ぼろりとその中にあったものが背中から吹き出ます。骨、内蔵、そして心臓。
ヴァイザは槍を落とし、そのまま後ろへ倒れ、落馬します。ヴァルギスはふうっとため息をついて、しゃがんで、早速青白くなったヴァイザの顔を見ます。
「妾の寝込みを襲うとは、とんだ勇者だ。貴様の勇気ある行動と固い忠誠に敬意を表する。いつか、何らかの形で表彰したいものだ」
後陣の兵士たちや将軍たちは、いくらかの被害をうけ、死者も出ました。しかしすぐに中陣から援軍が駆けつけ、後陣の兵士たちも体制を立て直して奇襲兵に対応します。こうなるともう、2〜30万に対して、将を失ったわずか5万の兵力です。兵力差はあまりにも大きく、決死隊は次々と倒され、死屍の山が築かれていきます。
夜が明ける頃には、5万の決死隊はほぼ本来の姿を失い、後陣には静寂が戻っていました。
◆ ◆ ◆
奇襲の失敗は、逃走した兵によってホニームの領主の知るところとなりました。
「魔王軍60万に対し、我々にはわずか1万の兵力しか残されていません。恥を捨て降伏すべきです」
領主城の大広間で家臣たちは口々にこう言いますが、すでに武装を終えた領主は、ゆっくり玉座から立ち上がって言います。
「降伏したい人は好きにしろ。わしは最後の1人になるまで抵抗する。ヴァイザがわしのために命を捨ててくれたのだ、わしが応えずしてどうする」
そう言うと、大広間に並んでいる家臣たちを尻目に、大広間から出ていってしまいます。
その後領主は、残る1万の兵を引き連れ、魔王軍の前陣に正面から切り込みます。結果は無残なもので、兵士の半数以上は降伏し、もう半数は死に、領主は大量の矢でハリネズミのようになって死にました。
マシュー将軍が、ホニームに残った家臣たちから事の顛末を聞いたのは、その日の午後でした。
「2人とも忠義を尽くし、命を擲って戦った。敵ながらあっぱれである。碑をたてよ」
魔王軍は後陣に被害を出したものの、こうしてホニームを平定しました。
◆ ◆ ◆
ホニームは陥落しましたが、さすがに60万人もいる魔王軍を1つの都市の中に駐屯させるのは不可能なので、ホニームのそばにたてた陣をそのまま、魔王や一部の家臣を除くほとんどの将兵の当面の宿泊地とします。これは今まで制圧した都市でも同様です。
「お姉様、大丈夫でしたか?」
昨夜、後陣に対して直接夜襲があったという報を聞いて、私は真っ先に後陣へ赴きました。兵士に取り付いてもらってメイの幕舎に入ると、メイはまだ仕事の途中だったようで、テーブルの上にいくらかの書類が積まれてありました。
「大丈夫なわけないでしょ」
メイは、はあっとため息をついて椅子にもたれます。
「あのあと、状況説明や魔王様‥魔王への報告、被害の把握、修復の指揮とかの対応に追われたのよ。今は後陣の責任者として始末書を書かされているの。本当はアリサと話す時間もないくらいよ」
「あの、お姉様、お怪我は?」
時間がないと言われたので私がおそるおそる尋ねてみると、メイは「ああ」と思い出したように言います。
「大丈夫よ。アリサが毎晩強化魔法かけてくれているんだもの。兵士たちから攻撃されたけど何ともなかったわよ、逆に敵兵のほうが若干びびったくらい。助かったわ」
メイはそう言うと、そばに立っている私を無視して、ぷいっと机の上の書類に集中します。
「他にある?」
「いえ、私はただ様子を見に来ただけなので。これで失礼いたします」
「ええ」
メイはいそいそと書類をめくっています。忙しいのですね。私はそっと、幕舎から出ていきます。
私は前陣に戻ると、衛生兵たちを集めて言います。
「昨夜の夜襲やさっきの戦いでの負傷兵を敵味方問わず集めてきて下さい」
戦争が終わった後の負傷兵の回復は、ほぼ私の仕事になっていました。衛生兵たちはそれで私の指示を理解したようで、すぐに散っていきます。
「あ、待って」
私は何人かの衛生兵を呼び止めて言います。
「私、ちょっとホニームに用事を思い出しました。しばらく離れているので、先にあなたたちだけで診れるところを先に診て下さい」
思い出したんです。亡命の旅でホニームへ寄ったのですが、その時に教会で神父さんとお話をしていました。あの神父さん、まだ元気なのかふと気になったのです。
あの神父さんから、私は救世主だと言われました(第3章参照)。その他にも、いろいろな予言をされました。私はしっかり救世主やれていないと思いますけど、とりあえずあの神父さんの言ったことが実現しつつあること、特に1000年以上続いたウィスタリア王国を滅ぼすための遠征軍がいま進軍中であることを神父さんに報告しなくては、と思ったのです。
私は中陣に寄って、ナトリを誘いました。次はラジカを誘おうと思って前陣に行きますが、取り次いだ兵士いわく幕舎の中でマシュー将軍と今後の対応を協議中とのことでしたので、私とナトリの2人で教会に行くことにしました。
「ラジカはマシュー将軍の付き人と聞いたが、なかなか大変そうなのだ」
道中でナトリがぼやきます。ラジカはマシュー将軍の副将のような立ち位置なので忙しいことが多いと、私も聞いたことがあります。戦争が終わった後に、またゆっくりラジカやヴァルギスたちと一緒にどこかへ遊びに行きましょう。それをナトリに言ったら、「当然なのだ。まずは例の遊園地に連れてくれなのだ」と笑って返しました。
「そういえばテスペルク、最近魔王とはどうなのだ?」
ナトリが疑問を口にします。私は思わずどきっと反応して挙動不審になってしまいますが、少し呼吸を整えてから返事します。
「結婚を考えてるよ」
「そこまで進んでるのか」
今度はナトリのほうが驚きます。
「えへへ、戦争が終わったら結婚しようって話になってるかな」
「‥それは死亡フラグなのだ」
「ええー!」
ナトリがいじってきます。私はナトリの肩をゆすります。揺さぶられながらナトリは、私にもう1つ質問してきます。
「セックスはしたのか?」
「え‥ええ‥えええ‥‥えええええええええ!!!!!!」
突拍子もない質問に私は顔を真っ赤にして頭を抱えます。
「な、なに突然質問してくるの!?」
「い、いや、女同士でセックスは本当にするのかというつもりで聞いたのだが」
「ででででも、いきなりセックスって言われたら戸惑うよ!」
「悪かったのだ」
ナトリは少し慌てた様子です。私はすうはあと深呼吸します。
「まだしてないよ。でも戦争が終わって1ヶ月以内にするって約束してる。そ、その、まおーちゃんもすごくやりたがっているし」
「テスペルクはしたいのか?」
今日のナトリは際どい質問ばかりしてきます。質問の1つ1つで、私はいちいちドキドキさせられます。ナトリが平然とした顔をしているのが、このときはなぜか苛立ちます。
「ど、どちらかといえば、したいな、とは‥‥」
私は両手の人差し指の先を合わせながら、小さい声で答えます。
「ナトリちゃん、急にどうしたの?恥ずかしい質問してきて‥‥」
「いや、なに、ナトリの部隊に、妹がレズビアンだという兵士がいてな、そいつからいろいろ聞かせてもらったのだ」
「そ、そうなんだ‥‥へえ‥‥」
私は絞るように声を出します。




